ウィット家の人々


ここに父親はいない。
俺の父親は優秀なパイロットだったが、放浪癖があって、俺が母さんの腹の中にいるときにふらりと出掛けたまま、ついに帰ってこなかったそうだ。
だが、母さんは親父と過ごした日々を後悔していないと言った。
あの人は探し物を見つけに行ったの、と。
母さんは兄弟の中で俺が一番親父に似ていると言ってたから、きっとイケメンで絶倫だったんだろう。
いつか居なくなると分かってる男と、四人も子供を作っちまうくらいには。
俺は冗談めかしたが、オクタビオは笑わなかった。
「恨んでねぇのか?」
「親父の話をする母さんは幸せそうだったからな。親父が何を探してたのか、母さんがああなっちまった今では分かりようもねぇが……まあ、大事なもんだったんだろ」
オクタビオは俺の手を握って、少し悔しそうにきゅっと唇を噛み締めた。
「そんなの知らなかったぜ、俺は」
「初めて話したからな」
「ずるいんだよ、お前は。自分にはなにもありませんってツラして、俺のことばっか構って」
オクタビオの言うことは分かる。
俺は、何でも俺に話せとこいつに言っときながら、自分については母親のこと以外、あまり話してこなかった。
隠してたわけじゃない。
そんなに大したことじゃねぇと思ってたんだ。俺の過去なんて。
俺は、黙っちまったオクタビオの頭をポンポンと叩いて、陽気に言った。
「機嫌直せよ。な? 今からこのエリオット・ウィット様の、華麗なる栄光の歴史ってもんを聞かせてやるからよ」


俺は、体の無いままここに埋葬された、三人の兄弟たちに思いを馳せた。
父親を知らず、甘ったれで泣き虫だった俺を慰めてくれたのは、仕事で忙しい母さんがくれたデコイと、兄貴たちだけだったな。
6才年上の長男と5才上の双子の次男、そんで末っ子の俺、ウィット家の四兄弟と言やあ、近所でも評判の仲の良さだったんだぜ?
今じゃ信じられねぇほど内気だった俺は、一人で外に出るのがこわくて、いつも兄貴たちにべったりくっついてた。
そんな俺を疎ましく思うでもなく、あいつらは代わる代わる面倒を見てくれたんだ。
外ではからっきしでも、家での俺はちょっとしたスターだった。
俺がおどけて歌ったり喋ったりするだけで、みんなが笑う。
注目される快感に目覚めた俺は、そこからエンターテイナーへの道をまっしぐらに進み、ハイスクールに通う頃には、すっかり内弁慶も鳴りを潜めていた。
快適に生きるのなんか、簡単じゃねぇか。
マジにならなくたって、ちょっと気の効いたことを喋ってニッコリ笑ってりゃ、大抵の人間は俺に騙される。
パイロットになると言って、母親の反対を押し切り、次々と軍に志願していった兄貴たちを横目に、俺は唯一興味を持ったホログラムの研究をしながら、大学でもそれなりに楽しい日々を送っていた。
優秀なホロ技術者で、師匠でもある母親は「エリオットには才能がある」と喜び、協力を惜しまなかった。
フロンティア戦争ももうすぐ終わる。
あいつらもそのうち帰ってくるだろうと呑気に考えてた俺は、ある日突然、三人が行方不明になったとの知らせを受けた。
運良く生き残った奴の話では、兄貴たちの部隊はパイロットとタイタンに蹂躙されてほぼ壊滅状態だったそうだ。
そりゃ、そうだろ。
パイロットとタイタン相手に、ライフルマンができることなんかないに等しい。
遺体や遺品が確認できなかったから「消息不明」ってだけで、俺は兄貴たちは死んだものと思っていた。
だが、母さんは違った。
彼女はそれを認めようとせず、時々思い付いたようにあいつらの分の食事を作ったり、夜遅くまで帰りを待ちわびたりするようになった。
俺は母さんが頑固なだけだと思ってたが、思えばその頃から、彼女の中で何かが壊れちまってたんだろうな。
自分を置いていった親父の姿が、あいつらに重なったのかもしれねぇ。
そのたびに俺は、もっともらしい事を言って、彼女を納得させ、笑わせなきゃならなかった。
一年以上経ってから、まわりの人からそろそろ葬儀をしてはどうかと勧められて、俺もその方がいいと思っていた。
兄貴たちが生きてる可能性は限りなくゼロに近く、いつまでも宙ぶらりんのままいたって辛いだけだ。
だが母さんは、死んだかどうかも分からないのにと言って、首を縦に振らなかった。
仕方なく、俺は母さんと一緒に、兄貴たちの遺体とか遺品とか、とにかくあいつらが死んだっていう証拠を探すために、彼らが消息を断ったという小惑星に向かった。
本気で何か見つかるなんて思っちゃいなかったさ。あくまでも母さんを納得させるためだ。
慰霊の意味もある。
だが、そこで俺たちを待っていたのは、忘れられかけた戦争がまだ続いているという現実だった。
ミリシアもIMCも撤退し、無法地帯になっていたその場所で、俺たちは残党狩りの戦闘に巻き込まれた。
母さんから譲り受けたホログラム技術のおかげでなんとか生き延びはしたが、グレネードの爆風で飛び散った破片は俺の顔に消えない傷を残した。
ひどい話だろ? 戦争ってのはひどいもんだ。
さっきまで生きてた人間が、一瞬でバラバラの肉塊になっちまうんだからな。
それを目の当たりにして、さすがに母さんも諦めたのか、俺たちが帰ってから間もなく兄貴たちの葬儀が行われた。
もう涙なんか出なかった。
やっと終わったんだ、っていう気持ちの方が強かった。
優しかったあいつらが、なんで志願して戦争なんかに行ったのか、何を思って戦っていたのか……俺には分からねぇ。
分かるのはあいつらが死んじまって、もういないって事だけだ。
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