オクタビオ・シルバの肖像


俺が前任編集者のチコ・ソーテルからその記事を引き継いだのは、マルタで起きた博物館襲撃事件の少し後だった。
アウトランズから時には地球まで、あらゆるスターのゴシップを追いかけて記事にするアウトランズ・ウィークリーの看板記者だった彼女は、息子の引き起こした大それた事件のために編集部を去った。
俺はソーテルの家庭について詳しくは知らないが、家出中だったはずのクレイトンが、まさかテロ組織の一員になっているなど、彼女にとって青天の霹靂だったことは想像に難くない。
ファミリーには厄介者がいた方がいい、などと記事の中でジョークを飛ばしていたが、彼女の手に余るだけでなく、アウトランズ中の厄介者になってしまうとは……。いや、この言い方は不謹慎か。
彼女はとてつもなくミーハーで浮ついた女性だったが、編集者としての腕は確かだった。
編集長以外の誰とも顔を合わせることなく、気の毒なチコ・ソーテルはひっそりと退職し、彼女の担当していた特集記事も、未完成のまま取り残される事になった。
「残りはお前がやれ」と、編集長は俺に言った。
思い切り眉間に皺をよせて無言の拒否をしたが、編集長は意にも介さず、資料の束を投げて寄越した。
『APEXゲームのアドラブルなアイドル、オクタビオ・シルバの知られざる恋愛遍歴! 過去から現在までのロング・インタビュー、気になるミラージュとの関係も赤裸々に語っちゃいます♡』
タイトルだけで頭が痛くなるような記事だ。
俺はセレブどもの尻を追いかけて、熱愛だの破局だのと騒ぎ立てるためにライターになった訳じゃない。もっと社会的に意義のある記事を書きたいんだ。
「ジャーナリスト気取りのお前には退屈だろうがな、それが俺たちの飯のタネだ。理想だけじゃおまんまは食えないんだぜ?」
編集長は皮肉混じりにそう言い、俺は渋々と頷いた。
悔しいが確かにその通りだ。俺たちは期限までに記事を完成させ、雑誌を発行せねばならない。
それがどんなに安っぽく、下らない記事でもな。
フロンティアを熱狂させているAPEXゲームについて、俺は冷ややかな感情を抱いていた。
やっと戦争が終わったというのに、人々は相変わらず戦争ごっこに夢中になっている。
だが、そこで生まれた富は、戦争になれば真っ先に犠牲になる庶民達の懐になど入りはしない。いつだって、高みからうまい汁を吸う奴らは決まってるんだ。最初から。
俺は散らかったデスクに戻り、ソーテルの取材した資料を元に、適当な文章をでっち上げる作業に取り掛かった。
今回の記事の主役であるオクタビオ・シルバについて俺が知っている事といえば、アドレナリン中毒のイカれたジャンキーで、ガントレットの競技中に、グレネードの事故で両足を失った義足の若者、という事くらいだった。
ソーテルのメモによれば、彼はフロンティアでも指折りの大企業であるシルバ製薬の御曹司であり、現CEOの父親と反りが合わずに家出して、APEXゲームに参加したらしい。母親はいないも同然で、父親とも絶縁状態だという。
インタビュー映像にはその事を訊かれて「悪いが話したくねぇ」と、珍しく不機嫌そうに黙り込むオクタンの姿があった。
ソーテルは深く掘り下げることもなく話題を変えてしまったが、俺ならそこに突っ込んだだろうにと、少し惜しい気持ちになる。
今どきの若者の恋バナとやらを聞くよりも、よっぽど面白そうだ。
常にマスクとゴーグルに隠された素顔、彼が繰り返してきた無鉄砲なスタントの数々、ときに体力の限界まで心臓に打ち込まれるアドレナリン……。
両足を失った日を人生最高の日だったと笑い、何千もの観衆の声援を凌駕し、鼓膜に響く鼓動を感じられない人生に価値はないと言い切る。
恵まれた環境に生まれながら、自らそれを棒に振るような振る舞いの数々は、何を意味しているのか。
資料の中に紛れた一枚の写真には、オクタンの素顔らしきものが写し出されていた。
ゲームの後なのか、汚れたゴーグルとキャップを手に遠くを見つめる横顔は、どこか憂いを帯びている。
陽気で恐れを知らない若者に秘められた影の匂いを嗅ぎ取って、それを暴いてみたいという欲求が、にわかに沸き起こった。
次の日から俺は、オクタビオ・シルバについてもっと多くの事を知る為に、周りの人間への取材を始めた。
もちろん編集長には内緒でな。

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