シュガークッキー


「なぁ、ちょっとでいいからそのランチャーを使わせてくれよ!」
出撃前のドロップシップ内では、個人用ブースの中でロケットランチャーの手入れをしているヒューズの回りに、オクタンがやかましくまとわりついていた。
それは最近よく見られる光景だ。
フリンジワールドと呼ばれる、アウトランズ中で最もアンダーグラウンドな地域の、最も荒くれた惑星サルボからやって来たウォルター・ヒューズ・フィッツロイは、機械仕掛けの右腕と、鋭くも人間味に溢れた隻眼を持つ壮年の男だった。
オクタンは同じ義足、義手仲間で、しかも爆発物のスペシャリストである彼に興味津々のようで、暇があれば側にくっついて傭兵時代の武勇伝を聞いていた。
今日もその凶悪なサーマイトを噴出させる旧式のランチャーを、羨望の眼差しで見つめている。
その向かい側のブースには、オクタンとヒューズの声を聞きながらぼんやりとコーヒー豆を挽いているミラージュの姿があった。
時折視界に入ってくるオクタンは、平気でヒューズと肩を組んだり頭を撫でられたりして満更でもなさそうだ。
端から見ても、それは仲の良い親子のようで微笑ましい光景だった。
決して気にならないわけではないが、オクタンが父と息子の疑似体験を楽しんでいるのならば、邪魔するのは野暮というものだ。
ミラージュは沸き上がる嫉妬心を抑え、無心でコーヒーミルのハンドルを回した。
もうひとつ、ミラージュはどうもヒューズという人間が苦手だった。
彼はオクタンだけでなく、ミラージュにも度々ちょっかいを掛けてきては、それを楽しんでいるふしがある。
度胸試しだと言って、いきなりナイフでフィンガーフィレットをけしかけられた日には、肝が冷えるどころか玉がきゅっと縮み上がった。
それに、ヒューズとゲームで戦うようになってから、ミラージュは久しく見ていなかった夢を見るようになった。
原因は分かっている。
あの忌々しいグレネードだ。
あのスキルだけは好きになれない。
敵でも味方でも、永遠に好きになれそうもなかった。
グレネードで顔に傷を負ったミラージュは、ヒューズのナックルクラスターが苦手なのだ。
顔にこそ出さなかったものの、頭上に花火のようなグレネードが飛んで来ると一瞬怯んでしまう事がある。
しかもそれだけではなく、ヒューズを相手にする時には、いつもよりグレネードに晒される機会が多いのも嫌だった。
それがゲーム内でダメージを受けるだけのものだったとしても、体に染み付いた嫌なイメージはなかなか消えるものではない。
体の一部を失ったというのに、まるでグレネードを楽しい玩具のように思っているオクタンやヒューズが理解できなかった。
今でもたまに夢に見る、ゾッとするような感覚。だが、それはグレネードによる傷の痛みとは別の痛みだった。
あのとき、血まみれのミラージュを見て、彼の母親はこう言ったのだ。
「あなた、私の息子を見なかった?」


「あの二人が気になるのか?」
無意識に自分の頬を触っていたミラージュは、クリプトに声を掛けられてはっと我に返った。
隣を見れば、ポケットに手を突っ込んだクリプトが、大あくびをしながらネッシーの絵の入ったマグカップを差し出している。
「別に……。なんだ、これは?」
ミラージュはじろりとクリプトを見やった。
「徹夜明けで眠くて仕方ないんだ。俺にもよこせ」
「そんなんでゲームに出るのかよ? 余裕だな、クリプちゃんは」
「お前は余裕がなさそうだな?」
クリプトにからかわれてへそを曲げたミラージュは、自分のカップにだけ出来立てのコーヒーを注ぎ、これ見よがしに目を閉じて優雅に香りとコクを楽しんだ。
「余裕さ、決まってるだろ? 俺は違いが分かる男だぜ?」
「はぁ?」
クリプトがミラージュの意味不明な話に首を捻っていると、紙袋をちぎったようなヒューズのがさつな笑い声があたりに響き渡った。
「ガハハハ! まったくすばしっこい奴だな、お前は! こら、待ちやがれ!」
思わず向かいのブースを覗いて見れば、ヒューズがそのぶっとい腕にオクタンの頭を挟み、拳で脳天をグリグリしている。
痛ぇよ! と暴れつつ、嬉しそうなオクタンの様子に、ミラージュは持っていた自分のイラスト入りのマグカップをぶるぶると震わせた。
「俺が黙ってれば調子に乗りやがって、あの野郎……」
その様子を見たクリプトは、自分の余計な一言が原因で刃傷沙汰にでもなったらたまったものではないと、頭に血が登った様子のミラージュをなだめにかかった。
「おい、ウィット冷静になれ」
「お、俺はいつでも冷静さ。別に何とも思っちゃいねぇ。なんたって包容力には定評のある男だからな。ほらよ、お前にもコーヒーを恵んでやるぜ。遠慮せずに飲みやがれ」
カップから溢れんばかりのコーヒーをクリプトに押し付けて、ミラージュはオクタンとじゃれあっているヒューズの目の前にずかずかと歩いて行った。
「おっと、お前の保護者様が迎えに来たぜ。オクティ」
ヒューズはオクタンを抱えたまま、ミラージュに向かってニヤリと笑いかけた。
ミラージュはあからさまに不機嫌な表情でヒューズの腕を押し退け、挟まっていたオクタンを引っ張り出した。
そして奪い返したオクタンのマスクを顎まで引き下ろし、そのまま乱暴に唇を押し付ける。
「むぐ……ぐ?」
予期せぬミラージュの行動に、オクタンはゴーグルの下で目を白黒させ、反射的に厚い胸板に腕を突っ張った。
だが、ミラージュは怯むことなく、ヒューズに向かって所有権を誇示するかのようにディープな舌使いを披露して見せる。
ヒューズが目を丸くして、ヒュウ! と口笛を鳴らした。
唇を塞がれ、舌を絡め取られてうまく息ができなくなったオクタンは、苦しそうに体をくねらせてミラージュの腕から脱出を図った。
唾液で濡れた口元を乱暴に拭うと、
「なにすんだよ、アホ!」
息も絶え絶えにそう言い放ち、マスクを素早く定位置に戻すと脱兎のごとく走り去る。
残されたミラージュは満足気に上唇をぺろりと舐め、ヒューズに勝ち誇ったような目を向けた。
「はいはい、分かった分かった、分かりましたよーだ。心配するな。俺はあんなガキに手は出さねぇよ」
「ふん、あんたが思うほどあいつはガキじゃねぇぞ」
「そりゃ、お前もガキだからだよ、エリオット。俺からすりゃ、どっちもどっこいどっこいだぜ。心配ならヒモでも付けて捕まえとくんだな。あの小僧には少々警戒心ってもんが足りねぇ」
ヒューズは豪快に笑って、再びランチャーを磨き始めた。ミラージュの子供っぽい対抗意識など、まるで相手にしていないといった様子だ。
ミラージュが不満げにきびすを返し、自分のブースに逆戻りすると、一部始終を見ていたクリプトが呆れたように彼を出迎えた。
「一体どこが冷静なんだ?」
「……お前をおっさんって呼ぶのはやめだ、クリプちゃん。どうやら俺らはガキらしいぜ? なら、いっそのこと、今日のゲームは童心に帰って砂遊びでもするか」
「一緒にするなよ。俺はあんな風に感情に任せて行動したりしない」
「はぁ……、オクタビオを怒らせちまったかな……。なークリプちゃん?」
「知らねぇよ……、人の話を聞け」

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