メヌエット
週が明け、約束通りホライゾンがパラダイスラウンジにやって来ることになった。
店の準備を済ませ、留守番をしているというオクタビオを残して、シップの停まっている発着場へ彼女を迎えに急ぐ。
俺の自慢の愛車を見たホライゾンは、楽しげにヒューと唇を鳴らした。
「モーガンか、いいねぇ」
「レプリカだけどな。そういえばソマーズ博士、あんたにはスコットランド訛りがある」
「分かるかい?イングランドとはちょっとした因縁があるね。……まあ、あたしはフロンティアで生まれ育ったせいで特にこれといった感情はないから、安心しとくれ」
「そりゃ良かった。ちなみに俺は、スカートってやつを履いたことがねぇんだが、あのキルトの下はノーパンってのは本当か?」
「あはは、さすがにそれはないよ! なんかの拍子に捲れたりしたら、それこそ大変だからねぇ。あんたの言うとおり、大昔は何も履いてなかったらしいけどね」
「なるほど、解放感はあるかもしれねぇが、スースーして風邪を引きそうだ」
助手席でホライゾンは愉快そうに笑った。
この車にオクタビオ以外を乗せるのは久しぶりだ。
俺のハンドル捌きと軽快なトークは冴え渡り、今夜が楽しい夜になることを予感させた。
パラダイスラウンジに戻ると、オクタビオがすでにビールを2本ほど空にしていた。
「アジャイから連絡があったぜ。ジブとレイスと、あとはテキトーに連れて後から来るってさ」
「そうか。レイスとジブが来るんなら料理をうんと仕込んどかないとな。あいつら、無茶苦茶食うからなぁ」
ジブはまぁ分かるが、レイスの食いっぷりも凄まじいもんがある。胃袋まで虚空に繋がってるんじゃねぇかと思うくらいだ。
「こんばんは、オクタン。彼氏に迎えに来させて悪かったね」
ホライゾンが挨拶して、カウンターの隅にいるオクタビオの隣に腰を掛けた。
「いいんだよ」
「何だって二人してそんな隅っこにいるんだ? 今日は貸し切りにするから、真ん中に来いよ」
「だってここが俺の席だ。そう決まってんだ」
オクタビオはほんのり赤い顔で鼻息を荒くした。
また空きっ腹で一気飲みしやがったな、こいつ。自分で思ってるほど酒に強くねぇんだぞ……。
ホライゾンが微笑ましげにオクタビオを見て笑った。
「あたしもここでいいよ、エリオット。オクタンはよっぽどこの場所が気に入ってるみたいだ」
「まぁ、いいさ。好きにしてくれ。さて、何を召し上がります? ソマーズ博士。ウィスキーもビールも一通り揃ってますが?」
俺はバーテンダーの本領発揮とばかりに、かしこまって聞いた。
「そうだね、あたしもまずビールをいただこうかね? スコッチ・エールはあるかい?」
「なんだそれ? 俺も飲んでみてぇぞ」
俺たちはホライゾンゆかりのビールで乾杯し、オクタビオが「うん、まぁ、なんていうか……個性的な味だな」と微妙な顔をして呟いたのがおかしくて、三人で笑い出した。
和やかに時間は過ぎていく。
……そのはずだった。
だが、ホライゾンがオクタビオに家族の話をし始めた辺りから、どうも雲行きが怪しくなってきたんだ。
「オクタンのご両親は健在なのかい? 元気すぎる息子を持つと、心配事が絶えないからねぇ。あたしにもよく分かるよ。ニュートもそうだったからね」
ホライゾンにしてみれば、親の目線から自然と出た言葉だったんだろう。無理もねぇさ。オクタビオがどういう家庭で育ったかなんて、彼女は知らねぇんだからな。
「余計なお世話だぜ」
オクタビオはぐびぐびとビールをあおり、盛大なげっぷと一緒に乾いた笑い声をあげた。
「俺は家族とは縁を切ったんだ。生身の足と一緒に、綺麗さっぱりな。あいつらが心配しようがしまいが、俺の知ったことじゃねぇ、JAJAJA 」
「縁を切ったって……そりゃ穏やかじゃないね。何があったんだい、オクティ?」
ホライゾンは、オクタビオのふざけた物言いにも動じる様子を見せず問いかけた。
とたんにオクタビオの表情が険しくなる。
「何もねぇよ……。何もねぇから俺は家出したのさ。もうこの話は終わりだ。あんたのニュートと俺は違う。親子ごっこがしてぇんなら、エリオットとやってくれ」
「おい、その言い方はなんだ? 博士はお前のことを心配してんだぞ……」
「うるせえ、ママっ子野郎は黙ってな」
「なっ……なんだとぉ!?」
「ちょっと、あんたらがケンカしてどうするんだい?」
ホライゾンが慌てて仲裁に入る。
「あたしが悪かったんだよ。ちょっとばかり無遠慮すぎたんだ。あんたが嫌ならもう詮索はしないから、エリオットのために機嫌を直してくれないかい? オクティ?」
「……ちょっと風に当たってくる」
オクタビオはそう言って店の外に出ていった。
ゴーグルとマスクを持っていったから、今夜はもう戻って来ねぇかもな。
楽しい夜になるという俺の予感は、見事に外れたというわけだ。
「はぁ……、親子ごっこか。結構ずっしりきたね」
ホライゾンがカウンターに頬杖をついて、苦笑いを浮かべた。
「あたしの悪い癖だ」
「あまり気にしないでくれ。単純そうに見えて、あいつにも色々あるのさ……。それに、結構酔ってたみてぇだし、明日になりゃけろっと忘れてるだろ」
俺は浮かない顔のホライゾンの前に、新しいカクテルを差し出した。
「気分を変えて飲み直そうぜ? そのうちライフライン達も来るだろうし、せっかくの招待だ。楽しんでくれないと俺が困る」
「追いかけなくっていいのかい?」
「多分、もう外にはいない。それに、何があっても、あいつは最終的に俺のところに帰ってくることになってるのさ」
余裕だね、と笑って、ホライゾンはそのカクテルを口にした。
「これは何て言うカクテルだい?」
「今日初めて作った俺のオリジナルカクテルさ。名前はまだねぇんだが……そうだな、ニュートってのはどうだ?」
オレンジ色の優しい色合いに満たされたグラスを見つめ、ホライゾンは微笑んだ。
「いい名前だね。ママはこれがとっても気に入ったよ、ニュート」