ひみつのはなし

最初はただのバカだと思ってた。
誰の話かって?
オクタンことオクタビオ・シルバの話さ。
いいか?これから話すことは、このミラージュ様とお前だけの秘密だ。
誰にも言っちゃダメだぜ?
あと、笑うんじゃねぇぞ。絶対な。
俺だって混乱してんだ。
だからお前に話してるってわけさ。
お前も知ってる話があるかもしれねぇが、そこは聞き流してくれよな。
ああ、別に気のきいた事とかは言ってくれなくていい。
ただ聞いててくれ。

オクタンは、俺の少し後からエイペックスゲームに参加してきた新入りだった。
いつも変なマスクとゴーグルで顔を隠してるし、キッチリ被ったパイロットキャップのせいで髪型すら知らねぇが、ライフラインの幼なじみってことはまだ若いんだろう。
こいつの両足は膝から下が義足になっている。
聞くところによると、ガントレットのタイムアタックで、記録を伸ばすためにグレネードで吹っ飛んだのはいいが、ついでに自分の脚まで吹っ飛んじまったらしい。
自分の体の一部を無くすなんてことは相当なダメージのはずだが、こいつはそんな悲壮感やら苦悩とは無縁のようにいつも陽気で騒がしかった。
自分の脚をグレネードで吹っ飛ばし、それを自慢気に語ってさえいるんだからな。
単に何も考えてないのかもしれない。
戦場に腹丸出しの装備で来ることからして、それが伺えるってもんさ。
ああ、確かにライフラインもヘソ出しだが、彼女は衛生兵だし女の子だし可愛いから何も問題ない。
俺はすべての女性には寛容だが、野郎には厳しいんだ。
何故かって言うとだな、俺は自分が大好きだからだ。
俺だって出来るなら、この鍛え上げた肉体をアウトランズ中に見せびらかしてやりてぇが、TPOをわきまえて我慢してるんだぞ。
まぁ、俺の裸なんか見た日にゃモニターの前で気絶するファンが続出するだろうけどな。
ちょっと言い過ぎたか?
途中で話が逸れちまう癖ってのは、このミラージュ様にとって数少ない欠点のうちのひとつだ。
まぁ、多目に見てくれ。完璧な人間なんてつまらねぇだろ?
それはともかくだ、そのオクタンっていうヘソ出しの新入りが、興奮剤とやらを打ちまくってやることと言えば、走り回るか飛び回るか撃ちまくるかのどれかしかねぇ。
デアデビルってキャッチコピーそのままに、敵も味方も振り回すとんだ迷惑野郎だぜ。
だが、何度か同じ部隊になって一緒に戦ううちに、少しずつその考えも変わっていった。
意外と味方の動きを見ていること、闇雲に突撃してるわけじゃないこと、そして何よりムードメーカーとして盛り上げるのが上手いということに気付いたからだ。
それを意識してやってるのかは謎だが、あいつはネガティブなことを言わないしやらない。
俺の好きなタイプの人間だ。
人懐っこくて妙に愛嬌があるからなのか、あいつが皆に馴染んで可愛がられるようになるのに時間はかからなかった。
ファンたちも同じだ。
派手な見た目と戦闘スタイルも相まって、オクタンはすぐに人気レジェンドになった。
俺にはちょっと及ばないけどな。
「よう、ミラージュ。調子はどうだ?」
会うと決まってそう言ってくる声は、ちょっとハスキーで独特な響きがある。
同じ部隊になると気分が上がった。
俺はだんだん、こいつの素顔が見てみたいと思うようになった。
そしてそれが叶ったときから、俺の中で何かがおかしくなり始めたのさ。
いや、なり始めたってのは正しくねぇ。
もやもやしてたものが急に形になって現れた、とでも言えばいいのか。
その日、俺はオクタンとライフラインと一緒の部隊だった。
最終円までもつれたゲームは乱戦の末、惜しくもチャンピオンを逃したんだが、優勝チームの祝砲が鳴り響く中、オクタンが突然ぶっ倒れた。
「おいっ! どうした?」
俺は慌てて奴を抱き起こし、マスクの上から頬を叩いた。
オクタンは気を失っているようだった。
「オクタビオ!」
ライフラインが駆け寄り、躊躇なくマスクとゴーグルを剥ぎ取る。
そこには、思ったより普通なオクタンの素顔があった。
勝手に想像していた顔面タトゥーも鼻ピアスもない、きれいな顔だ。
「多分、薬の使いすぎね。荒れた試合だとたまにこうなるのよ」
「大丈夫なのか?」
「うん、回復入れて安静にしてればじきに目を覚ますわ」
ライフラインが衛生兵らしく、てきぱきとヒールドローンを繋ぎ、片目をこじ開けてライトで照らしたりバイタルを計ったりしている間、俺はずっとオクタンの顔を見ていた。
「意外とかわいい顔してんだな」
「そーお?こいつの顔なんか見飽きてて、今さらなんとも思わないけど……あんたは初めて見たの?」
「ああ。もっとこうワイルドつぅか、肉食系な感じだと思ってたぜ」
ライフラインは改めて幼なじみの顔を見て、軽いため息をついた。
