その後


俺の担当した記事の掲載された雑誌が無事発売さた頃、他の取材でキングスキャニオンを訪れていた俺に、オクタンが声を掛けてきた。
「なんだよ、あの記事は? 俺があんたに話したことなんか、ひとつも書いてねえじゃねぇか。全部俺の恋バナだ。言っとくがあれは半分以上、でっちあげの嘘っぱち、だからな?」
文句を言ってはいるが、その声は明らかに笑っていた。
そう、俺は自分で取材した資料をほぼ没にして、ソーテルの企画していた、オクタンの恋愛遍歴なる記事に差し替えたのだった。
コーヒーとタバコを片手に、ニ時間足らずで書き上げたその記事は、お陰様で読者には好評だったらしい。
「俺が読みたい記事じゃなくて、読者が読みたい記事を書くのがプロだからな」
俺はオクタンに向かって、ごく自然に微笑みかけていた。自分の事を覚えていてくれたのが素直に嬉しかった。
「おお、あんたちゃんと笑えるんじゃねぇか。その調子だぜ」
そう屈託のない声で言われると、どうにも気恥ずかしい気持ちになる。
俺はふと思い付いて、かばんから一枚のカードを取り出した。
「良かったらあんたのサインをくれないか?」
「いいぜ、あんたの名前は……なんだっけ?」
「いや、俺じゃないんだが……」
オクタンはふんふんと頷きながら、手慣れた様子でペンを走らせ、サインをしたためると、俺の告げた名前と自分のキャッチコピーを書き加えたカードを俺に手渡した。
「ありがとう」
「女の名前だな?」
「まあ、そうだ」
「彼女? 奥さん? 子供? ……もしかしてオフクロか? そいつは俺のファン?」
オクタンは楽しげに体を揺らし、逆に俺を取材し始めた。これから始まる戦いへの緊張感などまるでなく、ちょっとどこかへ遊びに行くといった感じだ。
その場で他愛もない立ち話をしていると、出発の準備を始めたドロップシップの方から、ミラージュがやって来るのが見えた。彼は大股でこちらに近付き、オクタンの後ろから、ゆっくりと彼の腹を引き寄せるように両手で抱え込んだ。
「なにしてんだぁ?」
ミラージュは、驚いて振り向いたオクタンの肩に顎を乗せ、俺を牽制するように軽く睨んだ。
「やあ、ミラージュ。先日はどうも……」
「あんた、こないだの記者か? ずいぶんとオクタビオにご執心みたいだな?」
あの記事がお気に召さなかったのか、インタビューのときの柔和な態度とは打って変わって、嫉妬心丸出しの子供のように俺に敵意を向けてくる。
「ただサインしてただけだぜ、落ち着けっての」
「ならいいけどよ……」
ふてくされたミラージュをなだめるオクタンを見て、どちらが年上なんだか分からないな、と可笑しくなる。
「早く乗らねえと置いてかれるぜ」
ミラージュは用心深くオクタンを抱きかかえたまま、これみよがしに頬に熱烈なキスをお見舞いし、後ずさりして俺から引き離そうとしている。どうやらすっかり嫌われてしまったようだ。
マスクの中から、くぐもった笑い声を漏らしたオクタンは、俺に小さく手を振り、されるがままに引きずられて行った。
二人が何やらじゃれ合いながらドロップシップに消えたのを見届けて、俺はサイン入りのカードをかばんにしまい、腕時計を眺めた。
ガイアからの定期便が、ソラスシティに到着するまでにはまだ間がある。
彼女は何が好きだっただろう?
オクタンのサインを気に入るといいが……。
抜けるように青く澄んだキングスキャニオンの空を見上げ、ガイアの方角に目を凝らしながら、俺は久しく会っていなかった娘の丸い顔を思い浮かべた。

1/1ページ
スキ