Treasure
試合前、シップの中にある特設スタジオに、レジェンドを招いて生放送される『教えて!レジェンズ!』の時間がやって来た。
ゲームの実況も担当している僕が司会を務めるこの短いインタビュー番組は、レジェンドの素顔を知れる貴重な場とあって、視聴者には好評を得ている。
今日のゲストはミラージュだ。
「視聴者の皆さんこんにちは。司会のマイク・ハナサーズです。本日の『教えて! レジェンズ!』は、ゲストにホログラフの幻術師こと、ミラージュさんをお迎えしてお送り致します! ようこそ、エリオット。今日の調子はどうだい?」
「ああ、バッチリさ。いつでも準備はできてるぜ。今すぐここから飛び出して、ミラージュボヤージュでパーティーでも始めたい気分だ。ハロー、テレビの前のみんな。今日の俺も相変わらずイケてるだろ? 応援よろしくな!」
ミラージュはカメラに向かって愛想良く笑顔を振り撒いた。
彼と一緒の日はとてもやりやすい。
これがコースティック博士だのレヴナントとなると、会話を続けるのさえ気詰まりになる。
彼らには、他者との円滑なコミュニケーションという概念が一切なく、僕のことも小うるさい被験者、もしくは、マイクを握ったお喋りな皮付きとしか思っていないのだろう。
その点ミラージュは、自分のことを喋りすぎるきらいはあるものの、その場の盛り上げ方を分かっている、サービス精神旺盛なナイスガイだ。
僕は早速、本日の視聴者からの質問を、彼に向かって投げ掛けた。
「今日の質問は、ソラスにお住まいの10才の女の子、タイニーティナからです。『こんにちはミラージュ。いつもママと一緒に応援してるわ。あなたのおひげは、とってもチャーミングね。今日は大好きなミラージュに質問があるの。あなたが一番だいじにしている宝物ってなぁに? 私の宝物は、誕生日にパパとママからもらった、おっきなネッシーのぬいぐるみよ!』」
「俺の宝物が知りたいって?……そうだな、大切なものっていやあ、幾つかあるが……今日は特別に、俺の大ファンだっていう、ちっちゃなレディの為に、とっておきのお宝を見せてやるよ。みんなには内緒だぜ?」
ミラージュはそう言って、その魅惑的な唇に人差し指を当て、カメラに向かってウィンクを投げると、僕の隣に2体のデコイを残し、踊るように通路の向こうに消えていった。「ちょっと待ってな」
そのスター然としたケレン味たっぷりの仕草は、同性ながら、ちょっとしたときめきを覚えてしまうほど様になっている。
これで、タイニーティナと彼女のママは、ますます彼の虜になることだろう。
そんな事を考えながらも、僕はゲストのいなくなったその場を繋ぐのに必死だった。
アナウンサーたるもの、突然のハプニングに対応できなくては務まらない。
しかし、10分しかないこの放送枠の間に、もし彼が帰ってこなかったらと思うとヒヤヒヤものだ。
時間にすれば、五分間くらいだろうか?
僕が彼のデコイを相手に頑張っている間に、上機嫌のミラージュが戻ってきた。
「悪い悪い、ちょっとばかり探すのに手間取っちまってな」
そう言って、ミラージュが手を引いてやって来たのは、ゴーグルを逆さに着けたオクタンだった。
「おいおい、俺はまだゲームの準備ができてねぇってのに……、一体なんだ?」
オクタンはひん曲がったパイロットキャップを引っ張りながら、スタジオの中をキョロキョロと見回している。
どうやら、仕度をしている最中に、強引に連れて来られたようだ。キャップの縁からは、緑色の髪がはみ出している。
ミラージュはオクタンの肩を抱き、顔をくっ付けるようにしてカメラを覗き込んだ。
「ほら、これがこの世に二つとない、俺の大事な宝物さ。君も自分の宝物を大切にするんだぜ?タイニーティナ、俺との約束だ」
「……?何だかよく分からねぇが、そういうこった」
「I treasure you……」
ミラージュが、オクタンのマスクの上から頬っぺたにキスしたところで放送は終了し、シルバ製薬の新商品のCMに切り替わった。
カメラに映っていたかは分からないが、トレードマークの装備に覆われた、オクタンの顔のわずかな地肌の部分が、不自然に赤くなっているのを僕は見逃さなかった。
「はは、お前、ゴーグルが逆さまだぜ? 前髪もはみ出てるし、慌てすぎかぁ?」
「えっ、マジかよ? どうりで鼻が痛ぇわけだ。たく、お前のせいだからな。急に来るから、何事かと思うじゃねぇか」
ミラージュが笑いながら、オクタンのゴーグルを優しくかけ直してやっている。
果たして、あの場面を目にしたタイニーティナは、彼らをどう思ったんだろう?
ショックを受けて、ミラージュのファンを辞めたりしないだろうか?
けれども、僕のそんな心配は、すぐにどこかへ吹き飛んでしまった。
二人して顔を寄せ、何やら仲睦まじく相談しながら、視聴者へのメッセージを書いている姿は、とても自然で素敵なカップルそのものだ。
ミラージュの大ファンだという彼女なら、彼のあんなに幸せそうな顔を見たら、きっと応援せずにいられないだろう。
僕だってそうなんだから。
「じゃあまたな!」と、肩を組んで帰っていく彼らの背中を見送りながら、僕もいつかはアナウンサーとしてのレジェンドになって、そして、愛する人を宝物だとみんなに紹介してみたいと思った。
「若いっていいなあ」
狭いスタジオの隅で見学していた解説者のヨークが、しみじみとした口調でつぶやいた。
「あなただってまだまだ若いじゃないですか。どうです? 現役復帰して、レジェンドとして参戦、なんてのは」
「……いや、俺にはもうそんな元気はないよ。老兵は去るのみ。願わくば彼らのような若者達が、無邪気にこのゲームを楽しみ、愛し合える時代が長く続くよう祈るだけさ」
そう言って、ヨークが微笑みながら手にしたカードには、意外にも達筆なオクタンのきれいな文字と、ミラージュの丸く可愛らしい文字で書かれたタイニーティナへのメッセージと、二人のサインが仲良く並んでいた。
これもきっと、彼女の大事な宝物のひとつになるのだろう。
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