APEXをやるLEGENDS
オフの日の午後、オクタビオは突然俺の家にやって来た。
普段は前もって約束するか、連絡をよこすんだが、例外もちらほらある。
何かすごく嬉しいことがあったときと、嫌なことがあったときだ。
後者の場合、あいつの機嫌を直すのに小一時間はかかるので、前者であることを祈ってドアを開ける。
「よう、ミラージュ。ゲームやりに来たぜ!」
ゆるいジャージ姿のオクタビオは、ニコニコしながら両手に大きな荷物をぶら下げている。
機嫌の良さそうな様子にほっとしながらも、ゲームと聞いて俺はちょっと複雑な気分になった。オクタビオはゲームに夢中になると、俺の事を構ってくれなくなるからだ。
「俺らのゲームだぜ。ほら、前にモーションとか声とか録っただろ? 一緒にやろうぜ?」
こいつはコンピューターゲームが大好きだが、ほとんど興味のない俺は、そんな仕事をしたこともすっかり忘れていた。
反応の鈍い俺に物足りなそうな顔をしながらも、オクタビオはいそいそとリビングに上がり込んで、勝手にセッティングを始めている。
付き合い始めてから、俺の家にはこいつの持ち物が少しずつ増えていってるが、今日はついにゲーム機まで持ち込んだらしい。
いっそのこと、一緒に住んじまえばそんな面倒なことしなくて済むのに……。
前にちらっとそんな話をしたら、オクタビオはあまりいい顔をしなかった。
束縛されるのが嫌なのか、ちょっと早すぎたのか。落胆しつつも、それっきりその事は口にしていない。
いつかイエスって言ってくれるのを、気長に待つことにするぜ。
なんせ俺は、ほうりょう……放浪……、心の広い男だからな。
「俺、ずっと楽しみにしてたんだぜ? まだオープンβだから、正式に発売すんのは先だけど……」
俺の気も知らず、オクタビオは半分独り言のように楽しげに喋っている。
そういえば、APEXゲームのゲーム、なんていうややこしいモンのために、モーションキャプチャーと声優の真似事をしたっけな。
カメラとスタッフに囲まれて、色んなポーズを取ったり、飛んだり跳ねたり。
それはまだいいが、マイクの前に立たされて「騙されろ!」だの「モザンビークヒァ!」だの膨大なセリフを喋らなきゃならねぇのは、最初は面白かったがだんだん面倒になってきた。
オクタビオは終始ノリノリで、「自分がゲームのキャラになるなんて夢みたいだぜ」なんて言ってたけどな。
俺はどうせなら、タイタニックみたいな映画に出る方がいいぜ。
とにかく、あれで貴重なオフが半分以上潰れたんだから、バカ売れしてくれないと困る。
「ミラージュ、はやくはやく」
セッティングを終えたオクタビオがソファーに埋もれながら、いつものようにキッチンにいる俺を急かす。
こいつはどうも、待ってれば何か出てくると思ってるふしがある。
俺はドラえもんじゃねぇんだぞ。
「ちょうどコーヒーを淹れようとしてたとこなんだ。ちょっと待ってろ。お前はココアか? それともミルクにするか?」
「俺もコーヒーがいいな。たまにはお前の淹れたやつが飲みたい」
オクタビオは、興奮剤とカフェインの相性が悪いとかで、普段からカフェインの入った飲み物を控えていた。
自由奔放なこいつが、何かを我慢してるってのが意外だったが、とりあえず体に気を使ってるのは良いことだ。
ベッドで、あちこちについた注射痕を見るたびに、痛々しい気持ちになるからな。
あんまり使って欲しくないってのが本音だ。
マグカップを両手に持ってリビングに行くと、ソファーに腹這いになっていたオクタビオが起き上がって、俺の場所を空ける。
そこに収まって、顔を見合わせる一瞬が好きだ。
いつもなら、その後キスするのがお約束なのに、今日はそれがない。
モニターには、すでにゲームのタイトル画面らしきものが映し出され、見つめるオクタビオの手にはコントローラーが握られていた。
「なんか忘れてないか?」
俺はマグカップを渡しながら、わざとらしく不機嫌な声を出した。
オクタビオは面倒くさそうに上半身だけ動かすと、俺の唇にちゅ、と赤ん坊みたいなキスをする。
……なんだそのぞんざいな扱いは? 俺はゲーム以下なのか?
悔しいので唇にかぶりつき、強引に舌を入れて、べろべろに舐めまわしてやった。
「やめろ、こぼれちまう」
最初は義足をばたつかせていたオクタビオが、だんだんと大人しくなる。
どうだ? お前が俺のキスに弱いこと、知ってるんだぜ?
