hermana
思えばオクタビオとの付き合いは長い。
お互いの父親どうしが懇意にしてたから、あたしは父親にくっついて、よくシルバ家に遊びに行った。
あたしの父親は、一代で虎大インダストリーズという巨大企業を築き上げた戦争成金だ。
製造、建設、海運、鉱業の他に、タイタンの開発や製造も手掛け、かの有名なバンガード級タイタンBT-7274を、ミリシア軍と開発したのも父親の会社だった。
あたしが生まれた頃には、フロンティア戦争はほとんど終わっていて、戦火の及ばなかったプサマテでは戦争というものを実感することはなかったから、幼かったあたしとオクタビオは、大きくなったらパイロットになってタイタンに乗るんだ、なんて無邪気に言い合ってたっけ。
何も知らなかった。
オクタビオは不思議な子で、成長するにつれて、そのエキセントリックな言動に拍車がかかっていった。
オクタビオが飼っていたウサギのNaviが死んだとき、あいつはNaviがロケットで宇宙に行って、そこで爆発して死んだって言いふらした。
ただ死んだんじゃつまらない、その方が面白いからって。
結果、オクタビオはカウンセリングに送られる羽目になり、父親との溝はますます深くなったみたいだった。
というのも、オクタビオは何でも明け透けに話をする子だったけど、父親とのことだけはあたしにも話さなかったから。
それでも、あの親子(果たして親子って言えるのかしら?)の間に流れている冷ややかな空気は、子供のあたしにもよく分かった。
あたしにとってMr.シルバは優しいおじ様だったけど、彼が公の場以外でオクタビオに笑いかけることはなかった。
あたしにだって分かるんだから、オクタビオが感じないわけないわよね。
だからある日、オクタビオに言ったの。
「あんたには悪いけど、あたし、シルバのおじ様があんまり好きじゃないわ」
「なんで?」
「……なんでも」
オクタビオはふん、と鼻を鳴らし、
「気が合うな。俺もだ」
と、生え変わり途中の、隙間だらけの歯を見せて笑った。
同い年なのに、あたしより小さくてほそくて、顔にはそばかすがいっぱいあって、絵本の王子様とは程遠かったけど、男勝りな性格だったあたしは、自分をお姫様扱いしないオクタビオと遊ぶのが好きだった。
大人達の目を盗んで、シルバのお屋敷を探検したり、虎大の工場に忍び込んでメンテ中のタイタンと話したり、マーヴィンを相手に他愛のないイタズラをしたり……。
オクタビオがジュースだと言って、あたしにぶどう酒を飲ませて大騒ぎになったときは、さすがに絶交しようかと思ったけど。
そんな子供だったオクタビオが、少し会わないうちにあたしの背を追い越して、声も低くなって、男の子から男になりかけてたときは驚いたし、正直少しだけ格好いいと思った。
……これはミラージュには内緒にしとこう。
でも、残念ながら中身はそのままだったのよね。
それに、その時期のあたしはそれどころじゃなかった。
父親にとっては、戦争もビジネスだということに気付いてしまったから。
両親や兄弟はあたしを愛してくれてたと思う。
それは疑いようのない事実で、あたしも家族を愛してた。今だって。
生きていくには糧が必要なのは分かってる。
でも、それを得る方法が、なんで戦争なの?
