ヘイルストーム


開幕ゲームの朝だというのに、相変わらず俺の寝覚めはすこぶる悪かった。
オクタビオと別れてからというもの、目を覚ますたびに受け入れたくない現実を突き付けられて憂鬱な気分になる。
ベッドにもソファーにもダイニングテーブルにも、あいつの姿はない。キッチンで朝食の用意をしている俺にまとわりついてくる、陽気で人懐こい声も聞こえない。
それがこんなに寂しいことだとは思わなかった。
いつまでこんな朝が続くんだ?
俺はカーテンと窓を開け、すでに生ぬるく暖められた空気をリビングに招き入れた。
今朝も嫌になるくらいの快晴だ。
ソラスの太陽は相変わらずやる気満々で、まだ半分閉じたままの俺のまぶたに、ジリジリと焼け付くような熱視線を浴びせてくる。
完璧な気象予報システムが確立された現代では、空を見て天気を憂うという事もない。今日も開幕戦にふさわしく、終日晴れの予報だった。
といっても、ゲームの行われるワールズエッジは、晴れの日でも靄がかかったようにどんよりしてるんだけどな。ハーベスターのせいで地殻変動が起きてから、かつての青空はどこかへ行っちまって、いつでも夕暮れみたいな雰囲気だ。
本来ならオリンパスで開催されるはずだったゲームが、急遽ワールズエッジに変更されたのはつい昨日の事だった。
何でも、蔓の生えた戦艦が突如オリンパスに不時着したとかいう話だが、驚くより正直呆れちまうぜ。シーズン2からこっち、トラブルのないシーズンなんてあったか?
着替えもせずグダグダしているうちに、時計を見ると九時を過ぎていた。急がねぇとシップに乗り遅れちまう。
俺はシャワーも浴びず、髭を剃るのすら面倒くさく思えて、適当な服に着替えただけで家を出た。
いつも鏡の前で、身だしなみのチェックに一時間はかけていたこの俺がだぜ?信じられるか?
だが俺は今、アウトランズ中の人間からの称賛より、たった一人からの憎まれ口を欲している。
「いつまで鏡とにらめっこしてんだ、エリオット。そのうちスイセンの花になっちまうぜ」
義足のヘルメスは、俺を神話になぞらえて鏡越しにいたずらっぽく笑いかけた。
家を出る前には、お互いの両手を握って必ずキスを交わしたっけな。緑色の瞳の奥に闘志を秘めたオクタビオが、優しい響きで唇に乗せる「Buena suerte」は“幸運を”と言うスペイン語だ。
普段より少しだけ静かで厳かな、開幕の朝の儀式が俺は好きだった。
何をしても何を見ても、思い出すのはあいつの事ばかり……。今まで誰と別れようが、こんなに引きずったことはなかったってのに、この俺にもついにヤキが回ったのか?
愛車のハンドルを握るのも億劫になり、運転をAIに任せた俺は、チューブに入ったゼリー状の栄養食品を咥えながら、窓の外に流れていく景色をぼんやりと眺めていた。乾いた風が黄色い砂塵を巻き上げて、目の前を通り過ぎていく。
岩と砂だらけの荒野は、隣にオクタビオのいないドライブをいっそう味気ないものに感じさせた。

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