パーティーはまだ始まらない


「いよう、新入りくん、なかなか調子がいいみたいじゃねぇか」
声を掛けてきたのはミラージュだった。
激しい戦闘をこなした後だってのに、丁寧にセットされた前髪は、ゲーム前と変わらずエレガント(自分で言ってた)にウェーブし、どこからか香水か何かの洒落た香りがふわりと漂ってくる。
「へっ、なかなかどころじゃねぇ、絶好調だぜ。そこらの有象無象は言うまでもねぇが、レジェンドっつっても案外大したことねぇな」
「その割には、俺はお前にキルされた記憶がねぇんだが? ま、当然と言えば当然さ。このゲームじゃ知識と経験がものを言う。何なら、このミラージュ様が直々にコーチングしてやってもいいぜ?戦闘だけじゃねぇ、ファンサービスからマスコミ対応、果ては女の口説き方まで、こん……こんざつ……いや、懇切丁寧に教えてやるよ。おっと、勘違いするな? もちろんタダじゃねぇぞ? あくまで報酬次第だ」
良く回る口だ、と俺は思った。
ミラージュはいつもこんな調子で、初めて会ったときからうっとうしい。
でも俺はそれを嫌だとは思わなかった。
新参者への興味丸出しであれこれ聞かれるのも、いかに自分がイケてる男であるかを自慢されるのも、遠巻きに観察されるよりかはずっといい。
俺も別に人見知りするタイプじゃねぇし、すぐに気安く話すようになって、アジャイの次くらいには親しいレジェンドといえる。
まだ、素顔はみせてねぇけどな。
ミラージュは、相変わらず自分の武勇伝をべらべらと語り続けている。
俺が聞いてようが聞いてまいがお構いなしだ。
経験ったって、俺よりほんのちょっと先に始めただけだろ?
あんたがレイスとパスファインダーと組んで、APEXゲームの初代チャンピオンを獲った試合を、俺はテレビで観てたぜ。
劇的な勝利の瞬間、あんたは地面の上で呑気に寝てたっけな。
俺がそのだらしねぇ姿を思い浮かべてるとは露知らず、得意気に先輩ヅラしてるミラージュが面白くて笑いそうになったが、こいつのホログラムが苦手なことは確かだ。
足音をよく聞けって誰かに言われたが、聞いてる間にやられてる。
そんときの顔がまたムカつくったらありゃしねぇ。
俺はミラージュに文句を言ってやった。
「あんたのホログラムはズルいんだよ。おんなじ顔がふたつとか、咄嗟に見分けがつくかってんだ」
「そう簡単に見破られたら、俺の商売あがったりだからな。騙されたくなかったら、よーく俺を観察するこった。あー、言っとくが俺は女にしか興味ねぇからな? この、ボーダーレスな魅力に溢れた俺様にときめいちまったとしても、責任は取りかねるぜ」
「安心しな、あんたは俺の好みじゃねぇ」
「そりゃ残念」
ミラージュは冗談にしか思ってねぇだろうが、それは半分本音で半分嘘だった。
好みじゃねえのは本当だが、その印象的な厚ぼったい唇と、整った顔立ちに不似合いな目元や頬の古傷には興味をそそられる。
軽薄で能天気そうな優男が、そんな物騒な傷を負う理由って何だ?
それから俺は、ミラージュを見かけると、ひとしきりその姿を目で追うのが常になった。
たまに俺の視線に気付いて大袈裟にウィンクしてきたり、デコイを大量発生させておちょくってきたりする。
三十過ぎてるおっさんのくせに、ふわふわと浮わついた野郎だ。
まだ同じ部隊になったことはねぇが、きっと奴と一緒に戦うのはパーティーみたいに楽しいに違いない。

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