パーティーはまだ始まらない


その機会は間もなくやってきた。
俺とミラージュとレイス。初めての組み合わせだ。
ウェルカムパーティーにふさわしく、ジャンプマスターの俺は、会場にスカルタウンを選んだ。
ミッドティアだってのに、常に複数部隊が降下する人気エリアは、今日も初っぱなから大混乱で、武器を手にする事ができなかったレイスがあっけなくキルされ、残ったのは俺とミラージュだけになっちまった。
まあ、しょうがねぇ。レイスは運がなかった。あとはゆっくり休んでくれ。
だが、二人で何とか一部隊をやったところで、ミラージュはレイスを助けに行くと言い出した。
「今ならまだバナーを確保できる」
「勝手に行ってこいよ。のこのこ戻って、芋野郎の餌食になるのはごめんだ。俺はあっちへ行くぜ」
興奮剤の余韻も醒めやらないまま、戦いたくてウズウズしていた俺は、ミラージュを置き去りにして、近くでやりあっている銃声の方へと足を向けた。
「おい、オクタン!」
後ろから声が聞こえたが、かまうもんか。
そこら辺に散らばっている敗者どもの装備を適当に漁って行くと、まあまあ戦えるくらいの状態になった。
見たところあと2部隊。
レジェンドの姿はねぇ、楽勝だ。
決着を見届けてからスティムを決めて、ジャンプパッドで強襲する。慌てた奴らは、俺のアーマーを僅かに削っただけで、面白いようにダウンしていった。
「ハッ、余裕だぜ!」
スカルタウンを制した俺は、体中を駆け回るアドレナリンの奔流にまかせて雄叫びをあげ、倒れた敵の体に向かって踊るようにサブマシンガンを乱射した。
「なにやってんだ、やめろ」
ミラージュの声と一緒に、大きな手が後ろから伸びてきて、俺の腹を片手で抱え込んで制止する。
いきなり自由を奪われた俺は、振り返ってミラージュに噛みついた。
「離せよ! こいつは俺に負けたんだ。ここでは強い奴が正義だろ? ブリスクが言ってた、俺を殺せばお前が上、お前を殺せば俺が上、ってな」
「……だからって、倒れた奴を撃つのは良くねぇ。俺はそういうのは嫌いだ」
ミラージュは、今まで見せたことのないような険しい目を向け、低い声で言いやがった。
いい気分に水を差された俺は、ミラージュの腕を振り払って拘束から逃げ出すと、近くの建物の屋根に飛び乗り奴を見下ろした。
「うっせえ、俺に指図すんな!部隊を壊滅させたのはこの俺様だ、あんたじゃねぇ」
「……困ったお猿さんだな。躾ってもんが全くなっちゃいねぇ。俺はレネイをリスポーンしてくるぜ。お前はいつまでもそこで踊ってな」
ミラージュは俺にくるりと背を向け、ビーコンの方へと走り出した。
「ふん、なんだよ……」
明らかにいつもと違うミラージュの態度に、俺は興醒めして屋根の上から飛び降りた。
さっきまでのハイな気分はすっかりどっかへ行っちまって、『嫌いだ』という言葉だけが、やけにはっきりと耳に残っている。
さっき俺が倒した奴の死体は、装備品だけを残していつの間にか消えていた。どういう原理だか知らねぇが、今頃はドロップシップに回収されてピンピンしてるんだろう。
自分が死体撃ちされたとこも見てたかもしれねぇな。
「……悪かったな」
俺はそいつの装備をそのままにして、ミラージュの後を追って走り出した。
分かってるはずなのに、ミラージュは俺を振り返りもしねぇ。
なぜこんなに腹が立つのか分からないが、とにかく腹立ち紛れにスティムを握りしめて、胸に突き刺し加速した。
ドクドクという心臓の音と共にクリアになる視界、真っ青な空の下、黄色い岩肌を縫って走る。
俺を見ろよ、こんなに速く走れるんだぜ?
