メヌエット


その夜、俺が家に帰ると、オクタビオはすでにベッドの中でふて寝していた。
そして朝になると、一晩経って冷静になったのか、「昨日は悪かったな」と素直に謝ってきた。
寛大な俺は、ママっ子野郎なんて言われた事も忘れて許してやることにしたのさ。
正直に言えば、ゆうべちゃんと帰ってきた事だけで、半分以上は許してたんだけどな。
「ホライゾンは怒ってたか?」
オクタビオが気まずそうに聞いてくる。
「さあな。気になるなら自分で聞けよ。俺に謝れるなら、彼女にだってできるだろ?」
俺がそっけなく答えると、奴は何がブツブツと独り言を言いながら頭を掻いて向こうに行っちまった。
その態度には俺も覚えがある。ガキの頃、母さんとケンカした次の日の俺と同じだ。
今日はオリンパスでゲームがある。
遠征用の特別機に乗り込んだオクタビオは、珍しくずっと自分の部屋に籠っていた。
あいつがホライゾンを避けているのは見え見えだったが、俺はあえて何も言わなかった。
結局、シップの中で二人が遭遇することのないまま、ゲーム開始のアナウンスが流れてくる。
何やら落ち着きなくそわそわしているのを見ると、ますます笑いそうになっちまう。
だってそれって、いたずらがばれて素直にママに謝れない子供そのものじゃねぇか。
チーム編成を映す大型モニターには、オクタビオとホライゾンの名前が並んでいた。
マスクとゴーグルの下で、あいつがどんな顔をしてたのか見れないのが残念だぜ。
とは言え、面白がってばかりもいられねぇ。
二人がギクシャクしてゲームに悪い影響を及ぼさなきゃいいが、と思いながら、俺はオリンパスのアリーナに降り立った。
あいつのもう一人のチームメイトは、レジェンド唯一の良心って言ってもいいジブラルタルだったから、うまいことやってくれることを祈って自分の戦いに集中するしかない。
俺の部隊はブラッドハウンドとガスのおじさんだ。
世の中の由無し事になど、まるで興味がないかのように我が道を突き進むこいつらにも、親や兄弟に思いを馳せることがあるんだろうか?
タービン付近は今日も満員御礼、あちこちでやり合う音が聞こえてくる。
嬉々としてガストラップの設置に精を出すコースティックと付かず離れず、ブラッドハウンドのスキャンにも助けられて何とか初動を乗りきった俺たちは、その後も順調に敵を撃破していった。
残りは2部隊。
オクタビオがキルされたというログはまだ見ていない。
共闘もいいが、敵として出会うオクタビオもまた最高に魅力的だ。チャンピオンを決める戦いなら尚いい。
他に誰が居ようが居るまいが、そこは俺たちだけの世界になる。
だが、残念ながら、今日はそうはいかないみたいだ。
俺がガーデンでオクタビオを見つけたとき、あいつはすでにダウンしていた。
ゴーグル越しに俺を睨み付ける目は、きっと怒りと悔しさでギラついているに違いねぇ。
あっちでブラッドハウンドとコースティックが、ジブラルタルとやり合っているのが見える。
ホライゾンはどこだ?
このままオクタビオを放っておくと蘇生される可能性があると思った俺は、目の前でうずくまる奴に止めを刺そうと、ウィングマンの銃口を向けた。
オクタビオが俯いてくっ、と息を殺す。
その時、俺の体に衝撃が走り、何発かの銃弾がヒットした。
「その子はやらせないよ!」
鋭い声と共に、ホライゾンが空中から追撃してくる。
素早く遮蔽に逃れた俺は、アルティメットを展開して彼女に応戦したが、さっきの銃撃で結構な体力を削られていた。
だが、幸いなことに、ホライゾンは俺のデコイを見破れるほどの戦闘経験をまだ積んではいなかった。本体を見失っている彼女を、ギリギリで地面に這わせる。
ホライゾンは歯を食い縛り、紫色のノックダウンシールドを展開して、俺とオクタビオの間に割って入った。
「悪あがきはよそうぜ、ソマーズ博士」
「やらせないって、言っただろ?」
ホライゾンの鬼気迫る表情に、俺は思わず怯んだ。
なぜだ?
どうせ、ジブラルタルがやられたらそれでおしまいなんだぞ?すでにダウンしてるこいつを守ってなんになるんだ……?
「ジブ! もうちょい辛抱するんだよ!!」
ホライゾンが無線に向かってジブラルタルに呼び掛ける。
俺は半ばやけくそになって、愚かにも真っ正面からありったけの銃弾を撃ち込んだ。
ホライゾンのシールドが砕け散った瞬間、彼女はオクタビオを庇うように残りの銃弾に身を晒し、そして力尽きた。
「たかが、ゲームだぜ……?」
俺は回復するのも忘れて、その場に立ち尽くしていた。
「残念だったな、エリオット」
笑いを含んだオクタビオの声に我に帰ると、倒れたホライゾンの向こうにゆらりと立ち上がるあいつの姿が見えた。
金シールドかよ……!
気付いたときにはもう遅く、俺はピースキーパーのヘッドショットで地面に打ち付けられていた。
「恩に着るぜ、マム……」
オクタビオは低く呟き、ダウンした俺に一言だけ残して走り去った。
「お前はそこで俺に見とれてな!」
不覚にも格好いいと思ってしまった自分に屈辱を覚えながら、俺は為す術もなく緑色の残像を見送った。

6/7ページ
スキ