Day By Day

俺の打ち明け話を聞いてから、パスファインダーは俺に会うと、胸のモニターにハートだのお星様だのを嬉しげにチカチカさせる。
パスには寄り道のことは話してねぇが、話したところで分析されて同じ結論を出されるのがオチだ。
あれは俺の思い出フォルダにしまっておこう。
オクタンとは、あれから時々メールや電話でやり取りするようになった。
と言っても、あいつが一方的に自分の近況報告をしてくるのに返事してるだけなんだが。
新しい服を買った、髪を切った、部屋を掃除した、お前はいつもヒマそうだな……etc.
あいつは他人との距離が近いから誰にでもそうなのかと思い、さりげなく他の奴らに聞いてみると、どうもそうでもないらしい。
ライフラインに「あんたオクタビオに懐かれたんじゃない?」なんて言われて、満更でもない気分になる。
当のオクタンはそれ以外変わった様子もなく、自慢の義足でアリーナを駆け回っていた。

俺のプライベートに何があろうがなかろうが、エイペックスゲームの日はやって来る。
その日、早々にひとりになった俺は、ランクマッチということもあって、できるだけ戦闘を避けて順位を上げることだけを考えていた。
ステルスは得意だ。撃ち合いより得意かもしれない。
だが、目ざとく俺を見つけた奴がいた。
「おーい、見えてるぜ」
荒廃林の鉄骨の向こうにオクタンがいる。
「ひとりかよ?」
「さぁな、お前の相手をしてる暇はねぇんだ。さっさとリングに入らねぇとな」
「そんなこと言わずに遊んでくれよ」
デコイエスケープでやり過ごそうとした俺の体の側を、弾丸が掠めていった。
相手をしないと先に進めなそうだ。
見たところ、あいつもひとりらしい。
それなら、ここからはレジェンド同士のタイマン勝負だ。相手が誰だろうが、負けるわけにはいかねぇ。
その額に鉛玉をぶちこんでやるぜ。
何発か牽制しあった後、俺たちは同時に走り出した。
デコイを駆使してあいつの裏を取ろうとするが、チョロチョロとすばしっこくてなかなか捕らえられない。
追いかけっこをしている俺たちの横から、別部隊の銃声が聞こえてくる。
おいおい、デートの邪魔するなんて無粋だぜ。
そう思った瞬間、ジャンプパッドの音と同時に空から「よそ見すんなよ!」と声がして、額を撃ち抜かれたのは俺の方だった。
「残念だったな、俺の勝ちだ」
クソ……やられた。
頭をクラクラさせながら、ドロップシップ内の救護室で目を覚ますと、ぼんやりした視界の中に昆虫みたいなものが見える。
目を凝らしてみれば、それはベッドに腰掛けて俺を見下ろしているオクタンの顔だった。
「……お目覚めか?」
「何だよ、お前もやられたのか」
「お前をやった後すぐな。ちょっと調子に乗りすぎて、バンガロールにナイナイされた」
マスクとゴーグルで顔は見えなかったが、声が笑っていた。
「だらしねぇな、そこはきっちりチャンピオンになるとこだろ?じゃないと俺が浮かばれねぇ」
起き上がりながらオクタンの額を小突くと、また嬉しげな笑い声をあげる。
そんなに俺に勝ったのが嬉しいのか。
「立てるか?キレーに頭に入ったもんなぁ?俺様がおんぶしてやろうか?JAJAJA 」
さすがにムカついたので、全力で奴の背中にのし掛かってやった。
「おら、ちゃんとロッカーまで運んでくれよ?俺ん家まででもいいぞ」
「うっ……想像以上に重いな、お前。やっぱデブだ」
オクタンがどうにか俺を背負って救護室を出ようとすると、ちょうど入って来ようとしているパスファインダーと出くわした。
パスが俺たちを見て、一瞬動きを止める。
俺はオクタンの背中から飛び降りて、こいつが余計な事を言い出さないうちにと、不自然にでかい声を出した。
「おっ、パスじゃねぇか!ゲームはどうなった?」
