Beetlebum

《オクタビオ》

まずいことになったと俺は思った。
今とても腹が減ってるってのに、家には何も食うもんがねぇ。冷蔵庫には、水とバターとビールが数本あるだけだ。
さりとて外に出るのも面倒くせぇし、どうしたもんか……。
とりあえず空きっ腹にビールを流し込み、ベッドにどさりと倒れ込む。
俺は長い同棲生活でエリオットに餌付けされちまったせいで、貧弱な食生活に耐えられねぇ体になっていた。
端末を手に取り、デリバリーサービスのメニューを開くが、どれもこれも食い飽きたぜ。
考えた末、俺はアジャイに助けを求めた。
だが、アジャイは一言目にふざけんなと怒鳴り、早口で捲し立てた。
「あのね、寂しいからってあたしに頼るのはやめな。ていうか、あたしはあんたの便利屋じゃないんだよ。自業自得でしょ? ミラージュは一人で耐えてんのよ? あんたも一人で泣いてなさい」
「俺がいつ泣いたって?……あいつの話はすんなよ、思い出すだろ」
「思いっきり引きずってんじゃん」
「うるせえな、お一人様同士仲良くしようぜ。なんなら付き合うか? 俺と? それじゃなかったら、誰かテキトーに紹介してくれてもいい。来る者拒まず、俺様は今フリーだぜ、JAJAJA」
「はぁ? ふざけんな。酔っ払ってんの? あんたみたいなバカは、飢え死にでも何でもしてな!」
アジャイはブツリと通信を切った。
ちぇっ、なんだよ。昔は優しくて面倒見のいいエルマナだったのによ……。
仕方なく俺はありったけのビールをベッドの上に並べて、次々に空にしていった。
引きずってる……か。
確かに俺は引きずってるのかもしれねぇ。
一人になると、考えるのはエリオットのことばかりだ。
あいつ泣いてたな。
たぶん、あの時俺が望めばファックバディにだってなれたし、何事もなかったように元に戻って暮らすことだってできた。今頃は旨い飯を食って、ソファーでダラダラして、その後はどっちかが誘ってベッドの中だ。
まだ覚えてる。
あいつの舌も指もアレも……俺の体の中に入ったまま容易に消えてはくれない。
お前も思い出すか?
俺は毎晩思い出してるぜ。
たしか、興奮しすぎると寿命が縮むんだっけ?
だとしたら、俺はもう明日には死んでるかもしれねぇな。間抜けなツラしてチンポを握りしめてよ……。
……はぁ、まったく笑えねぇ冗談だぜ。
熱を帯びる体を持て余し、俺は皺だらけのシーツの上をごろごろと転がった。
エリオットと二人で潜るベッドはいつも暖かかったから、シーツが冷たいって事なんか忘れてた。
お前がお喋りだったから、ひとりの部屋がこんなにも静かだって事も。
淀んだ空気を追い出そうにもここには窓がない。
俺はどうやって息をしてたっけ?
俺はこんなに弱っちい人間だったか?
アジャイの言うとおり、自業自得じゃねぇか。
俺が別れようって言った以上、泣き言は許されねぇんだ。
あれで良かったんだよ。
もうあいつは俺に気を揉むこともねぇし、どっかで気のいい嫁さんでもつかまえてさ。お前が夢見てた郊外の家で犬でも馬でも何でも飼えばいい。
ただし……、選ぶなら俺の知らない奴にしてくれ。
空になったビールの小瓶と、外した義足をベッドの下に放り投げて、俺はエリオットの代わりに枕を抱いた。
脚が痛ぇよ、エリオット……。
お前がいねぇと夜が長くて困るぜ。
もっかい……お前を抱きしめて、キスしたい。

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