「もういいだろ……」
息を切らしたオクタビオが、やんわりと俺の胸を押し返す。
俺はしぶしぶ唇を離した。
自分のやりたいことを邪魔されるのが、何より嫌いだからな、こいつは。
解放されたオクタビオは、満足気に俺を背もたれにしてソファーに座り直すと、マグカップに口をつけ、コントローラーのボタンを押した。
「よし、気合いも準備もバッチリだ。やろうぜ、ミラージュ」
これがエッチのお誘いなら、喜んで飛び付くんだけどな。
まだ物足りない俺は、オクタビオの肩に顎を乗せて、腹に手を回した。
「俺は見てるだけでいい。ゲームなんてガキの頃にやったきりだし、俺には向いてねぇ」
「いいじゃねぇか。どうせみんな初心者だ。自分で自分を操作するなんて、レアな体験だぜ?」
そうこうしているうちに、モニターにはオープニングムービーが流れ出し、それぞれのレジェンドたちが、壮大なBGMをバックに決めポーズを取っている。
「すげぇ! 本物そっくりだぜ。ミラージュのスケベそうな顔までそっくり! 実際スケベだけどな、JAJAJA 」
オクタビオは、人差し指を唇に当ててウィンクする俺を見て、嬉しそうに笑った。
「お前も大概だろ? 少しは止まってられないのか? パンツからケツが見えそうでヒヤヒヤするぜ」
オクタンは、トレードマークのマスク姿で画面の中を走り回っている。
『君も今日からレジェンドだ。Apex Legendsへようこそ』
腕組みしたブラッドハウンドがこっちに向かって語りかけ、大きなタイトルロゴが出てきたところで、オープニングは終了した。結構金がかかってるな。
「で? これはどういうゲームなんだ?」
「俺たちがやってることと同じさ。オンラインで3人一組になってアリーナで戦う。最後まで生き残ったやつがチャンピオンだ。まぁ、見てろって」
オクタビオが手慣れた様子でゲームを進めると、すぐに他のプレイヤーとマッチングしてチームが組まれ、キャラクターを選択する画面になった。
最初のプレイヤーは、レイスを選んだ。
「なんかレイスのおっぱい、でかくねぇか?」
CGになったレイスを見て、オクタビオが指摘する。確かにちょっと盛っている気がする。
本人のリクエストなのか、開発チームのサービスか……揺れてねぇのがちと残念だ。
レイスに続いて、コースティックがピックされる。
俺は一緒になったことはなかったが、あのコースティックが、ちゃんと収録に参加してたとは驚きだ。
しかも、セリフ回しは堂々としていて淀みなく、本職にできそうなくらい、セクシーなイケボだった。相変わらず言ってることは意味不明だがな。
「次は俺の番だ……どれにしようかな? 当然、俺様だ」
オクタビオは自分を選んでご満悦のようだが、俺は画面の中のオクタンが興奮剤を使うのを見て、変な気分になっちまった。
注射器を太ももに刺したあと、一瞬ぐったりして息を吐くのが妙に生々しい。
苦しいのか気持ちいいのかは、こいつにしか分からねぇが、エロいことに変わりはない。
ゲームの中のこいつにまで欲情するなんて、俺も相当イカれてるぜ……。
色んな意味でエロティックな、レイス、コースティック、オクタンの部隊が出来上がった。
他の二人は、まさか本物のオクタンが、オクタンを操作しているとは思わねぇだろうな。
戦いの舞台は、あの懐かしい、リヴァイアサンのいない頃のキングスキャニオンだ。リパルサーの塔もちゃんとある。
ジャンプマスターになったオクタビオは、迷いなく激戦区のスカルタウンへと降下していった。
「いきなりそこに行くのか」
「戦ってナンボだろ?」
案の定、そこには他の部隊が多数降りていて、至るところから足音が聞こえていた。
「ほんとはヘッドホンのがよく聞こえるんだけどな」
そう言いながら、オクタビオは器用にコントローラーを操作して、アイテムを拾っていった。
一人称視点なので自分の姿は手しか見えないが、その手や持っている武器までリアルに作り込まれていることに、俺は感心していた。
スカルタウンも見慣れた風景そのものだ。
ピースキーパーを手にしたオクタンは、スティムを打ちまくりながら敵をキルしていく。
一見簡単そうだが、せわしなく動くオクタビオの手元を見たら、こんな複雑な操作が俺にできるとは思えねぇ。
なんせ俺は、コントローラーと一緒に、体まで動いちまうんだからな。
それをよく兄貴たちにからかわれて、トラウマって程でもねぇが、ゲームをやるのが嫌になった。……おっと、余計なことを思い出しちまったぜ。
まぁ、誰にでも得手不得手ってのがあるもんさ。
オクタビオのゲームの腕前はそこそこ、猪突猛進ぶりは現実と同じだ。
「クソ、やられちまった。でもすげぇ楽しいぞ。お前もやってみろよ」
オクタビオが、子供みたいに無邪気な顔で振り向いた。
俺はゲームよりお前と遊びたいんだけどな。
「一回だけだぞ。マジでやったことねぇんだ、こういうの……」
俺は渋々コントローラーを受け取った。
練習モードで一通り操作を教えてもらい、マッチングを待つ間、俺は腕の間に収まっているオクタビオの、フワフワした金髪にキスして鼻を埋める。
「俺と同じシャンプーの匂いがする」
「……そうか?」
「前は違ったよな? もしかして、俺のとお揃いにしたとか?」
やつは俺を見ずに、クッションを抱えてモニターを見ている。
「……お前のを使ってみて、良かったから買ったまでだ。うぬぼれんなよ」
「ふーん?」
たまには素直になってくれてもいいんだぜ?