オクタビオにはドライなところもあって、
「アジャイが責任を感じることはねぇだろ。虎大がなけりゃ、他のどっかの兵器が人を殺すだけさ」
と、あたしを潔癖すぎると言った。
そうなのかもしれないけど、あたしには簡単に割りきることはできなかった。
直接手を下してるわけじゃない。
でも、虎大の兵器は、今日もどこかで誰かの命を奪っている。
そして、荒れ地になった場所にまた新しい建物を造って、壊しては造ってを繰り返す、そうやって私腹を肥やしてきた。
いつだって搾取されるのは名もない人達。
ミリシアもIMCも関係ない。
考えた末に、あたしはナースを志すことに決めた。
同時に、武装地帯でも活動できるように、渋い顔をする父親を説き伏せて、銃器の扱いも習った。
「君は勇ましい子だね。でも、そんなのはお嫁に行ったら何の役にも立たないよ、アジー」
兄貴たちはそう言ってあたしを笑ったけど、家同士が決める結婚相手なんかクソ食らえだわ。
戦闘の訓練に付き合ってくれたのもオクタビオだった。
あいつはその頃、最高に荒んでて、手当たり次第に男の子とも女の子とも付き合っては別れを繰り返してた。
オクタビオにとっては、射撃の訓練も恋愛も、単なる暇潰しだったんだろう。
看護士の資格を取ったら家を出て、フロンティア兵団に参加しようと思ってるって打ち明けると、特に何を言うわけでもなく、「アジャイの好きなようにやれよ」と、オクタビオは言った。
「お前は勇気がある。俺は……」
そう言い淀むオクタビオは、自分自身にもどかしさを感じてるみたいだった。
でもあたしは女で、兄弟もいて、家を出たってせいぜい政略結婚の駒がなくなるくらいのもんだろうけど、オクタビオにはシルバ製薬の次期CEOと、シルバ家の次期当主という重い足枷がある。
それをあんな形で外してしまうなんて、思ってもみなかったけれど。
義足を手に入れて、APEXゲームに参加してからのオクタビオは、かつてないほど生き生きしていた。
でもそのうち、あいつが楽しそうなのはそれだけじゃないのかも、って思うようになった。
その訳に気付いたのは、オクタビオの部屋のキッチンに、見覚えのない食器やスパイスの瓶を見つけた時だった。
あたしは、家事がなにひとつできないオクタビオの為に、たびたびご飯を作りに行ってあげていて、家主よりもキッチン回りについては詳しかったのだ。
「彼女でもできた?」
かまをかけるつもりで言った一言に、オクタビオはぱっと顔を赤くして「いや、そういうんじゃねぇ……。まだ友達だ」と、照れたように頭を掻いた。
あらら、もしかしてドンピシャ?
今まで、良くも悪くもノリと勢いだけで恋愛していたあいつとは思えない、予想外の反応に、あたしの好奇心がうずいた。
「いつもイケイケのあんたが、珍しいじゃない。相手は誰よ?」
オクタビオは一瞬視線をさ迷わせ、小さな声で意外な名前を口にした。
「……ミラージュ」
えっ?
あたしは絶句して、焼いていたパンケーキをひっくり返すのも忘れていた。料理する、っていう先入観があったから、相手はてっきり女の子だと思ったのに、男っていうことをすっ飛ばして、いきなりミラージュって?
「マジ? ミラージュってあの、ミラージュ? ナルシストで軽薄で、喋り始めたら誰にも止められない、トレーラーの度に何かの爆発に巻き込まれて、もはやそれが持ち芸なのでは? とさえ言われてる、バーテンダー兼レジェンドの、ミラージュことエリオット・ウィット?」
「ひでぇ言われようだな……。でも、知ってたか? あいつ、料理上手いんだぜ?」
そう言ってふわりと笑ったオクタビオの顔は、確かに恋する人間のそれだった。
あたしは、まるで珍しい生き物を眺めるみたいに、あいつの顔を見てた。
「へぇ~、あんたもそんな顔するんだ。初めて見たかも……」
「どんな顔? 俺、変な顔してるか? やべぇな。あ、でもゴーグルとマスクしてりゃ、顔は見えねぇから平気か」
オクタビオはぶつぶつ言いながら、両手で自分のほっぺたを擦っている。赤い顔が余計に赤くなってるわよ?