風を切り砂を蹴散らし、あっという間にミラージュに追い付いた俺は、わざとらしくスピードを緩めて並走し、余裕を見せる。
だが、ミラージュはちらりと俺の方を見やっただけで、リスポーンビーコンの近くまで来るとデコイに紛れて姿を消した。
足音を頼りに、ビーコンを操作するミラージュがいるらしい辺りにしゃがんでみたが、そこに居るはずのミラージュは黙ったままだった。
俺はついに、いたたまれなくなって口を開いた。
「ミラージュ、そこに居んだろ?」
「さぁなぁ……」
少し鼻にかかったあいつの声が、間延びした返事をよこす。
「姿を見せろよ」
俺が手を伸ばして、見えないミラージュの姿を探ろうとすると、ミラージュはクロークを解き、からかうような含み笑いを浮かべながら俺を見た。
「お前が見てるのは、俺であって俺じゃねぇのかもな?」
すり抜けた右手が空を掴む。
目の前にいたのはあいつの分身で、いつの間にかミラージュは俺の後ろに立っていた。
謎かけのようなこいつの言葉にイライラする。何だよ、文句があんならハッキリ言えってんだ。
頭上にドロップシップが姿を現すと、ミラージュは俺をほったらかしにして、閉じているサプライボックスを開け始めた。
「ちっ、武器がねぇ」
ボックスの中身を見て、眉を寄せ吐き捨てる。かろうじて白アーマーだけは確保したが、他は3つとも見事にスカだ。
いかにレイスとて、丸腰じゃまともに戦えねぇ。
「リングが来てる。スカルタウンに戻ってる暇はねえな……」
ミラージュは、自分の着ていた紫アーマーを白アーマーに取り替えると、持っていたR-99と何十発かのアモを、惜しげもなく地面にばら撒いた。
「お前はどうすんだよ?」
「まぁ、どうにかなんだろ」
ミラージュはニヤリとしてウィングマンを掲げる。
空から降ってきたレイスが、躊躇なくミラージュの落とした装備を拾い、素早く身につけた。
「ありがとう、ミラージュ」
「礼には及ばねぇぜ。第一、あんたがやられたら誰が俺らを守るんだ? 露払いは任せたぜ?」
「責任重大ね」
レイスはふふっと笑った。
まるでそうするのが当たり前みてぇな二人のやり取りを、俺は理解することができずに黙って見ているだけだった。
「お前も余ってるアイテムを出せよ。ケチケチすんな」
「やだね、何で俺が」
俺は意地になってバックパックを抱え込んだ。
「……いいか、オクタン。俺らはチームなんだ。そんで、このチームのエースはレネイだ。それに文句はねぇよな?」
「はあ? そんなのいつ決まったんだよ? あんたにプライドってもんはねぇのか?」
「勝つために最善を尽くすのが俺のプライドさ。ま、お前にゃ分からねぇだろうが」
「ハ、分からないね。せいぜい女の前でカッコつけてろ、Mujeriego!」
パーティーみたいに楽しい戦いはどこへ行っちまったんだ?
それどころか、険悪なムードに俺は苛立ちを隠せなかった。
レイスを特別扱いするのも気に入らねぇ。
確かに彼女は強いが、俺だって負けちゃいねぇのに……。
当のレイスは、俺らが自分のせいで揉めてるってのに、何か言うでもなくただ見てるだけだ。
その特徴的な水色の瞳が、突然せわしなく動いて辺りを見回した。
「敵よ、備えて」
虚空からの声を捉えたらしいレイスが注意を促す。
リス狩りを狙った敵部隊の足音が、マーケット方面からこっちに向かっていた。
俺はまだミラージュに何か言ってやりたかったが、戦闘はすぐさま始まった。
「ケンカしてる場合じゃねぇ。仲直りだ、オクタン」
ミラージュは俺の頭を軽くひと撫でして、デコイと一緒に走り出していった。
惑わされた敵の一人がデコイに向かって発砲する。
置いてきぼりを食らった俺が二人に追い付いた時には、ミラージュとレイスが申し合わせたかのようにクロスして、そいつをあっさりとダウンさせていた。
遮蔽の陰から撃ってくる奴らを、俺がライトマシンガンとフラグで牽制し、動きを封じる。ジブラルタルとアジャイだ。
その間に、ミラージュとレイスは、ポータルで抜かりなく距離を詰めていた。
「あそこを攻撃するわ!」
クソ、また出遅れた。何であいつら何も言わねぇのに分かるんだ? 俺は最前線で戦いてぇのに。
こんなの俺の仕事じゃねぇ、と思いながら、ジャンプパッドで二人を追ってカバーに入る。
困ったことに、ミラージュのウィングマンは、音だけは派手だが当たってる気配がねぇ。実質2対2みたいなもんだ。
それでも囮としてのミラージュは優秀だった。巧みにデコイを使って、のらりくらりと敵の攻撃をかわしていく。
「一旦引くわ」
レイスが削れたアーマーを回復するために虚空で逃げたのを見て、俺はここぞとばかり、スティムを打って前に出た。
「バカ! 出すぎんな! 空爆が来るぞ!」
ミラージュがわめいているが、知ったことじゃねぇ。
「あんたはそこで、一生当たらねぇウィングマンと遊んでろ、JAJAJA 」
俺はジブラルタルに向かって、ありったけのスピットファイアの弾丸を撃ち込んだ。
「くっそ、かてぇ!」
さすがにジブはなかなか倒れなかった。ガンシールドで俺の攻撃を巧みにいなし、反撃の隙を狙っている。装甲要塞の名は伊達じゃねぇ。
だが、速さでは俺の方が上だ。
お互いのアーマーが割れる音がして、ジブラルタルが引っ込んだ。
もう少しでやれる……!