俺は、ほんのりと赤く染まったこいつの耳を見逃さなかった。照れるとすぐに赤くなるんだ。
クッションごと柔らかく抱きしめてそこに齧りつくと、オクタビオはくすぐったそうに肩をすくめた。
いつの間にかキャラクター選択が終わっていたらしく、画面の中のミラージュが華麗にデコイと入れ替わり、『この日のために髪をカットした~』とかなんとか言っている。
ゲームの中の自分を見るってのは、なるほど不思議な感じだ。
他人に俺はこんな風に見えてんのか。やっぱり、どっからどう見てもイケメンだな。
「頼むぜ、ミラージュ。俺にいいところを見せてくれ」
「ああ、任せろ」
そうは言ったものの、俺はオクタビオに教えてもらった操作をすでに忘れていた。
いや、最初から覚えていなかったと言ってもいい。
とりあえず、ジャンプマスターのバンガロールにくっ付いて、もう一人のメンバーであるクリプトと、今は無きリレーに降り立つ。
おぼつかない手つきでコントローラーを握りしめ、俺はまず武器とアーマーを探した。
「おっ、何か落ちてるぞ?」
ピストルらしき武器を見つけたが、指定されたボタンを押しても拾えない。
「何で拾えねぇんだ?」
「ずっと押してなきゃダメなんだよ。さっきやっただろ?」
オクタビオは、俺の手の上からコントローラーを握って操作し、P2020を拾った。
「おお、こりゃ幸先がいいぜ」
もちろん皮肉に決まってる。
オクタビオの助けを借り、何とかアーマーと武器を手に入れた俺は、他のアイテムを探して建物をうろうろする。
突然、『見つかった、脱出する!』という、バンガロールの声が聞こえた。
「えっ? なんだ?敵か?」
俺が回りを見ようとスティックを倒すのと同時に、ゲーム内のミラージュがダメージを受けた。
「やべぇ、撃たれてる! どうすん……」
訳の分からないままボタンを連打し、スティックをガチャガチャしている間に、俺の操作するミラージュは滝に落ちてデスボックスになっていた。
俺は唖然とし、オクタビオはゲラゲラ笑っている。
『そらにめをはなつ』
突如、まるで感情のこもっていないクリプトの声がして、画面はドローン視点に切り替わり、俺の無様なデスボックスを映し出していた。どうやら、ドローンで回収してくれるらしい。
『バナーをひろったぞビーコンへいそごう』
それにしても、ひでぇ棒読みだ。
幼稚園の発表会でもここまでじゃねぇぞ。
オクタビオも、クリプトが何か喋るたびに肩を揺らしている。
クリプトを操作している奴は、もしかしたらあいつのファンかもしれねぇのに、一体どんな気持ちなのか。
それを思うと……やっぱ笑っちまうよな。
「笑ってる場合じゃねぇぞ、エリ」
オクタビオが俺の腹を小突いたが、俺は箱になったまま何もできず、戦況を見守るしかない。
バンガの放ったスモークの中、俺の部隊はその場から逃走し、近場のリスポーンビーコンで俺を復活させた。
「ありがてぇ。だが、俺は丸腰だ。武器は置いてきちまったからな」
「はやく何でもいいから探せ。そこにボックスがあるぜ」
「ああ」
俺は祈るような気持ちで、サプライボックスを開けた。
だが、中に入っていたのはアタッチメントとグレネードと弾薬のみだ。
「くっそ、これでどうしろってんだ。何かねぇのか? この際、モザンビークでもいい」
テルミットを握りしめ、うろうろする俺の近くで発砲音が聞こえた。
リスポーン狩りのおでましだ。
「弱いものいじめはいけないって、学校で教わらなかったか?」
「とりあえず味方のとこまで逃げろ。ULTを使うんだ」
「ウルトって何だ?……どのボタン?」
「L1R1だ、デコイエスケープを出せ、はやく」
オクタビオはじれったそうに前のめりになって、義足をじたばたしている。
「ダメだ、まだリキャストが終わってねぇ。やめろ、撃たないでくれ」
苦し紛れのグレネードを明後日の方向に投げつけ、逃げ回る俺のところに、クリプトとバンガが駆けつける。
『いぶしてあげる』
