メヌエット


マリー・ソマーズは、確かに俺に母親を思い起こさせる。
きっかけは何だったか……彼女が俺の髪に付いた花びらを、何気なく摘まんで捨てた、ただそれだけだった。

『あらあら、エリオット……お鼻に花びらが付いてるわ』

ガキの頃、エンジェルシティの桜の木の下で見た母さんの笑顔がホライゾンのしぐさと重なって、俺は妙な動揺を覚えた。
それからというもの、彼女が熱心に何かをメモする姿だの、思考を巡らせて落ち着きなく歩き回っている姿を見るたび、一緒にホログラムの研究に明け暮れた母さんとの日々を思い出すんだ。
研究者としての母さんはストイックで、研究に没頭すると仕事場に泊まり込んで、何日も家に帰らねぇなんてこともあったから、ホライゾンから同じようなエピソードを聞いたときは「俺の母さんと同じだな」なんて、つい言っちまった。
彼女は母さんの名前を知っていたらしい。
「あんたの母上は、優秀なホログラムの研究者だったそうだね。イブリン・ウィットの研究成果や論文は、ここにも色々残っているよ。あんたは彼女の才能と技術を受け継いだってわけだ」
「……母さんに比べたら、俺なんかまだまだひよっこさ」
「おや、あんたらしくない謙遜だね。息子が自分の志を継いでくれるなんて、親としたらこんなに嬉しいことはないよ、エリオット。……あたしのニュートは、一体どんな人生を歩んだんだろうかねぇ……」
ホライゾンは手帳から一枚の古びた写真を取り出し、愛しげにそれを眺めた。
「取り残されたブラックホールの中で、ここに写ってるニュートが成長していくのを見るのは不思議な気分だった。大人になって、結婚して、子供ができて、あたしは知らない間にお婆ちゃんになってたのさ」
そこで彼女はくすりと笑った。
「そして、いつしか年老いて、最後は綺麗な花に埋もれて眠りについた。多分、幸せな人生だったんだろうさ。あたしが居なくても、立派に生きていってくれたことが嬉しかった。でもね……、写真だけじゃ、あの子が何を思っていたのかまでは分からない、よくやったねって、褒めてやることもできないじゃないか……」
俺は今にもホライゾンが泣き出すんじゃねぇか、ってハラハラしたが、そうはならなかった。
彼女はキッと顔を上げ、新たな研究材料を見つけたかのように目を輝かせた。
「だから、あたしは必ずニュートの元に帰るって決めたんだ。泣いてなんかいられないよ。それがあの子との約束だからね」
その話を聞いてから、俺の中にホライゾンへの敬意と、ある種の思慕のようなものが生まれた。
誓って言うが、恋愛感情じゃねぇぞ。
あの人は誰にでも、まるで自分の子供みたいに話し掛けるだろ?
何を見ても、誰と居ても、彼女が口にするのは息子の事ばかりだ。
行き場のない息子への愛情を、世界のすべてに向けてるんじゃねぇかって、そんな気がするのさ。
だから俺は彼女の中に母親を見て、彼女は俺の中にニュートを探す。
たとえそれが、無い物ねだりだと分かっててもな。

3/7ページ
スキ