Take Me Out
密室での生活は、不自由な体も相まって、徐々にオクタンを疲弊させていった。
あれ以来、テレビも取り上げられてしまい、ライフラインや他のレジェンドたちと連絡を取る手段もなかったので、ミラージュがどこで何をしているのか全く分からない。
世界から切り離されてしまったかのような感覚は、本来、人懐こくて寂しがりやのオクタンにとっては耐え難いものだ。
有り余る時間にまかせて、ミラージュと出会った頃から今までのことを思い出してみれば、いつだって愛情に満ちた目で自分を見つめ、ストレートに愛を伝えてくる彼の姿ばかりが目に浮かぶ。
それはオクタンに自信と勇気を与えたが、同時にミラージュの不在を強く思い知らされることにもなった。
心も体もミラージュを求めて止まない。
オクタンは苦労して窓際に椅子を運び、強化ガラスでできた窓の向こうに広がるプサマテの夜景を見渡した。
両足があった頃もよくこうやって、渇望と共にまばゆい光の海を眺めていた。
「会いてぇよ……、エリオット」
ロミオとジュリエットならば、この窓の下にミラージュがいるはずだ。
だが、外にいたのは意外な訪問者だった。ブーンという耳障りな機械音。
ゲーム中ならイラつくだけのその音が、今のオクタンには福音のように聞こえた。
「ハックか!」
「聞こえるか? オクタビオ? 俺だ」
クリプトのドローンから、ガラス越しに微かに聞こえてきたのは、早口で捲し立てる懐かしいミラージュの声だった。
「エリ?」
「ああ……オクタビオ、会いたかったぜ。少し痩せたか?飯はちゃんと食えって言っただろ?」
オクタンからミラージュの姿は見えないが、ハックのカメラでこちらの様子は見えているようだ。オクタンはもどかしげに、手のひらと片耳をガラス窓にくっ付けた。
「……いや、俺のせいだな。俺がお前を騙すような真似をしたから……。だが、俺はあいつらを油断させて姿をくらます必要があったんだ。四六時中付きまとわれてたんじゃ、動くに動けねぇからな。あのエージェントが間抜けな奴で助かったぜ。あいつはまんまと俺の、みゃく……さく……策略……」
「バカ、余計な事はいいから早くしろ」
横からクリプトのイラついた声がする。
オクタンは、カメラの向こう側の二人の様子を想像してクスリと笑った。
「愛してるぜ、オクタビオ。俺は必ずお前を取り返す。……いいか? 良く聞け、今から俺の考えた最高の」
爆発音がして、そこでミラージュの声は途切れた。
警備に見つかって破壊されたのだろう。
入り口のドアが開いて、慌ただしくエージェント達がなだれ込んできた。
「ご無事ですか!? オクタビオ様!」
オクタンは窓に顔を付けたまま、粉々になったハックに群がる警備員たちを見下ろしていた。
すまねぇな、クリプト。ドローンの弁償代はエリオット宛で頼むぜ……。
「何でもねぇ。ちょっとハエが飛んでただけだ」
「あれはクリプトのドローンね?まさか、ミラージュも一緒に?」
ここまで来て計画を台無しにされてはたまらないとばかりに、エージェントは部下たちに警備の増員と強化を指示し、オクタンを窓のない地下室へと移した。
「明日までここで我慢なさってください。くれぐれも変な気を起こさないように」
険しい顔をしたエージェントの前で、オクタンはさっきのミラージュの失態を思い出して吹き出し、息を詰めて笑い出した。
それでもI LOVE Uを忘れないあたりがあいつらしい……。
訝しげに眉をひそめるエージェントにも構わずひとしきり笑った後、オクタンは彼女に向かって言った。
「腹が減っちまったから、なんか食わせてくれ。できればポークチョップ以外で頼むぜ」