HANDLE WITH CARE


出発時間の少し前に、ミラージュは一人でシップの発着場にやって来た。
オクタンはあの後、
「俺はもう行く。今日は現地集合だ」
と言い残し、数時間前に家を飛び出していってしまった。メールを送っても返信はない。
朝から様子がおかしかったオクタンを思い返し、何が不味かったのだろうかと、落ち込んだ気分で共有スペースのソファーに沈み込んだ。
「あら、ひとりなの? 珍しいわね」
通りかかったレイスに声を掛けられ、ミラージュは彼女の方にどんよりとした目を向けた。
「レネイか……。ああ、俺はひとりだぜ。なぜだか分からねぇが、俺は今、独りぼっちでここにいる。APEXゲームのスターでみんなの人気者、いつでも華やかなスポットライトを浴びてる筈のこのミラージュ様が、だ。笑えるだろ? さぁ、笑ってくれ」
芝居がかった口調で嘆くミラージュの隣に、レイスは少しだけスペースを空けて腰を下ろした。
「オクタンとケンカでもしたの?」
考えても、レイスが思い付く理由はこれくらいしかない。ミラージュは自分に言い聞かせるようにかぶりを振った。
「別にケンカなんかしてねぇさ。俺たちは上手くいってる。そうさ、上手くいきすぎて怖いくらいだ」
「ならなんでそんな顔をしてるのよ?」
「上手くいってるのに……あいつが何を考えてるのか分からねぇ。俺はただ、トマトをサラダに入れただけなんだ。そしたらあいつが皿洗いをやるって言いだして、カップで手を切って、怒り出して……なぁレネイ? あいつ俺の事、何か言ってなかったか?」
まるで要領を得ないミラージュの話に首を傾げながら、レイスは「さあ……? 別になにも……」と言うことしかできなかった。
端から見れば、ミラージュとオクタンは仲睦まじく、幸せそうなカップルに見える。
シップの中でも常に一緒で、他の仲間たちによく冷やかされていたし、特にミラージュのオクタンに対する溺愛ぶりは、見ているこっちが赤くなってしまいそうなほどだ。
「もっと分かりやすく話してよ」
そう言われたミラージュは、今朝の出来事を改めてレイスに打ち明けた。
「なんでなんだ? もしかして、俺はウザイのか? なぁ、レネイ?」
すがるような目をして訴えてくるミラージュに、(確かにちょっとウザイかも……)という虚空からの声が聞こえてきたが、レイスは口には出さず、
「あなたオクタンに構いすぎなんじゃない? 彼はあんな性格だし、束縛されてるって感じてるのかも……。それとも、子供扱いされたくないとか、照れてるとか……」
自分が誰かと恋愛した記憶すら持っていないレイスだったが、それでもミラージュのために思い付く限りの理由を探して並べてみせた。
ミラージュは神妙な顔をしてそれを聞いている。
「恋人の世話を焼くのはいけないことか?」
「悪いとは言ってないわ。やりすぎはよくないってことよ」
「でも、あいつだって嬉しそうにしてたんだぜ……?」
端整な顔を曇らせて、珍しく黙り込んでしまったミラージュに、レイスが何と声をかけようかと迷っていると、カシャカシャという機械音と共に噂のオクタンがやって来た。
オクタンは、ミラージュとレイスを見るなり、つかつかとソファーに歩み寄り、二人の間の僅かな隙間に自分の体を捩じ込んだ。
「悪いな、レイス。ここは俺の場所なんだ」
オクタンはレイスに向かって、屈託のない声で言った。
「あら、ごめんなさい……」
レイスがそそくさと横にずれて、オクタンのために十分なスペースを空けると、オクタンは「グラシアス」と、満足げにコクコクと頷いた。
「何も心配することはないみたいね」
レイスは苦笑し、じゃあね、と席を立った。
「なんだ? 俺のことを話してたのか?」
「お前、どこに行ってたんだよ? 急に飛び出して行きやがって……」
ミラージュはオクタンに詰め寄ろうとしたが、共有スペースにやって来たパスファインダーの声がそれを遮った。
「やあ! お二人さん。今日も楽しそうだね!」
陽気に挨拶する彼を先頭に、続々とレジェンド達が集まってくる。
「続きはゲームの後だ」
いつもの装備で顔を隠したオクタンがどんな顔をしているのか、ミラージュには分からなかった。

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