ヘイルストーム


俺たち三人は、フラグメント・イーストの倒壊したビルで無事に合流することができた。
途中、俺たちと同じく悪天候から避難してくる他チームの面々を見かけたが、皆戦闘どころではなく、中には血を流している奴もいる。平気で動き回れるのはパスとレヴナントくらいだろう。
「天気予報が外れるなんて生まれて始めてだよ」
ヴァルキリーが頭を振って、盛大に水滴を飛ばしながら顔をしかめた。
「そうか? 俺は一度だけあったな。ガキの頃だ。今は亡きサンダードームで……」
俺の大事な前髪が焦げちまった話の途中だったが、濡れた服の表面から、急激に体温が奪われていくのを感じて身震いする。
俺の隣でしゃがんでいたオクタビオを見れば、俯いたままぶるぶると震えていた。エピセンターでキンキンに冷やされたところにこの雨風と雹だ。無理もない。
「大丈夫か? オクタン」
ヴァルキリーが肩に手を添えて顔色を伺う。
「さ、さ、さみぃ……」
噛み合わない歯をカチカチと鳴らし、オクタビオは傷だらけの自分の腕をさすった。
「その格好じゃあね。頭隠してヘソ隠さずとはよく言ったもんだ。待ってな、そこらで毛布かなんかないか探してきてやるよ。風邪をひいたら大変だ」
「待て、あんただってずぶ濡れじゃねぇか。それに、一人で動いてもし敵にでも会ったら……」
「これじゃ多分ゲームにならないだろ。大丈夫、私のスーツは防水、防火性だ。あんたはオクタンをあっためててやりなよ。すぐに戻るからさ」
雹は止んだが、まだ雨風の強いビル群に向かい、ヴァルキリーは軽快なジェット音とともに飛び出していった。どこまでも男前なやつだ。いや、もしかして気を利かせてくれたのか?
残された俺は、うずくまるオクタビオを見下ろして、どうしたものかと顎髭に手をやった。
「……まず、その背中に背負ってるもんを捨てろ。できれば上も脱げ。ああ、下はそのままでいいぜ。放送事故になると困るからな」
「……なんで……」
「暖めろと言われたら、古今東西、遭難した男女がやることはひとつだろ? この場合男と男ではあるが……まぁ、細かいことは考えるな」
わざと冗談めかして言い、頑なに装備を外さないオクタビオを後ろから抱きかかえる。
「よけい冷てぇだろ、離れろよ」
「嫌だ、俺も寒いんだ」
さすがに裸にはなれないのでジャケットの前を広げ、水を吸った手袋も投げ捨ててオクタビオの背中に張り付いた。
「何もしない……誓って、ただこうしてるだけだ」
埃と雨の匂いと、懐かしいオクタビオの匂いが鼻を掠めて、思わず目を閉じる。
丸い筋肉に覆われた肩と細い腰まわり……俺の腕にすっぽりと収まる抱き心地のいい肢体は、嫌でも過ぎ去った日々の情事を思い起こさせた。
「少しはあったけぇか?」
震えながら頷くオクタビオを脚の間に挟み、体ぜんぶで包んでむき出しの腕をさすってやる。
奴の体はどこもかしこも冷たくなっていて、少しさすったくらいでは暖まりそうもなかった。雹に打たれた肩や腕は痛々しく赤い痣になり、所々血が滲んでいる。
俺はできるだけ雨粒と雹を避けながら移動してきたが、こいつはそんな事思いもせずに、一目散に走って来たに違いない。人の痛みには敏感なくせに、自分の痛みにはとことん無頓着なんだな。
そのうち警戒心が解けたのか、オクタビオはタクティカルベストと一緒に袖の破れたジャケットを脱ぎ捨てた。お互いの薄いインナー越しに、背中と胸をくっ付けてさらに密着する。
俺の体も冷えきっていたが、オクタビオと触れ合った部分だけが、ほんのりと体温と安心を感じさせてくれた。ついでに中に手を入れて素肌に触れたくなるが我慢だ。今はこうしてるだけでいい。
「……もう一度礼を言わせてくれ。さっきは助けてくれてありがとう……オクタビオ。心から感謝するぜ」
「なんだよ、改まって……。チームメイトだろ? 当然のことをしたまでさ。それに、誰だろうが、目の前で死なれたら寝覚めが悪いからな」
口の悪さは相変わらずだ。思わず笑いを漏らした俺とは反対に、オクタビオは真剣だった。
「いつまでもこんな事してる場合じゃないぜ。雹も止んだし、そろそろ他の部隊の奴らも動き出すはずだ」
「離れたくねぇ……もう少しこのまま……」
俺は駄々をこねる子供のようにオクタビオを抱きしめた。俯いたオクタビオは、羽交い締めしている俺の腕に手を掛けて縮こまっている。
お互いの体温がまた少し上がった気がした。
そのうち膝に乗せた左手のリングに気付いたのか、オクタビオが振り向いて俺の顔を見つめる。
「……これ、まだしてるのかよ」
「思い入れがあるからな。簡単には外せねぇんだ」
「悪いな、俺はもう捨てちまった」
「そっか、……それは残念だな」
「あっ、信じてねぇだろ! 本当だぜ?」
オクタビオは慌てて自分のグローブを外してみせようとしたが、水気でピッタリと貼り付いたグローブは、なかなか上手く外れない。
ムキになって焦れている姿が可愛くて、俺はつい、半身になったままのオクタビオを正面から抱き寄せた。あいつの動きがぴたりと止まる。
今マスクを取って顔を近づけたらキスできそうな距離で、俺たちはもどかしく見つめ合った。
外れないはずの天気予報が外れたのは、何かの暗示なのかもしれない。そんなことを思いたくなるくらい、俺らの距離は近かった。
「オク……」
「ドローンの音だ、エリオット!」
オクタビオが猫のように体勢を変えて立て膝を着き、床に置いてあった銃に手を伸ばした。クリプトのドローンのスキャニング音と同時にEMPが炸裂し、バタバタと足音が近付いてくる。
「敵! ここにいる!」
無粋なバンガロールの声が崩れたビルの中に響き渡り、さらに彼女の背後からローバがスコープを覗いていた。完全に無防備だった俺たちは、トリガーを引く間もなく撃ち抜かれダウンした。
クソ……今、いいとこだったのに……。ゲームの事よりもそれが先に立って、思わず恨み言が口をついて出る。
「おいおい……こんな天気の中で元気に動いてるのはあんたらくらいだぜ。暗黙の休戦協定はどこに行っちまったんだ?」
「そうだぜ、ずるいぞアミーガ」
「そんなもの私は知らないわ。実戦では、雹が降ろうが槍が降ろうが、敵は待ってくれない。ゲームが続いている以上、油断したそっちが悪いのよ」
「ごもっとも……」
「お楽しみのところごめんなさいね、ベイビー」
妖艶な笑みに見送られ、俺とオクタビオは為す術もなく2つのキルを献上した。

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