そう思ったのもつかの間、勇んでジブを追った俺の上から、突如空爆が降ってきた。
ジブラルタルはドームシールドの中でゆったりとバッテリーを巻き、アジャイのドローンで回復してやがる。心なしか、アジャイの口元が俺をバカにしたように笑っていた。
慌ててUターンしたが、ジャンプパッドが間に合わねぇ。
衝撃と痛みと熱が同時に襲ってきて、俺はポータルを目の前にして地面に這った。
レイスはちゃんと退路を確保してくれてたんだ。
ミラージュにも警告されたってのに、俺は調子に乗って深追いしすぎた。
ミラージュがレイスをエースだって言ったのは、なにも撃ち合いのことだけじゃなかったんだな……。あいつらは、お互いのスキルと役割を理解してる。だからレイスも責任重大だって笑ったんだ。
分かってねぇのは俺だけだった。
「オク! 頑張れ、こっちに来い!」
ミラージュがポータルの出口で叫んでいる。
俺も行きてぇけど、体がうまく動かねぇんだよ……。
無情にも爆撃でどんどん削れていくシールドを構えながら、俺はずりずりと後ずさった。
背中を見せたら一発でやられる。
ここでキルされたらリスポーンは絶望的だ。
その時、俺の腹に誰かの腕が巻き付いて、体が宙に浮いた。
さっきと同じだ。ミラージュのごつい手と腕が、俺をがっちりホールドしてる。
「ったく、世話のやける奴だな」
ミラージュは荷物のように俺を抱え、出てきたポータルの中に飛び込んだ。
ほっといてくれればいいものを、わざわざ危険を犯して助けにくるとは、ホントにお人好しな野郎だぜ……。
心の中で毒づいてはみたが、ポータルの中で一瞬だけ目が合ったミラージュの顔は笑ってて、俺は一気に毒気を抜かれちまった。
……だってあいつ、すげぇ優しい顔をしてたんだ。
ポータルを抜けて、ミラージュが俺を乱暴に地べたに転がすと、待ち構えていたレイスがすぐさま肩に強壮剤を突き刺した。
こいつら、こんなとこまでしっかり連携してやがる。
まるでコンベアの上の荷物になった気分だが、文句は言えねぇ。
復活した俺は、ミラージュとレイスに脇を固められ、守られながら、虎の子のフェニックスキットを使った。
気恥ずかしさでどうにもケツの座りが悪いぜ……。
「気を付けて、あっちも回復が終わってるはずよ」
「なぁに、こっちは3人揃ってんだ。ジブは空爆も使っちまったしな」
しゃがんだ岩陰からリィンして、相手の様子を伺っていたミラージュが呑気に言った。
あいつの広い背中を見ながら、俺は意味もなく自分の腹の辺りをさすってみる。ごつくて力強い腕の感触が、まだ巻き付いて残ってるみたいだ。
「……ミラージュ」
「ん? 礼はいらないぜ。金なら受け取るけどな」
「グラシアス」
いらねぇと言われても、俺が言いたかったんだからしょうがねぇだろ。
「あんたのおかげで命拾いしたぜ」
ミラージュは、「どうってことねぇさ」と笑って肩をすくめた。
少々照れくさい仲直りの儀式はこれで終わりだ。
俺はあいつの側にしゃがんで、バックパックを逆さに振った。入っていたアイテムがバラバラと足元に散らばる。
「俺が持ってる全部だ。必要だったら持ってってくれ。レイスもな」
「オクタン……、お前」
「大したもんはねぇけどな。俺らはチームだろ?」
ミラージュは、ふと柔らかく目を細め、両手で俺のほっぺたを挟んで左右に揺さぶった。
「こいつぅ~、もしかしてツンデレかぁ?」
「よせって、マスクがとれる」
「いーじゃねぇか、ついでに顔を見せろよ?」
「また今度な!」
緊迫した状況をすっかり忘れてじゃれ合っている俺らの前にレイスが近寄ってきて、無言でアイテムをばら撒いた。それを見たミラージュも、なけなしのバックパックの中身を取り出して砂の上に並べる。
三人分合わせても、大した量にはならなかった。
「しけてるわね」
レイスの言った一言に、三人で笑いながらアイテムを交換し合う。
知らねぇ奴らが見たら、俺らはピクニックでもしてるように見えるだろうな。
装備はショボいし、バックパックはスカスカだったが、反対に俺の心は暖かくリッチな気分で満たされていった。
そうこうしてるうちに、2回目のリング縮小のカウントダウンが始まった。幸いにも、俺らのいる場所は次のリングに入っている。
レイスが、アジャイとジブが籠っている孤立した小屋の方に目を向け、表情を引き締めた。
「向こうから来る気はなさそうね。なら、こっちから仕掛けるわ。二人とも私について来て」
「よっしゃあ! ほら、お前もボケッとしてないでしっかり走れよ? オクトレイン!」
ソラスの太陽を背にしたミラージュの笑顔が眩しかった。背中を勢い良く叩かれて、嫌でも気合いが入る。
「任せろ!」
俺はマスクの下でくふふと笑い、二人と一緒に走り出した。
何故かは分からねぇが、楽しくってどこまでも走りたい気分だぜ。
だが、同じ失敗はしねぇ。あくまで熱く冷静にだ。
それまで自分がキルすることだけを考えていた俺は、初めてこのチームで勝ちたいと思った。

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