ヘイルストーム


「二度目はねぇと思え」
あんなに必死になって俺を助けてくれたというのに、相変わらずオクタビオの態度は素っ気なかった。
だが、俺の顔には自然と笑みが浮かぶ。
「なに笑ってんだよ」
「いや……ありがとな、オクタビオ」
ふいと目を逸らして、オクタビオは逃げるように走って行った。
リスポーンされた俺の体には、まだあいつのぬくもりが残っていた。かすかな硝煙と汗の匂いを思い出して、体の奥が疼く。
「あんたらほんとに別れたの?すごい迫力だったよ、オクタン……。ほとんど一人で敵を片付けちまった」
ヴァルキリーがリスポーンビーコンに寄りかかって、呆気にとられたようにオクタビオの後ろ姿を見ている。
「白状すると、俺はそうは思いたくねぇんだ。あいつがどうか知らねぇが……」
「絶望的ってほどでもないんじゃない?」
「やっぱそうだよなぁ?」
ヴァルキリーはクスリと笑い、「やれやれ」と言い残してエピセンターの方へ飛んでいった。
俄然やる気の湧いてきた俺は、もう一度デコイとのリンクを入念に確認した。
もうあんな失敗はこりごりだ。オクタビオにも無茶をさせちまった。
『ほーれみろ、俺のありがたみが分かっただろ? 俺はお前だ、エリオット。お前がお前である限り、俺たちは離れられないんだぜ?』
現れたデコイが早速俺に説教をくらわせる。まったくうるせぇ奴だな、俺は。
「内なる声に耳を傾けろ、ってか? お前は時々、俺に見たくないものを見せ、聞きたくないことを聞かせる、いけ好かない奴だ。だが俺はオクタビオと同じくらい自分を愛してるからな。……お前の事だって、いつかは愛せるさ」
『だといいけどな。俺はいつだってお前の事を愛してるぜ、ちっちゃなエリィ。それが母さんの願いだ』
俺はお喋りなデコイを先に走らせ、失った装備をかき集めながら仲間の元へ向かった。
エピセンター近くでヴァルキリーから無線が入る。
「こっちに敵はいないようだ。けどなんだか雲行きが怪しいね」
確かに西の方から俺らを追い越して、鉛色の積乱雲が頭上を覆い始めていた。今日の天気予報は終日晴れだったはずだが……。
「痛ってぇ !なんか降ってきたぞ!」
オクタビオが頭を抑えながら空を見上げた。
急激に冷え込み暗くなった上空から、雹混じりの激しい雨が降り注ぎ、バラバラと地面を叩いている。おまけにすげぇ風だ。ゴーグルがなかったら目を開けていることすら難しい突然の嵐は、瞬く間にワールズエッジを飲み込んでいった。
「嘘だろ? 気象予報システムが狂ったのか?」
「うひょー! こりゃたまんねぇぜ!」
「ヴァルキリー、大丈夫か?」
「ああ、なんとかね。こんな事なら父さんのヘルメットを持ってくるんだった」
足元の雪がたちまちぬかるんで泥と混ざり合い、足元を掬う。俺たちは慌ててタワーの中に避難したが、あいにくそこは次のリングの外だった。
「外に出るのは気が進まねぇが、行くしかないか」
「あんたのその背中のやつでパパっと飛んでこうぜ!な、アミーガ!」
「無茶言うなよ。まぁ強引に飛べないこともないけど、目的地に着く前に体中穴だらけになるかもね」
「そりゃ勘弁だな。俺はついさっき、頭に穴が開いたばっかなんだ。もう少しここで様子を見ようぜ。もしかしたら、運営から中止か中断のアナウンスがあるかもしれねぇ」
だが、俺の希望的観測は、希望的観測のまま終わった。
マッド・マギーの妨害ですらエンターテイメントに変えちまう運営の事だ、このアクシデントも開幕戦を盛り上げる格好の材料だとでも思ってるんだろう。ったく、付き合わされるこっちの身にもなれってんだ。
数メートル先すら霞ませる、嵐のような雨風と雹は一向に衰えを見せず、なす術なくタワーの中で時間だけが過ぎてゆく。
「こうやっててもリングに呑まれるだけだ、俺は行くぜ! じっとしてると寒くてかなわねぇ!」
業を煮やしたオクタビオが、数回の足踏みの後、勢いにまかせて外に飛び出した。
「あっ、おい待て!」
慌てて追いかけて腕を掴まえる。石つぶてのような雹が容赦なく全身に打ち付けて、俺は露出の多い装備のオクタビオを思わず胸に抱いて庇っていた。
「離せ! 平気だ」
俺の腕を振り切ったあいつは、すかさずジャンプパッドを展開し、すぐに姿が見えなくなった。
こうして立っているだけでもむき出しの部分に当たる氷の粒が痛ぇってのに、ジャンプパッドでぶっ飛んだ挙げ句、全速力で走っていくなんて無鉄砲もいいとこだ。
「こりゃ後を追うしかなさそうだね。もうすぐリングも来るし」
タワーから出てきたヴァルキリーが肩をすくめた。彼女にとっては、記念すべきレジェンドとしての最初のゲームだってのに、この展開はねえよなと、俺はさすがに彼女に同情した。まぁ、その一因は俺にもあるわけなんだが……。
「とんだデビュー戦になっちまったな」
「退屈するよかいいさ」
ヴァルキリーは事もなげに微笑んだ。
インカムからは、雑音混じりのオクタビオの声が聞こえてくる。
「俺はもうフラグメントに着くぜ!お前らも早く来い」
俺とヴァルキリーはやれやれと顔を見合わせ、オクタビオを追って嵐の中へと走り出した。

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