バンバンブー


翌日、ミラージュは何かそわそわと落ち着かない気持ちでドロップシップに乗り込んだ。
それとなくオクタンの姿を探す。
「あなた、挙動不審よ」
声を掛けてきたのはレイスだった。
「おっ、おう。久しぶりだな、元気か? レイス」
「一昨日会ったばかりじゃない。オクタンは大丈夫だったの?」
いきなりオクタンの話題を振られてギクッとしたが、レイスもあの場に居て、オクタンを運ぶ為にポータルを引いてくれたことを思い出した。
「あー、大丈夫じゃねぇか? 多分。あの後すぐ目を覚ましたからな」
「なら良かったわ。あの子、時々無茶するから……。時々じゃないわね、いつもだわ」
レイスはそう言って、やんちゃな問題児の顔を思い出したように苦笑した。
「なあ、レイス。俺らレジェンドが、連続で同じ部隊になる確率は何パーセントだ?」
「いきなり何よ?」
「俺は計算は苦手なんだ、教えてくれ」
ミラージュはいつになく真面目な顔をして、レイスに頼んだ。
こんな時に限って虚空の声はだんまりを決め込んでいる。別次元の私も、数学が嫌いなようね……。レイスは肩をすぼめた。
「……私も知らないわ。パスにでも聞けば?」
「いや、いいんだ。変なこと聞いてすまなかったな」
珍しく殊勝な態度のミラージュを、レイスはいぶかしげに見ていた。連続で……?
「誰か一緒になりたい人でもいるの?」
それが誰なのか、何となく分かってしまったレイスだったが、思い当たる人物が意外すぎて、聞かずにいられなかった。
もじもじと返事を渋っているミラージュにじれて、胸ぐらを掴むという実力行使に出る。
しかし、ミラージュは口を割らなかった。
「言いなさいよっ」
「今はまだ、その時じゃねぇんだ……レネイ。時が来れば、いずれ分かるさ」
芝居がかったセリフを残して、ミラージュはそそくさと去っていった。
危なかった……。余計な事を言うもんじゃねぇな。
オクタンに会えないまま、アナウンスが降下地点への接近を知らせる。
チーム分けが発表されるモニターの前で、ようやく彼の姿を見つけた。
ミラージュに気付いたオクタンが駆け寄ってくる。
「よお、きのうはありがとな、ミラージュ」
「気にすんな。体調はどうだ? 大丈夫なのか?」
「もう全然平気だ」
オクタンはその場でシャカシャカと足踏みして、ミラージュに向かって元気さをアピールしてみせた。
その仕草に思わず顔が綻ぶ。
顔が見えなくても、可愛いことに変わりなかった。
「同じチームになれるといいな」
オクタンは、ミラージュが思っていて口に出せなかった言葉を口にした。
純粋な願いは幸運を呼び寄せる。
モニターに映し出された自分たちを見て、ミラージュとオクタンは、お互いに顔を見合わせた。
何パーセントだか分からない、おそらく僅かな確率を引き当てたのだ。
「マジか? やったぜ、アミーゴ」
弾むような声に、ミラージュはもう少しでオクタンを抱きしめるところだった。
ふと、視線を動かすとレイスと目が合った。
レイスはニヤリと笑っている。
ミラージュは慌てて目を逸らした。
そこにもう一人のメンバーのワットソンも加わり、ドロップシップのハッチが開いた。
ジャンプマスターのワットソンは沼沢を降下場所に選んだが、航路から遠く離れているせいか、他の部隊の姿はないようだ。
「端っこでごめんなさい。私、まだゲームに慣れてなくて……激戦区に行く自信がないの」
「いいんだよ、アミーガ」
「ここでゆっくりして行こうぜ」
三人は広いエリアに、付かず離れずの距離を保ちながら散っていった。
ミラージュは早々に満足いく物資を集め終わり、一応の警戒をしながらマップで味方の位置を確認する。
あそこにオクタンがいるな。
ミラージュは迷わずその小屋に向かっていった。
「おい、オクタン。物資は集まったか? 俺はもう、この上ねぇってくらい準備できてるぜ」
「俺はまだ……もうちょいアモが欲しい」
「何?」
「えっと……ショットガンとヘビーのやつ……」
オクタンは二階でごそごそ動いている。
ミラージュは手持ちの中から、ヘビーアモを床に落としてやった。
「グラシアス」
オクタンが飛び降りてきて、アイテムを入れ替え始めた。取捨選択に悩んでいるようだ。
ワットソンは少し離れた小屋にいる。
ミラージュはそこに立ったまま、オクタンの様子を眺めていた。
しゃがんでいるので、腰の浅いパンツから尻が見えそうになっている。
おいおい、お前それはダメだろ……。
ミラージュは意識して他の場所に目を移した。
細いがきちんとした筋肉に覆われて盛り上がった肩、きれいに浮き出た鎖骨、薄く汗の浮いたうなじ…。
どこを見てもダメな気がする。でも、目を逸らせない。ずっと見ていたい。
ミラージュが苦悶していると、目の前にオクタンの顔が現れた。
ミラージュは驚いて後ずさった。
オクタンはミラージュの顔を見ながら、じりじりと距離を詰めてくる。
こんな時、顔が見えないのはずるい。
「何だよ?」
「もうちょい近付けばキスできちまうな?」
からかうような口調に、ミラージュの心臓がどくんと音を立てた。
だが、やられっぱなしでいるのは性に合わない。
俺を誰だと思ってる?ガキのくせに、このミラージュ様をからかうとは、いい度胸じゃねぇか。
ミラージュは、オクタンの頬に手を伸ばした。
「キスするときは、ちゃんと目を閉じるんだぜ?」
ミラージュが屈んで、オクタンの目線の高さに顔を寄せると、オクタンは躊躇いもなく、そこにマスク越しのキスをよこした。

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