シュガークッキー


休み明けのソラスシティの空も、相変わらず爽やかに晴れ渡っていた。
この前いつ雨が降ったか忘れてしまうほど降水量の少ないこの地域は、APEXゲームにはうってつけの場所だ。
今日も様々な思いを胸に、レジェンド達が集って来る。

エアポートの駐車場からミラージュと連れ立って歩いてきたオクタンは、キングスキャニオン行きのシップの前で、D.O.Cに腰掛けて誰かを待っているライフラインを見付けて立ち止まった。
少し遅れて彼女に気付いたミラージュは「俺は先に行ってるぜ」とオクタンに声を掛け、景気付けに尻を一つ叩くと、ライフラインに軽く挨拶してからそのままシップに乗り込んだ。
ドローンの上から、ライフラインがオクタンに向かって手を降っている。
やはり彼女の待ち人は彼のようだ。
家からしてきた試合用のゴーグルとマスクを外し、素顔になったオクタンは、ライフラインの前でカシャリと義足を止めた。
「よう、アジャイ」
「……あんた、髭剃っちゃったのね」
「思うところあってな」
「結構似合ってたのに」
オクタンが微妙な顔つきで自分の顎の辺りを撫でると、ライフラインはくすっと笑ってドローンから降りた。
「話がしたくて、待ってたの」
「ああ、俺もだ」
「きっと同じ話ね」
「たぶんな」
二人は顔を見合わせて、いたずらっ子のように笑った。子供の頃、悪巧みを思い付いて実行に移すときも、きっとこんな感じだった。
「じゃあ、別にいっか? 改めて話す必要もないでしょ?」
さばさばとしたライフラインの言葉に頷きかけたオクタンだったが、はっと思い直したように首を振り、姿勢を正した。
「いや、やっぱ良くねぇ。ちゃんと言わせてくれ。俺はお前に言われて思い出したぜ。宇宙は広いんだってことと……それから、俺はみんなの人気者だって事をな!」
「なにそれ」
「とにかく、俺はお前に感謝してるんだ。親同士はあんなだけどよ……これからも俺のエルマナでいてくれるか? アジャイ」
「もちろんよ」
ライフラインは力強く頷いた。
「これからあたし達の運命がどう変わっていくのかは分からないけど、あんたが選ぶ道をあたしは尊重するわ。そして、あたしも自分が信じてる道を行くだけよ。いつでもあんたの幸運を祈ってるわ、オクタビオ」
「……何だか別れの言葉みてぇだな」
眉を曇らせたオクタンに、ライフラインは発破をかけるように語気を強めた。
「違うわよ、これは始まりよ。あたしもあんたも、今までよりもっと大きなものと戦わなきゃならなくなる、そんな気がするの。ボサッとなんかしてられないわよ!」
「Vale, gracias!」
とたんに顔を輝かせたオクタンが、勢い良くライフラインをハグした。
こんなのは子供のとき以来だ。
自分をすっぽりと覆う肩幅に、ライフラインは頼りなかった幼なじみがいつの間にか逞しい大人の男になっていた事を実感する。
それでも彼女にとってオクタンは、いつまでも愛すべきエルマノであるに違いない。


「これ、あんたとミラージュに」
ライフラインはそう言って、ハートの模様の包装紙でラッピングされた小さな包みをふたつオクタンに差し出した。
ライフラインが肩から下げているかご型のかばんの中には、同じような包みがいくつも入っていた。
「シュガークッキーよ。あたしのお手製、昔よく食べたでしょ?」
「懐かしいな! アジャイのクッキーは最高に旨かったぜ。秘密のレシピだとかなんとか言ってたよな」
「そうよ。久しぶりに作ったから、ちょっと自信ないけど……。これからみんなにも配るんだ」
オクタンはすでに包み紙を剥がし、中に入っていたチョコチップ入りのクッキーをボリボリと噛み砕いていた。
「ちょっとぉ、ミラージュと一緒に食べないの? あんたってば、ホント……」
「うん、うまいぞ。アジャイの味がする」
ライフラインはオクタンの顔を見て眉尻を下げ、少し困ったように笑った。
彼女のかばんの中からは、一つだけリボンの付いた大きな袋が顔を覗かせていて、それに気付いたオクタンがひょいと摘まみ上げて首を傾げた。
「何だよ、このでっけぇの。俺のじゃねぇのか?」
「これは……」
無遠慮に伸ばされたオクタンの手をぺしっと叩き、ライフラインはバッグを自分の胸に引き寄せた。
「あんたのじゃない事は確かよ。……それじゃあね!オクタビオ!」
心なしか頬を染めて走っていったライフラインの背中を、オクタンはクッキーを齧りながら見送った。
「へんな奴」
「誰が変だって?」
シップに乗り込んだと同時に、後ろからそっと抱きついてきたのは、そこでオクタンを待っていたミラージュだった。
「仲直りは済んだか?」
「ああ」
オクタンはにっこりと笑い、ライフラインからの戦利品を掲げて見せた。
「アジャイからクッキーを貰ったぜ。気のせいか、あいつなんだか浮かれてたな」
「へぇ、可愛いラッピングだな。やっぱライフラインも女の子なんだな」
「アジャイのクッキーはすごく旨いんだぜ? これはお前のぶんだ」
ミラージュは差し出された可愛らしい包みを受け取り、首を傾げた。
「お前のは?」
「俺はもう食っちまった」
「マジかよ? こういうのは一緒に食うもんじゃねぇのか? お前ってホント……」
呆れ顔のミラージュに向かって、オクタンは持ち上げた唇の端からチラリと舌を覗かせた。
「ちょっと味見する?」
ミラージュとオクタンが、甘いシュガークッキー味のキスをしている向こうから、上機嫌で鼻歌を歌いながらヒューズがやって来た。
「おう! やってるな、若者たち!」
そう冷やかしたヒューズが手にしていたのは、オクタンにも見覚えのある、大きなリボンの付いたハート柄の紙袋だった。

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