「黙ってればそこそこなんだけどね。いいとこの坊っちゃんなんだしさ」
「こいつが?」
ゲームの内外を問わず、頭のネジが飛んじまったような言動を繰り返すオクタンからは想像できなかった。
驚いている俺に、ライフラインが慌てたように言う。
「ごめん、今のは忘れて?オクタビオは自分ん家のことに触れられるの嫌がるから」
「ふーん……」
相槌をうちながら、俺は何気なくオクタンの頭に貼り付いているキャップを引っ張った。
脱いだ方が楽かなと思ったからだ。
「こんな帽子被ってるとそのうちハゲちまうぜ、はは」
キャップの端からきれいな金色の髪が顔を覗かせる。
俺はなぜか、いけないことをしてしまったような気分になり、ライフラインの方をちらっと見たが、彼女は気にする様子もなくボックスの中から保冷剤を取り出して、オクタンの額に乗せていた。
いつの間にか勝者の記念撮影も終わり、引き揚げる奴らが俺たちの側を通りすぎていく。
「オクタンは大丈夫?」
レイスが声をかけてきた。
「あら、この子の顔初めて見たわ。……意外とかわいいのね」
オクタンの顔を覗きこんだレイスは、俺と全く同じ感想を述べた。
俺とライフラインは顔を見合わせてくすりと笑う。
不思議そうな顔で俺たちを見たレイスだったが、オクタンを運ぶのが大変だろうと言ってポータルを引いてくれた。
「便利だなぁ、レイスのポータル」
一瞬でドロップシップまで到着したあと、ライフラインが感心したように声を出す。
オクタンを背負ってポータルを通ってきた俺は、実を言うとこれが苦手だった。
吸い込まれる瞬間に、心臓とタマがひゅんとするからだ。
あの感覚がどうにも気持ち悪い。
レイスはふふふ、と笑い
「じゃあ、私はこれで。お大事にね」
と、おもむろに虚空に去っていった。
「それで、こいつはどうする?救護室に運ぶか?」
俺はライフラインに向かって言ったんだが、返事は背中から聞こえてきた。
「よう、その必要はないぜ。でも歩くのだりぃから、このまま俺んちまでおんぶしてってくれ」
顔だけ振り向くと、いつの間にか目を覚ましたオクタンがニヤニヤしていた。
「頼むぜ、ミラージュ」
切れ長の涼し気な目が、顔のすぐ近くにある。虹彩は興奮剤と同じ緑色をしていた。
「頼むぜ、じゃないわよ。はやく降りなさいよ、起きたんなら歩けるでしょ?」
ライフラインが持っていた愛用のショックスティックで、オクタンのケツを叩いた。
「痛ってぇ! 何すんだよ、アジャイ。それがナースのすることかぁ?」
「あたしは患者には優しいわよ。あんたは病人でも怪我人でもないでしょ?ミラージュにお礼も言わないで……」
まるで、母親か姉のように小言を言うライフラインがおかしくて、思わず笑ってしまった。
「まぁ、いいさ。とりあえずロッカーまで運んでやるよ」
「グラシアス、アミーゴ。ミラージュは優しいな、どっかの誰かと違って」
オクタンはそう言って、俺の首っ玉にぎゅっとかじりついた。
オクタンの体は細くてとても軽いので、背負って歩くのも苦じゃない。
両足の膝下がないのだから当然だが、腕で抱えている義足の部分は、超軽量金属でできているらしかった。
「イラッとするわぁ……」
ライフラインが呟いたが、それが本気でないことは明らかだった。
オクタンにはどこか憎めないところがある。
面倒見のいい彼女が、憎まれ口をききながらも世話を焼いてしまう気持ちが、なんとなく分かった。
「じゃあ、あたしは帰るわね。オクタビオもはやく帰って寝なさいよ。寄り道なんかすんじゃないわよ」
女性用ロッカールームの前で、ライフラインはオクタンに釘を指した。
「分かったよ。ありがとな、アジャイ」
俺におぶさったまま、オクタンは素直に礼を言った。ライフラインがニッコリとして頷く。
「ミラージュも、ありがとう。ゆっくり休んで」
「ああ、気にすんな。今度は優勝して、一緒に祝杯でもあげようぜ」
「いいわね、楽しみにしてるわ」
ライフラインと別れて男性用ロッカーに着くと、オクタンは自分で俺の背中から飛び降りた。カシャンという義足の音と同時に体がよろめく。
「おっと」
ふらついた体をとっさに支えたが、あまり力が入っていないように思えて心配になった。
「大丈夫か?ふらふらしてるぜ?」
「へーきへーき、慣れてっから」
オクタンは頭を振りながら答えた。
心なしか血の気が薄いような気がする。
「とりあえずシャワーしてさっぱりしてくるわ。あ、待ってなくていいからな。あんたも帰り支度が終わったら帰っていいぞ」
そう言われても、具合の悪そうな奴を置いて帰るのも薄情だ。
俺は持っていたゴーグルやマスクを返しながら、家まで送ってやるよ、と言った。
「俺は車だし、お前が寄り道しないようにな」
