HANDLE WITH CARE


こんな時に限って、同じ部隊になる。
しかもレヴナントと一緒だ。
彼が苦手なミラージュは、チームメイトだというのにも関わらず、なるべくレヴナントから距離を置いて移動していた。
一方のオクタンは、疎ましがられるのも気にせず、「300年前の世界ってどんなだ?」「ロボットになる前ってイケメンだった?」などと、こっちがヒヤヒヤするような事を話し掛けている。
少し離れた場所からそれを見ていたミラージュは、オクタンの後ろ姿に、何か違和感を感じた。
いつもと何も変わらない装備だが、何かが違う気がするのだ。
ミラージュは、アタッチメントを交換しようと俯いているオクタンに近づいて、その違和感の正体に気付いた。髪が、見えないのだ。
「おい……オクタビオ、お前、髪をどうしたんだ……」
手を伸ばして、パイロットキャップとうなじの隙間に指を差し込んでみる。
そこに、いつも俯いたときにほんの僅かに覗く金色の髪はなく、ただつるつるとした指触りがあるだけだった。
びくっとして肩をすくめたオクタンは、ミラージュの方に振り返り、絆創膏を巻いた人差し指でマスクをずらすと、嬉しそうに唇を吊り上げた。
ミラージュは、嫌な予感に思わず声を震わせた。
「お前、まさか……?」
「そのまさかだぜ」
オクタンは、自分からパイロットキャップを無造作に脱ぎさり、見事に剃り上がったスキンヘッドを披露した。それだけではない。ゴーグルを外したその下には眉毛の存在すらなかった。
それを見たミラージュは、これ以上ないほどに目を見開き、ショックのあまり言葉の出てこない口を、ただパクパクと動かしている。
「驚いたか? JAJAJA 」
楽しげに笑うその姿は、いかにも世紀末でヒャッハーしていそうだ。
スキンヘッドもそうだが、人は眉毛がないとこんなにも人相が悪くなるのか……と、ミラージュは愕然とした。
「何を乳繰り合っているのだ? 皮付きども」
レヴナントが長い手足をゆらゆらさせながら、二人のいる発射基地のコントロールルームの中に入ってきた。
「いつまでこんな退屈な場所に……ム?」
レヴナントはオクタンの異変に気付いて、扉の前で立ち止まった。
「お前は……オクタンか?」
「そうだぜ! おい、レヴ。あんたこいつに言ってやってくれよ。見てくれなんか何だろうが、俺は俺だってな。そうだろ?」
「……ムゥ」
レヴナントはひとつ唸ったきり、黙って二人の姿を眺めている。
そして、あたかも呼吸しているような笑いを鼻から漏らし、
「皮付きもいずれ、誰もがただの骨になる。私は例外だがな……」
と、不気味な呟きを残して出ていった。
「だとさ、俺らも行こうぜ」
キャップを被り直し、再びマスクとゴーグルで顔を覆ったオクタンが、まだ呆けているミラージュの背中を叩いて促す。
「なぜだ……? 俺の可愛いオクタンが……そんな」
ミラージュはどうしても現実を受け入れられない様子だ。
オクタンは、ミラージュの顎に手を掛けて自分の方を向かせ、ゴーグルの奥からその目を見据えた。
「俺のこと嫌いになったか?」
「な、なるわけねぇだろ……そりゃ、ちょっとショックだけど……」
オクタンはミラージュの顎髭をさすり、諭すように話し始めた。
「俺はさ、エリオット。最近ちょっとばかり嫌になってたんだ。何でもかんでもお前のいいようにされて、愛されるだけの『可愛いオクタビオ』でいることにな。お前はあまりにも俺を大事にしすぎる」
「だから、頭を剃っちまったってのか?」
「そうだぜ。なかなかイカしてるだろ?」
「そんなの無茶苦茶だ。俺はお前が好きだから、何でもやってやりてぇのに、大事にすんなとか言われたら……一体どうすりゃいいんだよ?」
ミラージュが困惑した表情でオクタンに訴える。
「お前は極端なんだよ。何でもかんでもやりゃいいってもんじゃねえんだ。それとも何か? 俺を、か弱いチワワか、ラブドールかなんかだとでも思ってるのか?俺はひとりで歩けるし立てる。髪の毛なんか好きにさせとけよ。本当に甘えたいときは、お前が嫌だって言ったって甘えるし、助けが必要な時はちゃんと頼るから……」
オクタンは、自分の言葉がミラージュにちゃんと伝わるようにと、祈るように彼を抱きしめ、精いっぱい言葉を継いだ。
「お前が俺のことを思ってくれてるって事は、良く分かってるつもりだぜ? 感謝もしてる。でも、ちゃんと言っとかねぇと、俺もお前もきっと息ができなくなっちまう。そんなのは嫌なんだよ」
「オクタビオ……」
戸惑ったようなミラージュの腕がオクタンの背中に回され、ぎゅっと力が込められる。
「お前だって大概極端だろ……バカだなぁ、ほんとに」
「うるせえな」
俺がお前を可愛いと思うのは、外見じゃなくてそういうとこなんだよ……。
ミラージュは心の中でそう呟いた。
「分かったぜ、オクタビオ。まあ……なんだ、お互いに、頑張りすぎたってことだな」

(この辺りにバカップルがいるわ…)
虚空の声が、どこか楽しげに敵の存在を伝えてきた。
レイスが注意深く辺りを見渡すと、ガラス張りの建物の中で抱き合っている、ミラージュとオクタンを見つけた。
「全くしょうがないわね、あの二人は……」
レイスは呆れたように笑い、チームメイトに攻撃の合図を送ると、素早くポータルを展開し、突然目の前に現れた敵に慌てふためく二人を、容赦なく撃ち抜いた。
単独行動していたレヴナントは、通信で二人がダウンした事を知ったが、
「愚かな皮付きどもめ……。私は助けになど行かぬぞ。そのまま仲良く死ぬがいい。どうせ、仮初めの死だ……せいぜい楽しめ」
と、言い残して通信を切った。

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