味方と敵とスモークと爆撃が入り乱れて、もう何が何だか分からねぇ。
しかも、騒ぎを聞きつけた漁夫まで沸いてきやがって、勘弁してくれ。
見つかって脱出を繰り返すバンガロール、自分の実行したEMPを食らうクリプト、そして意味もなく走り回っている俺とデコイ…。
「これ、配信してたらもっと最高だったのに、惜しいことしたぜ!」
オクタビオが笑いながら悔しがると同時に、俺は誰にやられたのかも分からないままダウンした。
ゲームとはいえ、自分が這いつくばっている姿を見ると、情けない気分になるぜ。
結局、俺は一発も銃を撃つことなく、そのまま部隊は全滅した。
「あー面白かった。笑い死ぬかと思ったぜ。だが、お前は全く戦力にならねぇことが分かった。仕方ねぇ、助っ人を呼ぼう」
オクタビオはポケットから端末を取り出して、メールを打ち始めた。
「だから言ったじゃねぇか。俺は下手だぞって……誰にメールしてるのかな? オクティ?」
肩越しに端末を覗き込む。
「クリプトだ」
予想もしなかった名前を聞いて、俺は心中穏やかじゃなかった。
クリプト? あの坊や?
「あいつ、ゲームなんかやるのか?」
「クリプトは俺よりずっと上手いし、ガチだぜ? PCでやってる方が多いみたいだけどな。シューター系のゲームで、キルレ5を割ったことがねぇってくらいの化け物さ。たまに一緒にボイチャしてやってる」
「な……っ、イチャイチャしてやってるだと? お前……」
「ボイスチャットの事だよ。いっぺん、耳の医者に行って来い。お、返事が来たぜ。あいつ、自分の声聞いてショックを受けなきゃいいけどな。JAJAJA 」
いつの間に、そんなに仲良くなったんだ?
あいつのこと、ハゲとか何とか言ってたくせに。俺は知らねぇぞ。
「クソ、クリーピーめ。俺のオクタビオにちょっかい出したら許さねぇからな」
「聞こえてるぞ」
クリプトの声がした。例のボイスチャットが繋がっていたらしい。
「出さないから安心しろよ。あと、クリーピーって呼ぶな、おっさん」
「ふん、俺は知ってるぞ。お前が俺より年上だって事をな。ちょうどいい、俺が新しいあだ名を付けてやろう。そうだな……棒読みハッカー野郎、ってのはどうだ?」
「意味が分からないな」
「ボーちゃんって呼んでやってもいいぜ?」
「何だと?」
「おい、揉めるのはよせ。俺から見れば、どっちもおっさんだ」
オクタビオの言葉に、俺たちはむぅ、と押し黙った。
「俺はちょっとトイレに行ってくるから、仲直りしとけよ、アミーゴ」
オクタビオが部屋を出たのを見計らって、俺は小声でクリプトに話しかけた。
「お前、本当に何でもないんだろうな?」
クリプトが呆れたように答える。
「あんたがオクタンにベタ惚れなのは分かった。けど、そんな誰も彼もが、あいつのことを好きになるわけないだろう? 買いかぶりすぎだ。大体、俺は男には興味がない」
「そんなの分からねぇぞ。俺だってそうだったんだからな」
「……知らねぇよ。もう、くそ面倒くさい奴だな。いいことを教えてやろう。俺とゲームしてるときも、オクタンはあんたの話ばっかりしてるぞ。こっちが恥ずかしくなるくらいにな」
クリプトの意外な言葉を聞いた俺は、思わず上ずった声を出していた。
「ま……、マジか?」
「ああ。おかけで俺は、知りたくもないあんたのプライベートに詳しくなった。ちなみに、お気に入りのシャンプーは、Monarchのしっとりタイプだ。これで満足か?」
「マジか」
俺は心の中で、自分を型どった金色に輝くトロフィーを掲げ、満面の笑みを浮かべた。
「待たせたな!……お前ら、なに話してたんだ?」
カシャカシャと義足を鳴らして、 オクタビオがトイレから戻ってきた。
「ん? 内緒。とっても楽しい話だ。なぁ? クリプト?」
「ふっ……」
クリプトはマイクの向こうで、鼻で笑ったようだった。
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