フィジカル・ディスタンス
昼間のゲームでミラージュの部隊がチャンピオンになった。
祝いを言いに行ったついでに、酒でもおごってやるぜって誘ってみたが、ミラージュの予定はすでに埋まっていた。
「悪いな、オクタン。さっき部隊のメンバーと約束しちまったんだ。そうだ、お前も来いよ。ジブとレイスと、バンガロールも来るぜ」
大人の集まりだなと俺は思い、何となくそのメンツに入って騒ぐ気にはなれなかった。
あいつらが嫌いとかじゃなく、場違いな気がしたんだ。
何でこんなこと思ったのか分からねぇ。
そんな事、今まで気にしたことなかったのに。
「いや、俺は遠慮しとくよ」
俺は明らかに気落ちしていたが、それをミラージュに気付かれないように曖昧に笑って手を振り、あいつと別れた。
ジブとバンガは仲がいい。ミラージュとレイスだって……。
あいつにも付き合いってもんがあるんだから、そうそう俺とばっかりつるんでられねぇよな。当たり前だ。
俺は端末を開いて、ミラージュの代りに遊んでくれそうな奴を探した。
俺のファンやら取り巻きならすぐに集まるだろうが、そういう奴らとのばか騒ぎはずいぶんとご無沙汰だ。
思えば俺はすっかりミラージュといることに慣れちまって、懐かしいとすら思わなくなっていた。
アジャイの顔が思い浮かんだが、あいつは明日からタイフォンに遠征に行くと言ってたな。
俺のエルマナは立派なやつだ。
悔しいがいつも俺の先を行く。
すっかり腑抜けになってる俺とは大違いだぜ。
タイフォンと言えば、アークが爆発したときにできた次元の歪みがまだそのままになってるって噂の危ない惑星だ。
俺はアジャイに、気を付けて行けよとメールを送り、結局ひとりで適当に飲んで帰ることにした。
仮にもAPEXゲームの超人気レジェンドである俺様が、週末の夜に独りさびしく街をさ迷ってるなんて、一体どうしてくれんだよ、ミラージュ。
ムシャクシャした俺は、衝動的に綺麗なアミーガたちがいる店に突撃し、うさを晴らすように飲みまくった。
彼女たちは俺を「その足オクタンみたい!」と言って持て囃したが、俺がいくらホンモノのオクタンだと言っても信用しなかった。
本物のオクタンはもっとカッコいいんだとさ!
素顔を隠すってのも良し悪しだな。知らぬ間に勝手にハードルが上がってやがる……。
「じゃあ、俺がオクタンだって証拠にミラージュを呼んでやるよ!」
そう宣言した俺は端末を引っ張り出して「こっちも楽しくやってるぜ! 羨ましかったら裏通りの『ロマンシング・
どうせあいつは今頃レイスたちと楽しくやってんだろ。来るわけねぇさ。
そうたかをくくって俺はさらに飲みまくった。
完全に出来上がった俺が『オクタンのモノマネ』を披露していると、突然店の中が黄色い歓声に包まれた。
お? 俺様のモノマネ、大ウケじゃねぇか。
似てるだろ? なんたって本人だからな、JAJAJA 。
と思ったら、バカ笑いしている俺のすぐ側にミラージュが居て、
「迎えに来てやったぜ。義足の切り込み隊長様は、ずいぶんとご機嫌みたいじゃねぇか」
と腕を引っ張られた。
「お前、ほんとに来たのかよ?」
ミラージュは、まだ笑ってる俺をそのまま引きずるように店の外に連れ出し、自分の車に押し込んだ。
「お帰りなさい、パイロット。解析の結果、運転者から基準値を上回るアルコール成分が検出されました。引き続き自動運転での走行を推奨します」
ナビゲーションからBTのアナウンスが流れると、ミラージュはひっぱたくようにそのパネルを操作して車を走らせた。
珍しくイライラがモロ顔に出てる。
「……なんで来たんだ?飲み会は?」
「お前が呼んだんだろ」
「せっかく来たのに遊んでいかねぇのか?」
「……そんな気分じゃねぇ」
「そりゃ、残念。お前がその気ならスリーサムもいいかなって、思ってたんだぜ?みんなでスティムでもキメてさ……」
あそこはそういうことをする店だ。
わざと際どい冗談を言ってヘラヘラする俺を、ミラージュは目を細くして睨み、ほっぺたをぎゅっとつねった。
「痛って……、なにすん」
「もうお前は黙ってろ。送ってってやるから」
もしかして怒ってるのか?
嫉妬してる?
心配してる?
なんでもいい。
俺はミラージュが俺のために飲み会をほっぽりだしてやって来たことに満足して、あいつの言うとおり黙って、全開にした窓から入ってくる風を浴びていた。
火照った顔を撫でていく、夜の冷たい風が気持ちいい。
このままずっと家に着かなきゃいいのにな。
ふらつく体をミラージュに支えられて、何とか階段を上がり俺の部屋に着くと、ミラージュは「相変わらず汚ねぇなぁ」と呟き、俺をベッドの上に転がした。
「まだ寝るには早ぇ、ここで二次会やろうぜ?」
「もうよしとけ。あそこで嫌ってほど飲んだだろ? 酒ってのはな、もうちょい飲みてぇな、ってとこで止めとくのが、スマートで美味しい飲み方なんだよ」
ミラージュはベッドに腰かけて、だらしなく転がったままの俺を見下ろした
ビターチョコみたいな深い茶色の目は、さっきまでと違い、穏やかで少し悲しそうですらある。
「なぁ、オクタン? 俺はお前がどこで何をしようが構わねぇし、口出す権利もねぇけどよ……。友人として、これだけは言わせてくれ。遊びで薬を使うのは止めろ。前みたいにぶっ倒れたらどうすんだ」
静かだが有無を言わせないような強い眼差しに、俺はミラージュから目を逸らしてベッドの中に潜り込んだ。
「そんなヘマしねぇよ」
本当は今まで遊びで薬をキメて、意識が飛んだことなんか何回もある。気が付いたら知らない奴の家にいたことも、道端に行き倒れてたことだって。
「……そしたらお前が迎えに来てくれんだろ?」
「俺は便利屋じゃねぇぞ」
ミラージュはため息と一緒に低く呟いた。
あいつが立ち上がる気配がして、チャラリ……と車のキーの音が小さく鳴る。
「考えとくぜ」
俺は布団から顔を出さずに答えた。
帰っていくこいつの後ろ姿を見送るのが嫌だったからだ。
ミラージュは大きな手で俺の頭を愛おしむように撫で、
「じゃあな、オクタン。おやすみ」
と言い残して帰っていった。
……バァカ。
俺はベッドの中で丸まって毒づいた。
なにがおやすみだ。なにが友人だ。カッコつけやがって。
俺はそんな説教を聞きたかったんじゃねえのに。
あいつの車のエンジン音が遠くなるのを聞きながら、帰らないでくれと、素直に言えない俺も大概バカだなとぼんやり思った。