「まだ続いてるよ。もうすぐ最終円で残り3部隊だ。残念ながら僕たちのチームは負けちゃったから、ミラージュをお見舞いに来たんだ」
律儀に答えながらも、モニターで俺を冷やかすのは忘れていないようだ。
オクタンは、それがパスから俺へのラブコールだと思ったらしい。
「パスはほんとにミラージュが好きだな」
「もちろんだよ。ミラージュは格好良くて優しくて楽しくて時々じめじめしてるけど、僕を友達みたいに扱ってくれるからね。君もミラージュのこと好きでしょ?もし、好きじゃないなら、好きになることをオススメするよ」
俺はうんざりしてパスの口を塞いでやりたかったが、そもそもこいつには口がねぇ。慌ててそれをジョークにすり替える。
「あったり前だろ?俺はアウトランズの奴らみんなに愛されてんだ。エイペックスゲームのセックスシンボルといえば、このミラージュ様のことだぜ」
「セックスシンボルって何?」
「セクシーってことさ。なぁ、オクタン?」
「いや、セクシーさでいえば俺のが上だろ。このかわいいヘソを見ろ」
オクタンは両手で自分の腹を指差した。
「出せばいいと思ってるとこが子供だな。俺なんか、隠してたって自然とフェロモンが滲み出ちまうからなぁ」
「僕は服を着てないけど?ねぇ、僕セクシーかな?」
パスファインダーが、自分と俺とオクタンを交互に見ながら、期待に満ちた眼差しを向けてくる。
なんとも不毛な会話だが、鉄でできた子供みたいなパスは大真面目だ。
「分かんねぇけど、ロボット的には結構イケてるんじゃねぇか?」
オクタンが無責任に答える。
「ヤッタ!僕もセックスシンボルだ!」
「Que bonito!パス、抱いてくれ!」
「僕はOKさ!」
ふざけて勢いよく飛び付いたオクタンを、パスがガッシャンとハグする。
さすがにパスに嫉妬する気は起きなかった。
それよりも、短いジャケットから剥き出しになっているオクタンの背中や腰の辺りに目が行ってしまう。
すべすべした肌は触り心地が良さそうだし、背骨に沿って曲線を描く窪みがエロい。
そんな邪なことを考えていると、ふいに共有スペースの方から歓声があがった。
ゲームに決着が着いたらしい。
「……さぁて、帰り支度をしようぜ。敗者は黙って去るのみだ」
「だな」
パスファインダーに虫のようにしがみついていたオクタンが、床にひらりと着地する。
「僕はこれから建設作業のアルバイトだ。じゃあね、オクタン、ミラージュ」
パスがそう言って出て行くのを、俺は呼び止めた。
「おい、パス。お前、もうそんなことしなくても、ゲームの賞金でやっていけるだろ?部屋だって借りて、帰る場所もあるんだ」
「うん。そうなんだけど、どうしても手が足りないからって頼まれたんだよ。色んな場所に行けば何か手掛かりが掴めるかもしれないし、何より必要とされるのは嬉しいからね」
パスはモニターをニコニコさせている。
「……そうか。お前が嬉しいんならそれでいいけどよ、あんまり怪しい仕事は引き受けんなよ?」
「分かったよ、ミラージュ。心配してくれてありがとう」
パスは右手の親指を立ててサムズアップのサインを作って寄越し、ロッカーの方へ歩いて行った。
「お前ら、ほんとに仲良いのな。できてんのか?」
俺たちのやり取りを不思議そうに見ていたオクタンが、マスクをずらした口元に笑みを浮かべながら冷やかした。
「よせよ、パスとはあくまでプラトニックな関係だぜ? エンジェルシティに居た頃、ちょっとした縁があってな」
「へぇ、面白そうだな。その話、俺にくわしく聞かせてくれよ。暇なら飲みに行こうぜ、ミラージュ」
きらきらした瞳で誘われれば、俺に断る理由などあるはずもない。
ヘッドショットの恨みもすっかり忘れちまって「いいね」と返事をしていた。

