ウィット家の人々
面会を終えて市内に戻ってくると、俺たちは街の中心にある大きな公園でひと休みすることにした。
建ち並ぶビルの壁面には俺たちレジェンドのバナーがぶら下がり、巨大な電光掲示板には次のシーズンの概要を紹介するPVが繰り返し流れている。
APEXゲームは、今やアウトランズのみならずフロンティア中の関心の的だ。
「寒くねぇか?」
俺は薄着でベンチに座っているオクタビオに、暖かい飲み物を手渡した。
さすがに下はハーフパンツとはいかず、くたびれたヴィンテージのジーンズを履いているが、上はいつものパーカー姿で、こいつの偏愛ぶりにもいささか呆れる。上着を持っていけってさんざん言ったのに、エンジェルシティの寒さを舐めてるだろ。
年中初夏みたいなソラスと違い、四季のあるエンジェルシティはそろそろ冬を迎えようとしていた。
ひんやりと乾いた空気と、かすかに聞こえる波の音が、故郷に帰って来たことを実感させる。
「雪が見れるかな?」
「さすがにまだそんな時期じゃねぇな。てか、雪なんかエピセンターに降りりゃ、いつでも見れんだろ?」
「空から降ってくるのが見てぇんだよ。情緒ってもんを知らねぇな、エリオットは」
こいつの憎まれ口はいつものことで、愛情の裏返しだと思ってる俺は、今やこの程度じゃ眉毛を動かす気にもならねぇ。
いっそ心地いいくらいだ。
思えば去年のこれくらいの時期に、俺たちは付き合い始めたんだっけな。
ひとりでエンジェルシティに里帰りしていた俺に、オクタビオがメッセージを送ってきたのがきっかけだった。
告白らしいものもなかったが、初めてキスしたその瞬間から俺たちは恋人同士になり、俺の買ってきた土産のTシャツは、オクタビオの寝間着になった。
あれからもう一年が経つ。
色々あったが、こうして隣に居れることが何よりも嬉しいぜ。
ひとつ大人になったオクタビオは、それでも永遠に埋まらない俺との六年の差を嘆いていた。
「俺は急いで大人になるから、お前はゆっくり年取れよな」
オクタビオはそう言ったが、経済的に俺がこいつを養ってるってわけでもねぇし、子供扱いしてるつもりもない。
それどころか最近は、オクタビオがどんどん男としての魅力を増してきてるような気がして、俺もうかうかしてらんねぇなと思ってさえいる。
どこがどう、って言われると特に変わったところはねぇんだが、ふとした時に見せる表情や佇まいに、ドキッとするような色気を感じて俺は戸惑うんだ。
恋人が魅力的になって困る、なんてのは贅沢なことかもしれねぇが、俺は男として本能的に危機感を覚えている。
誰かにとられるとかじゃなく、もっと切実な問題だ。
オクタビオは真顔で言う。
「俺だって成人してからずいぶんたつし、子供ってわけじゃねぇけどよ。でもやっぱ、お前といると貰ってばっかりな気がするんだ。何をって……色々さ。俺はまだ、自分のことしか見えてねぇ。でも、大人になったら、自然とそういう風になれんのかなって、側にいるだけでお前を幸せで満たすような存在に」
いきなりの口説き文句に俺の頭は沸騰し、か細く震える声で
「今のままでじゅうぶんさ」
と言うのが精一杯だった。
時々こいつは、ナチュラルに俺への愛をぶちまけてくるから困る。
「不意打ちはなしだぜ、オクタビオ。急にそんなこと言われたら、俺は……えーと、俺は……言葉が出ねぇ…」
「いつも俺に恥ずかしげもなく、愛してるだのなんだの言うくせに。たまには俺にも言わせろよ」
オクタビオは余裕の笑みを浮かべて、俺に流し目を送ってくる。
ああ、まずい。その顔はずるい。
この流れはあれだ。
「今夜はエリの可愛い顔が見てぇな」