オクタンは目をパチパチさせて俺を見たあと、嬉しそうな笑顔を見せた。
「いいのか?やっさしいな、ミラージュ」
「おう、仲間のためなら当然さ。いや、マジであんまり顔色が良くないぞ。途中でまた、ぶっ倒れたら困る」
俺たちはシャワーで戦いの汚れを落とし、ドロップシップが着陸すると、一緒にパーキングに向かった。
オクタンはパーカーにハーフパンツというラフな私服に着替えていて、マスクの類いは着けていなかった。
短い金髪は洗いざらしで、あちこちに飛び跳ねてはいるが、今のところハゲの兆候は見られない。
こうして見ると、本当にどこにでもいそうな若者に見える。
膝から下の、金属で出来た両脚を除けば。
「顔隠さなくていいのか?」
「俺があのカッコをすんのは、オクタンのときだけさ」
オクタンはそう言ったが、俺にはオクタンとオクタビオに違いはないように思えた。
オクタンというキャラクターを演じているという意味かとも思ったが、態度も言葉使いも何一つ変わらない。
「イマイチよく分からねぇが…今はオクタンじゃなくてオクタビオなのか」
「そうそう」
「何が違うんだ?」
「ヒーローは変身するもんだろ?どっちも中身は俺だけど」
分かるような分からないような話をしながら、オクタンを気遣って歩く。
「そんなにゆっくり歩かなくても、俺は大丈夫だぜ?」
オクタンが少し低い所から俺の顔を見上げて、懐っこく笑った。
かわいいな、と、ごく自然に思った。
どう見ても立派な成人男子であるこいつにそんなことを思うのは変だが、思っちまったんだからしょうがねぇ。
きっとこれは、子供とか愛玩動物に対して思うのと同じような気持ちだ。
そうだ、レイスだってこの子かわいいわね、って言ってただろ?
ちょっと捏造したけどな。
「これがあんたの車?自分で運転すんの?」
俺の愛車の前で、オクタンが興味津々な様子で聞いてくる。
自動運転が主流の今、自分でハンドルを握る奴は少ないからだ。
おかげでライセンスを取るのにも、アホみてぇに手間がかかったぜ。
「そうさ。ほんとは美女しか乗せねぇんだけどな、特別だぞ?」
「ははっ、そりゃ嬉しいぜ。なぁ、ついでに俺に運転させてくれよ?」
「へぇ、意外だな。ライセンス持ってんのか」
「んなもんねぇけど……何とかなるだろ」
「アホか、早く乗れ。助手席にな」
ちぇっ、と呟いてオクタンは助手席に収まった。
旧世代のシステムを珍しげに眺める横顔に、俺はまた目が離せなくなる。
「よっしゃ! 俺んちまでぶっ飛ばしてくれ、ミラージュ」
スピード狂らしいオクタンのセリフに、俺はハッとしてエンジンをかけた。
俺はどこに行っちまうんだろう。
不安を感じないでもなかったが、今は楽しそうなこいつに付き合うのもいいか。
アクセルを踏む前に、俺はコンバーチブルの幌を下げた。
オクタンがめいっぱい風を感じられるように。

「あっ、何か言うところ?」
俺がしばし黙っていると、隣にいたパスファインダーがすっ頓狂な声を出した。
「いや……」
俺は温くなったビールを一口飲んだ。
「今の話を総合的に分析すると、つまり君はオクタンのことを好きになっちゃったってことでOK?」
「げほっ……」
思わず俺は咳き込んだ。
「OK? じゃねぇよ。それを言っちまうのか? 俺がこう、ぼかしにぼかして誤魔化そうとしてた事をよ……そんな簡単に」
「だって、何度分析しても同じ結論しか出てこないんだ。当たってるでしょ?僕、カウンセラーになれるかな?」
パスファインダーは胸のモニターにハートマークを映し出してピカピカさせている。
「くっ……その通りさ。単純で悪かったな」
「僕には君がどうして悩んでいるのか分からないよ、ミラージュ。誰かを好きになるって、素敵なことだと思うよ」
パスファインダーが無邪気に言ってのける。
「頑張って。ミラージュは優しくてカッコいいから、きっと上手くいくさ」
「……ありがとよ」
何をどう頑張ればいいのか教えてくれるのがカウンセラーじゃねぇのかよ、と思ったが、オクタンに対する気持ちを持て余していた俺にとっては、パスファインダーのように複雑な感情を持たない奴の方が気が楽だ。
もともと何か言ってほしくて話したわけじゃねぇしな。
単純な励ましが、なんとなく心強く思えた。
「さってと……帰るか。付き合わせちまって悪かったな、パス。話したら少しすっきりしたぜ」
「役に立てて嬉しいよ。安心して、誰にも言わないよ。僕たちだけの秘密の話だ。ワクワクするね」
胸のモニターがニッコリしている。
秘密の話か。
悪いな、パス。
実は、その話にはまだ続きがあるんだ。
それはまた、いつか話すぜ。

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