パスファインダーとは、俺がエンジェルシティでバーテンダーをしてるときに知り合った。
移動ロボット型汎用作業機、通称マーヴィンと呼ばれる作業用ロボットはそこらじゅうで見かけるが、パスのように自我らしきものを持った奴は初めてだったんで、俺は好奇心から奴の話を聞いてやったんだ。
何でも、自分を作ったマスターとやらを探してるって言ってたな。
パスは何でも器用にこなすが、なんせロボットなもんで、誰もあいつをまともに扱おうとしなかった。
ゴミみたいな情報と引き換えに、都合良くタダ同然でこき使われてるのを見かねて、俺は言ったのさ。
もっと利口になれよ、ってな。
そんで、ちょうど俺はエイペックスゲームに興味を持ってたところだったから、一緒にやらねぇか?って誘ったんだ。
アウトランズ中の注目を集めてるこのゲームで活躍すれば、あいつの探してるマスターの目に留まるかもしれない。
それからこっちに引っ越して、行くところのないあいつをちょっと家に置いて、金ができた頃に部屋を借りる保証人になってやった。
いくらAPEXゲームで活躍してるレジェンドとはいえ、ロボットに部屋を貸す物好きはいなかったんでな。
「お前はパスの恩人ってわけか」
オクタンは俺の隣で呑気にビールを飲んでいる。
俺の作ったポークチョップが食ってみたいと言うので、外には行かず俺の家で飲むことにした。
パスファインダーの話をしながら俺が料理している間、ずっとこんな感じだ。
手伝うという意識は、こいつの頭の中にはないらしい。
「俺はちょっとアドバイスをしただけさ。今の地位を掴み取ったのはパスの実力だ。正直、すぐにスクラップになっちまうと思ってたんだがな」
「それで、そのマスターって奴は見つかりそうなのか?」
「いや、それがさっぱりだ。もう死んでるか、奴のことなんか忘れちまってるか…。さぁ、出来たぞ」
俺は焼きたてのポークチョップを温野菜やプディングと一緒に皿に乗せ、ダイニングテーブルに運んだ。オクタンは勝手に冷蔵庫からビールを出している。
小言のひとつも言ってやりたくなるが、「うまそうだな」とニコニコしながら、当然のように俺の隣に座る姿を見ると、その気も失せちまう。
ずるいよな。
「乾杯しようぜ、もう飲んじまったけど」
「何に乾杯しようか」
顔を見合せてグラスを持ち上げる。
「そうだな……パスにってのはどうだ?」
「よし。俺たちのセックスシンボル、パスファインダーに乾杯だ」
「Salud!」
一緒にポークチョップを食いながら、俺はオクタンが綺麗に食事するのに驚いていた。
ウドンの時とはうって変わって、ナイフとフォークを使う仕草は優雅さすら感じさせる。
普段の振る舞いは粗野に見えても、何気ない所に育ちってのは出るもんだ。
やっぱりライフラインが言っていた、いいとこの坊っちゃんってのは本当なんだな。
オクタンが首を傾けて俺の顔を見る。
「Esta muy rico、すごく旨いって意味だぜ」
「そうか、サンクス」
機械的に返事をしながら、俺はだらしなくオクタンに見とれていた。今まで意識したことのなかった首のホクロまで色っぽく見える。
「……おい」
ふと、オクタンが笑いながら俺の顔に手を伸ばして、唇の端を指で拭った。
「付いてるぜ」
そして、自分の指に付いたポークチョップのソースをぺろりと舐める。
あまりにも自然な動作に一瞬ポカンとした後、猛烈な勢いで頭に血が登ってくるのを感じた。
ここでこいつに襲いかからなかった自分を誉めてやりたいぜ。
俺はソースの付いていた唇の辺りに手をやって、無言で固まっていた。
自分が今、どんな顔をしているかは考えたくねぇ。
俺の反応を不思議そうに見ていたオクタンが、その意味に気付いたようにうろたえた顔になった。
「……おいおい、何とか言えよ。こっちが恥ずかしくなっちまうだろ?こんなんで照れると思わねぇからさ……つい」
まるで俺の熱が伝わったかのように、奴の耳が赤くなっている。
「べ、別に照れてなんかないぞ。ちょっと感激してるだけだ。俺の顔に付いたソースまで舐めたくなるほど旨かったのか、ってな。ほんとだぜ…?」
俺たちの間に、なんとも言えない変な空気が流れた。
俺のジョークも切れ味が悪い。所謂スベってるってやつだ。
「ま、深く考えんな。飯も食ったし、あっちでもう一回乾杯しなおそうぜ」
俺がリビングの方を指差すと、オクタンは残っていたグラスのビールを一気に飲み干して、小さく息をついた。
「そうだな。俺になんかカクテルでも作ってくれよ、アミーゴ。ビールなんかじゃ全然酔っぱらえねぇぜ」
そうは言うが、すでにほろ酔いの顔がピンク色に染まっている。
ほんとにかわいいな、お前。
思わず頬が緩む。
「いいぜ、リクエストしろよ」
「俺は普段、あんまカクテルとか飲まねぇからお前に任せる……あ、でもテキーラが好きだな」
決まりだ。
エル・ディアブロ。
スペイン語で悪魔という意味の名前を持つ赤いカクテルのレシピを思い浮かべながら、悪魔みたいに俺を惑わせるこいつにぴったりだと思った。

その後、どれだけ飲んだのかは覚えていない。
週末のランクマッチが連戦だということをすっかり忘れていた俺たちは、二日酔いのままゲームに参加して散々な結果に終わった。
特にオクタンは、コースティックの毒ガスにやられてゾンビのようになっていた。
「やれやれ……まったく最悪の気分だぜ。お互いに今日はいいとこなかったな」
「あれだけ飲んだんだから当たり前だ。それに比べてあいつを見ろよ。俺は自分が恥ずかしいぜ」
並んで見守るモニターの中で、チャンピオンになったパスファインダーが輝いて見える。
「あいつのマスターって奴が見てるといいな」
「見てるさ、きっと。もしかしたら、すげぇ美人のマスターかもな……そしたら」
「あっ、やべえ!」
急に大声を出して立ち上がったかと思うと、オクタンは俺に「じゃあな」と言い残し、ゾンビとは思えない速さで逃げていった。
「待ちなさい、シルバ!」
バンガロールの怒った声が聞こえる。
そういえば、あいつは今日、彼女と同じチームだったな。
バンガロールに捕まって説教の爆撃を受けているオクタンを思って笑いながら、俺は今日の勝者にお祝いを言おうとパスファインダーの姿を探した。

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