それにしても、ミラージュって……。
オクタビオが男も女も関係なく恋愛するやつだってのは知ってたけど、まさかミラージュが相手とは、青天の霹靂ってまさにこの事だわ。
混乱の中で出来上がったパンケーキはいびつな形をしていて、おまけに少し焦げていた。
「ごめん、ちょっと失敗した」
謝りながらテーブルに並べて、あたしがオクタビオの左側に座ると、あいつはすでに口をもぐもぐさせていた。
「いや、ふつうに旨いぜ?」
「そ? でも、ミラージュの料理は、きっともっと美味しいんでしょ? 良かったじゃん。これからあんたの胃袋は、ミラージュに任せることにするわ」
実を言うと、あたしはあんまり料理が得意じゃないし、レパートリーも多くはない。
ミラージュがオクタビオの専属シェフになってくれるなら、喜んで交代するわ。
こいつだってその方が嬉しいだろうし。
でも、何を作っても、いつも美味しそうに食べてくれるから、それが見れなくなるのはちょっと寂しいかもね。
「そんなこと言うなよ。俺はアジャイの料理だってすきだぜ」
ぶっきらぼうだけど優しいフォローが嬉しくて、あたしもシロップたっぷりの不恰好なパンケーキにナイフを入れた。
そうね、見た目ほど味は悪くないわ。
あっという間にお皿を空にしたオクタビオは、ミネラルウォーターをごくごく飲んで、一息ついてから口を開いた。
「それに、ミラージュと上手くいくかなんて、まだ分かんないぜ? 飯を作ってくれんのだって、単にあいつが世話好きなだけかもしんねぇし」
今までオクタビオからそんな言葉は聞いたことがない。いつだって、考えるより先に手を出してたくせに。
「何よ、珍しく弱気じゃない。そんなのお構いなしに押すのがあんたじゃないの?」
「そうさ。でも、あいつは男に好かれるなんて思ってもねぇだろ、多分。だから俺は待ってるんだ。今の関係だってそんなに悪くねぇし、急がなくてもいい、ゆっくりで……」
まるで自分に言い聞かせるみたいに、オクタビオは言った。
「はぁ~、嘘でしょ? あんたほんとに、あたしの知ってるオクタビオ・シルバ?」
「俺はあいつを困らせたくねぇし、他のやつらより、ちょっとだけ特別でいられればいいんだよ」
オクタビオの声には、ミラージュへの愛情を感じさせる、熱っぽい響きがあった。
彼との関係を大事にしたい、っていう思いが伝わってくる。
およそ、愛を育むなんて行為とは無縁だと思ってたのに、いつの間にかこいつも大人になったのかな。
それとも、ミラージュのせい?
そう思った途端、あたしはなぜか急に、寂しさと嫉妬と焦りが入り混じったような、複雑な気分に襲われた。
なんだろう、これは。
胸の奥がずしんと重くなって、泣きたくなるような気持ち。
あたしはお皿に残っていたパンケーキを慌てて口に突っ込んで、それをオクタビオに悟られないように、大げさな声を出した。
「ほれにひても、あんたからこんな風に恋バナを聞かされるとはね~。変な感じ!」
「お前はどうなんだよ? 気になるやつとかいねぇのか? 別にAPEXゲームに関係ないやつでもいいぜ? いつでも俺様が協力してやるよ」
さすがに自分語りが恥ずかしくなったのか、オクタビオはあたしに話を振ってきた。
「ないわよ、ないない。そんなことより、あたしはゲームで頑張ってお金を稼がなくちゃ。まだまだ足りない、行きたいところもいっぱいあるし……恋愛どころじゃないわ」
「自分のこともちゃんと大事にしろよな。俺は、お前にも幸せになって欲しいと思ってるぜ、エルマナ」
オクタビオは首を傾け、真面目な顔つきであたしの顔を覗き込んだ。子供の頃から変わらない、まっすぐな、透き通った緑色の目が綺麗だと思った。
「……あんたに自分を大事にしろとか言われたくないね」
「JAJAJA、それもそうだな」