Take Me Out
オクタンの故郷である惑星プサマテの首都は、数々の大企業の本社が集まる、フロンティアでも有数の大都市だ。中心部には高層ビル群が建ち並び、その回りを商業施設や高級住宅街が取り囲んでいる。
その中のひときわ高くそびえ立つシルバ製薬の本社ビルを窓から眺めながら、スラックスからだらしなくシャツの裾をはみ出させたオクタンは、後ろにいるエージェントの女の話をうわの空で聞いていた。
「次のシーズンから、我がシルバ製薬は正式にAPEXゲームのスポンサーになることが決定しました。シルバ様はあなたを社の広告塔として、これからもゲームへの参加を許可すると仰っています。寛大なお言葉ですわ」
「そりゃ、どうも。ありがたくって涙が出るね」
「つきましては条件があります。あなたがプサマテに戻って、シルバ製薬の次期CEO候補であることを公表すること。それから、エリオット・ウィットと別れること。もちろん、彼にはAPEXゲームからも降りてもらいます」
オクタンが振り返ってエージェントに鋭い目を向けたが、彼女はそれを意に介さず、事務的な口調で話を続けた。
「シルバ製薬の次期CEOが、あのようなどこの馬の骨かも分からない、しかも男性と同棲しているなど、我が社のイメージを著しく損ないます。ソラスシティのような辺境の地ならともかく、プサマテはシルバ製薬のお膝元。遊びなら話は別ですが、今回は今までと様子が違うようですので……」
一方的な要求に、オクタンは苛立たしくエージェントに詰め寄った。
「オヤジに会わせてくれ」
「シルバ様はお忙しい方です。あなたが条件を飲んでおとなしくなされば、そのうちお会いできる機会もあるでしょう」
「自分の息子だぜ? ……機会ってなんだよ」
オクタンは思わずそう漏らしていた。
こんな大事な話を、直接する必要もない存在なのかよ、俺は。
「彼から逃げ出したのは、他ならぬあなた自身なのです、オクタビオ様」
固くロックされた窓枠にもたれ掛かり、オクタンは視線を落とした。
上等な生地でしつらえられたスラックスが、義足にまとわりついて気分が悪い。
そんな事言われなくても分かってるさ。
「二週間後に、スポンサー契約を記念して関係者を集めたパーティーが開催されます。シルバ様は、そこであなたを次期CEOとして正式に紹介するお考えです。もし、あなたやウィットが抵抗するなら……お分かりですね? これは彼のためでもあるということを、もう一度よくお考えください」
そう言って、エージェントの女は、真新しいヒールの踵を鳴らして部屋を出ていった。ガチャリと鍵の閉まる音は、絶望の音に似ている。
オクタンは癇癪を起こしたように乱暴に着ていた服を脱ぎ捨てて、ベッドの上に寝転がった。
何度考えたって同じだ。
あの女も親父も勘違いをしている。
俺たちがお互いを庇い合って、美しい自己犠牲に酔っぱらうとでも思ってんだろうが、そうはいかねぇんだ。
俺は、自分のためにエリオットを危険に晒すことを厭わない。
俺が傷つけばあいつも傷つく、あいつが傷つけば俺だって。
喜びも悲しみも痛みも分け合う。
それが俺たちのやり方だ。
死なばもろとも。それだって酔ってることには違いねぇが。