メヌエット
「ホライゾンにママの代わりになってもらいてぇのか?」
オクタビオが俺の懐に潜り込んで、からかい半分に聞いてくる。
「それはちょっと違うな……。俺の母さんはひとりだけだし、代わりなんていねぇ。ただ、懐かしく感じるってだけさ。そしてその気持ちは、なんつぅか……そう、悪くない」
「俺にはよく分からねぇ感覚だな。母親って、そんなにいいもんか?正直、俺はたまに、人を子供扱いして世話を焼いてくるあの人がウザいときがあるぜ。朝ごはんはちゃんと食べてきたかい、オクティ? 医療キットは足りてるかい? そんなにはしゃぐと転ぶよ、オクティ……ってな」
そう言っておどけたオクタビオに、俺の胸はちくりと傷んだ。
そう言えば、こいつは母親を知らないんだったな。
「俺だって、ガキの頃は母さんに対してそう思うことはあったぜ。それが、母親ってもんさ」
「ふーん……、そういうもんか」
オクタビオの顔には、悲しみも寂しさも浮かんではいない。
本当に分からないんだ。
最初から何も持っていなければ寂しいと思うこともないと、ずっと前にオクタビオは言っていた。
それが俺を余計にやるせない気分にさせる。
親の愛情だけを頼りに生まれてくる子供が、それを始めから諦めなきゃならねぇなんて、そんなの残酷すぎるだろ。
心を痛める俺をよそに、オクタビオは素直に感心した様子で言った。
「分からねぇけど……、ホライゾンにしろイブリンにしろ、母親ってのはすげえよな。イブリンなんて、俺の事は忘れてもお前の事は絶対に忘れねぇんだからな…」
お前の母親だってきっと、と言いかけて、それがなんの意味もないことに気付く。
それを無邪気に信じるほど、こいつは子供でもなければ無垢でもない。
家族に対する感情を、どこかに忘れてきちまったオクタビオの居場所になりたいと、俺は改めて強く思った。
同じ所に留まってはいられないというこいつの性質からすれば、安住の地など必要ないのかもしれねぇが、それでもいい。
お前が走り疲れたとき、安心して義足を外せる唯一の場所でいたいのさ。
「お前には俺がいるだろ?」
「俺のママにしては、ちょっとゴツくて毛深いな」
オクタビオは俺の胸元を指でいたずらしながら、にやにやしている。
そのうち、首筋や顔のあたりにオクタビオの唇の気配を感じたが、腕の中の暖かい温もりを抱きしめたまま、俺はいつの間にか眠りに落ちていった。
「エリオット? ……勝手に語って勝手に寝るなよ……」