オクタビオ・シルバの肖像
ここまでのインタビューを読みかえして、文字に起こし終えた俺は、紙巻きの煙草に火を付け、モニターを睨みながら腕組みをした。
関係者やファンが語る、オクタビオ・シルバの人物像をまとめれば、向こう見ずで命知らず、だが陽気で屈託のない性格は、ほとんどの仲間から愛されているようだ。ファンからの人気も高い。
そして恋人だというミラージュの存在。
レジェンドとしても、個人としても、順風満帆な彼に、薄暗い部分などないようにも思える。
だがそれは、裏を返せば、オクタンが用心深く素顔を隠している証拠なのかもしれない。
果たして真相は何処にあるのか。
それを解き明かすべく、俺は今現在において、彼に最も近しいと思われるミラージュことエリオット・ウィットと、幼なじみであるライフラインことアジャイ・シェに話を聞くことにした。
「オクタビオについては、今まで色んな人にさんざん話を聞かれてるし、正直またぁ〜?って感じなのよね」
とライフラインはため息をついて小さな肩をすくめた。
「オクタビオが危なっかしいのは昔からよ。あれはもう治らない病気みたいなもので、理由なんてないんじゃない? オクトレインはいつだって、何に対してだって急いでんのよ。そういう人間なの。あいつが言ったりやったりする事は、深読みせずにそっくりそのまま受け取った方が利口ってもんだわ、大抵の事はね」
そっけなく笑ってライフラインはその場を後にし、取り残された俺は憮然と考え込んだ。
そういう人間だと片付けられてしまっては、取り付く島もない。俺は意味のないものに意味を見出そうとしてるってのか……?
もやもやとした気分で次の待ち合わせ場所へと赴くと、ライフラインとは対照的に、ミラージュは実に愛想良く取材に応じてくれた。
発着場に隣接されたカフェで相対した彼の口からは、流れるようにオクタンとの出逢いから今日に至るまでの壮大?なエピソードが語られ、俺は途中から相槌をうつのさえ億劫になった。
タバコを吸いたくて苛立ち始めた頃、彼はこう言った。「どうだ?実に感動的な話だろ?」
どうだと言われても、あんたの話は、いつオクタンとどこへ行って何を食っただの、何を見ただの、笑顔が可愛かっただの、大体がのろけ話じゃないか。
あれだけ語っておきながら、結局のところ、彼はオクタンという人物の上っ面をなぞっているに過ぎない。
俺はもっと深いところを知りたいんだ。
彼が何を思って、その細い体にアドレナリンを打ち込んでいるのかが。
「あなたがとてもオクタンに愛情を持っているのは分かりました。しかし私はもっとこう、彼の内側を知りたいのです。あなたにしか見せないような、素のオクタビオ・シルバを……」
「内側も外側も、あいつはいつだってあのままだぜ? そうだな……俺にしか見せねぇ顔っつったらあれだ、いや、それは教えられねえな。わかるだろ? 超プライベートな話だ」
違う、そうじゃない、と俺は言いそうになった。
ミラージュという男は馬鹿なのか? それともとぼけているだけなのか?
俺が答えに満足いっていない事を察したのか、ミラージュはトレードマークの顎髭をさすり、笑顔とも憂い顔とも取れる不思議な顔をした。
「実のところ、俺にもあいつのすべてが分かるわけじゃないぜ。なんたってあいつは、カメレオンみたいに気まぐれにコロコロと表情を変えるからな。捕まえたと思ったら、次の瞬間には違う場所で舌を出して笑ってるんだ。とんでもねぇ性悪だろ? そのどれもがあいつで、どれもが違うとも言える……要するに掴み所がねえのさ。ま、仮にそうだとしてもだ、その時、その瞬間のあいつを俺は愛してる、それだけは確かだぜ。俺が思うに、オクタビオ・シルバってのは、見る者を映す鏡みてぇなもんなのかもな……」
饒舌なわりには抽象的なミラージュの言葉は、まるで彼のホログラムのように俺を煙に巻いた。
「……おっと、時間だ。それじゃあな、記者さん。今度はぜひ、このミラージュ様を特集してくれよ!」
ひらひらと手を振りながら、ミラージュは出口へと消えて行った。まったく食えない男だ。
ライフラインとミラージュへの取材が、思うような成果をあげられなかった事に、俺は若干の失望を覚えた。
彼らなら何かヒントをくれるのではと思っていたのだが、見事にあてが外れた。特にミラージュは、前半ののろけ話のせいで、聞きたかった事の半分も聞く時間がなくなってしまったのが悔やまれる。俺はミラージュとお茶をしにいった訳ではないのだ。
彼が最後に言っていた、謎掛けのような言葉だけが頭に残る。
それが本音だとすれば、俺はオクタンの中に自分の影を映し出しているとでも言うのだろうか?
……まったく馬鹿げた話だ。
俺に残されたのは、オクタビオ・シルバ本人へのインタビューだけになった。