Message from Evelyn


ソファー騒動から数日後、母さんから俺にメッセージが届いた。
きっと誕生日に送ったマリーゴールドの花束を受け取ったんだろう。
俺は冷蔵庫を物色していたオクタビオを手招きして、ソファーに呼び寄せた。
「俺も聞いていいのか?」
「ああ、もちろんさ。一緒に聞こうぜ」
ビールの小瓶を手にしたオクタビオが、嬉しそうにソファーに飛び乗ってくる。
広いスペースにはまだ慣れないが、やっぱり座り心地は最高だ。
端末を開くと、メッセージは声だけのようだった。
たまにこうやって送られてくるメッセージは、施設のスタッフが録音してくれているものだ。母さんはもう、メールも電話も一人ではすることができない。
「おい、ミラージュ、俺だ!」
いきなりブリスクの口真似をして「騙されたな!」と笑う母さんに、オクタビオと顔を見合せる。
「あは、似てねぇ~」
「母さんはこういうのが好きなんだ。さすが俺の母親だぜ。ユーモアのセンスは抜群さ」
「若干スベってる気もするけどな。さすがお前のマムだぜ、JAJAJA 」
明るい声でマリーゴールドが届いたことを報告し、素敵な花だと褒めた母さんだったが、それが誰の誕生日に送られたものなのか分からないみたいだった。
オクタビオが気遣わしげに俺を見る。
そんな顔しなくても大丈夫さ、慣れてる。
口には出さず頷いて笑みを返すと、オクタビオの手がそっと、端末を握る俺の手に添えられた。


不安定な自分の状態に戸惑い、死への不安を感じている母さんは、ドロズおじさんとその友人のデイビスの存在に励まされている、と話を続けた。
彼らはかの有名な、空挺部隊6-4のメンバーだった人達だ。
詳しくは知らねぇが、母さんと知り合う前の俺の父親とも懇意にしてたらしい。
もしかしたらドロズが二人の仲を取り持って結婚したのかもな。
親父については、二人とも俺に話すのを避けてるみたいだった。なぜ彼がふらふらと放浪を繰返し、俺たち家族の元を去ったのか……いつか聞いてみようと思って、今までできずにいる。
母さんがそれを望まないのなら、そのままでもいいんだ。俺は十分幸せだった。
ドロズとデイビスはいいコンビで、二人の掛け合いはいつも俺たちを笑わせてくれた。
フロンティア戦争の終結後は、6-4時代の人脈と情報を駆使して、フロンティアのあちこちでハーベスターを使ったビジネスをやっている。
もちろんハモンドのとは別のやつだ。
自慢じゃねぇが、俺はゲイツの素顔も知ってるんだぜ? すげぇだろ?
エンジェルシティには彼らもいるし、バーカーもいる。……ただ、こう言っちゃなんだが、あの人は常に飲んだくれてて、あんまり頼りにならねぇけどな。昔はすげぇ人だったらしいが。
とにかく、彼らがいなかったら俺はきっと、母さんを置いてAPEXゲームに出ようなんて思いもしなかっただろう。
だからすごく感謝してるんだ。
母さんと二人して、出口のない迷路を彷徨ってた俺に、逃げ道をくれた事にな。


母さんのメッセージはとりとめなく、俺や兄弟達の話に移っていった。
「今、あの子が10歳くらいの頃の写真を見てるの。イーロン、リッキー……それから、ロジャーがいる。みんな可愛いわ。子供の成長はあっという間ね」
すでに彼女は、俺じゃない誰かに俺の事を話している。
母さんが過去と現在を混同しちまうのはありがちなことだ。昔の事は覚えていても、今の事はすぐに忘れてしまう。まだら記憶というらしい。
自分が自分でなくなっていくことに、母さんは気付いている。
いつか俺の事も、兄貴達の事も忘れてしまうんだろうか? なにもかもを……。
でも時々、その方がいいと考えたりもするんだ。何も分からなくなっちまえば、これ以上彼女が苦しむこともないんじゃないかと思えてきてな。
はは、罰当たりな息子だぜ、俺は。
せめて彼女にとって誇りに思える息子でありたい。
その為にゲームで勝って、俺と母さんのホログラム技術の素晴らしさを世界中に見せつけてやるんだ。トゥーマッチウィット、これ以上ないって程にな。


俺はいつの間にか辛気くせぇ顔になっちまってたみたいだ。オクタビオが無言で俺の背中を撫でている。
こういう時、何も言わずに側にいてくれる優しさはありがたい。肩を抱いて、こめかみに感謝のキスを贈った。
「時間ができたら電話してね。あなたならきっと立派になれるわ。心から愛してる。髪型はちょっと変だけどね……うふふ。二周年おめでとう」
母さんは長い話を茶目っ気たっぷりに締めくくった。
なに言ってんだか。俺の髪型はクールだろ? 昔からそこら辺の意見が合わねぇのは変わってないな。
少し安心して端末を閉じようとすると、新たに着信している短いメッセージに気付いた。
送信者はイヴリン・ウィットとなっている。
「なんか言い忘れたのか? また彼女の話じゃねぇだろうな?」
オクタビオがじと目で俺を見た。
「俺は女の話なんてしてないぜ? お前の事を勘違いしたか、レイスとかランパートとかその辺の事だろ? ゴシップ誌に書かれてたしな」
再生をタップすると、ガサゴソという音と「手間をかけてごめんなさいね。どうしても言わなきゃならない気がして」という、スタッフに向けた母さんの声が聞こえてきた。
どんな重大なメッセージなのかと、オクタビオと端末に耳を澄ませる。
「あの、何て言ったかしら?いつもエリオットが連れてくる、可愛らしいうさぎさんの名が思い出せないわ……。元気で、ぴょんぴょん跳ねていて……ああ、本当に私ったら……。エリオット、聞いてる? あの子によろしく言っておいてね。大事にするのよ?あの子はきっと、あなたを幸せに導いてくれるわ」

「はは」
オクタビオと俺は顔を見合せて笑い、ソファーの上で額をこつんとくっつけた。
「俺はナビか?」
「……愛してるぜ、俺のうさぎちゃん。一生大事にする。幸せにしてくれ」
抱きしめてキスをねだると、腕の中の金のうさぎは「任せとけ」と頼もしく頷き、俺の唇に大げさな音を立てた。
大切なものを忘れることはない。
たとえ名前を忘れてしまっても、何らかの形でそれは心の中に残り続ける。
来年も再来年もその先もずっと、俺は母さんにメッセージカードの付いたマリーゴールドの花束を送るだろう。
そのカードには変わらずこう書いてあるはずだ。

『あなたの息子エリオット・ウィットとその良き相棒オクタビオ・シルバより愛を込めて』

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