メヌエット
「最近お前はホライゾンの話ばっかりだな」
風呂上がりにソファーで寛いでいると、隣でタブレットを抱えて俺に寄っ掛かり、終始無言だったオクタビオが口を開いた。
そう言えば、帰ってからずっとその話をしてた気がする。
主に今日の俺の活躍と、ホライゾンことマリー・ソマーズ博士の素晴らしさについてだ。
「今日はあの人と同じチームじゃなかっただろ?」
「そうだけど……。敵ながら、ただの科学者とは思えねぇ、天晴れな戦いっぷりだったからさ。ブラックホールで相手を引き寄せて、ありったけのフラグをちぎっては投げ、ちぎっては投げ……」
「くだらねぇ週刊誌の記事にも、たまには本当のことが書いてあるんだな」
急にそんな事を言って、オクタビオは皮肉っぽく笑った。
「俺の彼氏はずいぶんとマリー・ソマーズにお熱のようだ。意外とお似合いかもな。彼女と結婚すれば、すぐに父親になれるぜ?」
「おい」
俺は真顔になった。
なぜ突然、オクタビオがそんな事を言い出したのか分からない。
「冗談にも笑えるやつとそうじゃねぇやつがあるんだ、オクタビオ。俺がいつ父親になりてぇなんて言った?」
「そう怒んなよ。俺はお前が嬉しそうに語ってる間に考えたのさ。お前には普通の、幸せな家庭ってのが似合ってるんじゃねぇかってな。父親と母親がいて子供がいる。でっけえ犬もいるかもしれねぇ。俺とだとそうはなれないだろ?」
真剣に話を聞くとき、返事を待つとき、少しだけ首を傾けるのはこいつの癖だ。
そうやって俺を見つめてくる目は、自分の言った言葉に傷ついているかのように、頼りなく揺らめいて答えを待っている。
俺に何て言って欲しいんだ?
俺を試してるのか?
そんなことしても無駄だって、まだ分からねぇのか、お前は。
「……勝手に決めるな」
俺はオクタビオのほっぺたをつねってお仕置きしたあと、物欲しそうなあいつの唇にキスして抱きしめた。
「二度と言うなよ、そんなこと。第一、真剣に息子を思ってる彼女に対する侮辱だ」
「……Lo siento」
俺の胸に額をくっ付け、しおらしく謝ったオクタビオの手からタブレットが滑り落ちて、開かれたページには『恋多きゴシップボーイ、ミラージュの本命は果たしてレイスかランパートか!? ダークホースのママさんレジェンド、ホライゾンも参戦!?』とかいう、センスのない見出しが踊っていた。
はーん、これを見たのか。
「なになに……? みんな、ごきげんよう! 今日もチコ・ソーテルが、APEXゲームの最新ゴシップをお届けします……」
「そんなの見なくていいって」
オクタビオは俺からタブレットを引ったくり、「俺はもう寝るぜ」と、スタスタと寝室へ向かって行った。
普段は自信満々で俺に愛されてるくせに、たまにつまんねぇことで焼きもちを焼くオクタビオは、はっきり言って宇宙一かわいい。
それにしても、あんな事を言われるとは思ってもみなかったぜ。
あいつから「普通の家庭」なんて言葉を聞くとはな。
確かにそれを望んだこともあったが、今はオクタビオとの生活に満足してるし、これ以上の幸せがあるとは思えねぇ。
そもそも普通なんて、ただ数が多いってだけだろ?
俺にとってオクタビオを愛することは普通のことなんだ。特別なことじゃない。
なんなら、この使えねぇチコなんとかいう記者の代わりに、俺の直筆の手記を寄せてやってもいいくらいさ。
タイトルは『宇宙一イケメンな俺と宇宙一キュートなオクタビオ・シルバが恋に落ちて付き合うことになったんですがこれって普通!?』
これで決まりだ。今の流行りもバッチリ押さえてある。きっとバカ売れ間違いなしだぜ。
寝室のベッドには、義足を外したオクタビオが丸くなっていた。
てことは、今日は“なし”か。
オクタビオは、義足なしでセックスするのを好まない。
だから、奴が義足を外したってことは、このままおやすみっていう暗黙の了解だ。
俺は少しがっかりして、あいつの隣に潜り込んだ。
体温の高いオクタビオのお陰で、ベッドの中はすでに心地よく暖かい。
背中を向けているあいつを後ろから包んで、うなじにそっとキスをする。
青かった髪も、二度目のオリンパス遠征に行く頃には色が抜けてすっかり元に戻っていた。
「あんな記事、気にすんなよ。あることないこと書くのがあいつらのお仕事さ。もしあれが本当なら、俺は今頃、生きてここにはいねぇだろう。まず、ブラックホールに吸い込まれたとこを、シーラで蜂の巣にされるだろ?そのあと鉄拳を食らってポータルにぶちこまれて……あとは、なんだ?」
「興奮剤をケツに刺したあと、ジャンプパッドで宇宙に放出だな、JAJAJA 」
オクタビオはそう言って笑いながら、ようやくこっちを向いた。
「俺がホライゾンの事をどう思ってるか聞きたい?」
「……お前が話したきゃ話せばいい」
まったく素直じゃねぇな。
でも、そういうとこも好きさ。