バンバンブー


デコイといえど、見た目は俺だ。
あんな軽いノリでキスしてくるなんて、今時の若者は……というかオクタンは……。
ミラージュはため息をついた。
「どうした、アミーゴ」
オクタンはミラージュの隣でバニラシェイクを啜っている。あのことはもう忘れているかのようだ。
「いや、別に。お前、よくそんな甘ったるい砂糖の固まりが飲めるな。まだ味覚が子供なんだな」
「動きの鈍いおっさんには分からねぇだろうが、激しく動いたあとは糖分が必要なんだぜ」
毒づいたオクタンは、ストローを咥えたまま口角をあげる。
ああ言えばこう言う。なまいきな奴だ。
しかし、それすら可愛いと思ってしまう自分に、ミラージュはもう抵抗を諦めた。
「それはオクタンが正しいわ。運動だけでなく、すごく頭を使った時なんかも、甘いものを摂取するのは効果的よ。パパも私もアイスクリームが大好きで、冷蔵庫にはいつも買い置きがあったわ」
ミラージュとオクタンの向かい側に座っているのはワットソンだ。
彼女に「ゲームの反省会をしない?」と誘われて来てみれば、シップの発着場に併設された、酒のないファーストフードの店。
こういった場所に縁ない生活をしていたワットソンは、最近になってジャンクフードにはまり、部隊のメンバーを誘ってはしょっちゅう入り浸っているらしい。
愛らしい顔でニコニコされれば、断るのも憚られた。
「ハンバーガーって、とっても美味しいのね。私、ゲームに参加してから体重が増える一方よ」
それを聞いて、つい彼女の胸の辺りに目がいってしまった男二人を、誰が責められようか。
お気に入りのAPEXスペシャルバーガーに齧りつくワットソンは幸せそうだ。
「俺も家を出るまでは、あんま食ったことがなかったな」
オクタンがぼそりと漏らした。
「へぇ、それは意外だわ。きっと家のご飯が美味しかったんでしょうね」
「まあな。毎晩、高級フレンチのフルコース責めだぜ」
オクタンは笑みを浮かべてはいたが、ミラージュの目には、それが何となく冷めているように映った。
「それはそれで、羨ましいようなそうでないような……。でも、うちのパパなんてね……」
「まーた、パパの話か?」
ミラージュは黙って二人の会話を聞いていた。
ワットソンには悪いが、会話に加わるよりも、オクタンの横顔を見ていたかった。
「私は料理が全然できないの。パパに任せっきりで勉強ばかりしていたから。でも一人暮らしをするようになって、これじゃいけないって思ったわ」
「こいつ、料理得意なんだってよ」
オクタンが親指でミラージュを指差した。
「何で黙ってんだ? いつものマシンガントークはどうした?」
「若いっていいなあと思ってな……」
ミラージュが横目でオクタンを見ながら、皮肉っぽい微笑を浮かべる。
「ミラージュだってまだ若いじゃない。肉体的にも精神的にも成熟した30代が、人として一番輝ける時期だってパパが言ってたわ」
「その通り!あんたのパパは分かってるじゃねぇか。今の俺が眩しいほど輝いてるってのは、疑いようのねぇ事実だ。まあ、俺は何十代になっても輝いてるだろうけどな。それこそ、生まれたときから金アーマーを着てるようなもんさ」
急に饒舌になっていつもの演説を始めたミラージュに、ワットソンは楽しげに笑ったが、オクタンは呆れたように肩をすくめた。
「肉体的はともかく、精神的に成熟してるだと? 年下相手に、大人気ねぇイタズラしてる野郎が、よく言うぜ」
「それは違うな。大人だからできるってこともあるんだぜ、オクティ?」
ミラージュは大人の余裕を見せつけるように、ふっと目を細めた。
「何だか分からないけど、カッコいいわ、ミラージュ」
ワットソンは大きな青い目をキラキラさせて、ミラージュを見つめた。
調子を取り戻したミラージュのマシンガントークもあって、反省会は何も反省しないまま過ぎていった。
ふと、時計に目をやったワットソンが目を丸くする。
「あっ、もうこんな時間なのね。名残惜しいけど帰らなきゃ。楽しい時間って本当にあっという間ね。メルシ、オクタン、ミラージュ。同じチームになったらまた、反省会をしましょうね!」
「それを言うなら祝勝会だぜ、アミーガ」
「それはその通りだったわ、うふふ。それじゃ、その日までオルボワール!」
ワットソンは慌ただしく帰っていった。
こんな時間といってもまだ午後7時を回ったばかりだ。その上、会話の90%がパパになってしまうワットソンには、当分悪い虫が付く心配はなさそうだ。
「……飲みに行くか?」
ミラージュの誘いに、オクタンは待ってましたとばかりにニヤリと笑った。
「まだ、話し足りねぇ?」
「ああ、やっとウォーミングアップが終わったとこさ。これからが本番だから覚悟しとけよ?……さて、どこに行きたい?」
少し下から自分を見上げて「酒が飲めればどこでもいいぜ」と笑うオクタンに、ミラージュはデコイに譲ったキスを、今さらのように後悔していた。

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