幸せの在処
そわそわと落ち着かない日々を一週間ほど過ごし、ついにあのソファーが俺の家に届く日がやって来た。
オクタビオに気付かれないように振る舞うのはちょっとばかり苦労したぜ。
なんせあいつは変なとこで勘が鋭いから、少しでもボロを出そうもんなら頬っぺたを舐められちまうからな。
今日はライフラインに頼み込んで奴を連れ出してもらった。勝負料理であるポークチョップの仕込みもバッチリ、美味しいワインも用意してある。
サプライズの根回しは完璧だ。
終始ご機嫌だった俺だが、配送業者のマーヴィン達がやって来て、今まで使っていたソファーを運び始めたときには、さすがに少し感傷的な気分になった。
こじんまりとした茶色のソファーは、オクタビオに出会う前の俺の事もよく知っている。
ひとりで飲む紅茶も、左右に余ったスペースも、静かなリビングの空気も、それが俺にとっては当たり前の事だった。
例えば指先だけでもいい。
常に体のどこかを触れ合う温もりの心地よさを知った今の俺には、きっと耐えられないだろう、寂しすぎて。
そういう意味では、俺は弱くなったのかもしれねぇ。だが、同時に強くなったとも言える。
……なぁんてな。
そんな哲学チックな事を考えちまうくらいには、俺はこの穴の空いたソファーに愛着があった。
「そのソファーはどうなるんだ? 捨てちまうのか?」
俺はマーヴィンに聞いた。
「いいえ。このソファーは恐らくリフォーム後にリサイクルショップで販売されることになるでしょう。廃棄する程悪い状態ではありませんから。購入されたお客様はまさかあのミラージュが使っていたソファーだなんて思いもしないでしょうね!」
「サインでもしとくか? きっと高く売れるぜ?」
ジョークを飛ばしながら、俺は安心すると同時になぜか少しだけ後悔した。
手放してしまうのが惜しいような、寂しいような……なにか心許ない気持ちになる。
俺の感傷的な気分におかまいなく、新旧のソファーは手際よく入れ替えされ「それじゃ! またの機会をお待ちしていますよ、ウィットさん!」という、気のいいマーヴィンの挨拶と共に、コンテナ車に乗せられて去っていった。
「さてと……」
俺は時計に目をやり、オクタビオが帰ってくる前に夕飯を作ろうとキッチンへと向かった。
新しいブルーグレーのソファーは、思った通りリビングの景色にも馴染んでとってもいい感じだ。
俺はいい買い物をした。