Take Me Out


体が宙に浮いて、そのまま猛スピードで何かに吸い込まれるような感覚に、オクタンは強烈な吐き気を催して目を覚ました。頭がガンガンする。
寝ていたベッドから飛び起きてトイレに行こうとして、ここがどこだか分からないことに気付いた。
とりあえず出口らしきドアに向かったが、ロックされていて開かない。
我慢できずにドアの前で吐いた。
「うぉえ……」
顔をしかめながらパーカーの袖で口を拭い、部屋の中をグルリと見回したオクタンは、見覚えのあるロゴマークに気付いて短く舌打ちした。
ここはシルバ家所有の宇宙船の中だ。
さっきのGは、宇宙船がワープポイントでジャンプした時のものに違いない。
咄嗟に頭に浮かんだのは、ミラージュのことだった。
あいつは無事か……?
昨夜は遅くまでパラダイスラウンジで飲んでいた。
客とランパートがいないのをいいことに、ふたりっきりで甘いキスをつまみにしながら、くだらないことを話してはグラスを重ねていった。
そのうち、いい気分になったミラージュが得意のカードで遊び始め、彼の操るカードに単純なオクタンは何度も騙された。
「お前はハートの8だな」
「俺が? なんで?」
「オクタビオってのはスペイン語で8番目って意味だろ? カードの四種類のスートが象徴するのは富、知識、死、それから……愛。だから、俺にとってハートの8はお前なんだ、愛してるぜ! オクタビオ(ブチュ!)」
そんなやり取りをしたのを覚えている。
だが、そこからの記憶は曖昧だった。
酔っ払って半分眠りこけている間に、バタバタした足音と一緒に誰かに抱えられ、ミラージュが自分の名前を叫んでいた気がする。
ベッドに腰掛けて思案していると、シルバ家のエージェントらしき女が部屋に入ってきて、オクタンの嘔吐した物体を踏んだ。
「お帰りなさいませ、オクタビオ様」
エージェントは、顔色ひとつ変えずにオクタンに向かって礼をした。
澄ました顔をしたこの女には見覚えがある。父親の愛人のひとりだ。
「いらっしゃいませの間違いだろ? 俺はもう、シルバ家の人間じゃねえ。ここんちのお客様だ」
「相変わらずですこと。ですが、残念ながらあなたのお父様はそう思ってはおりません。できればこのような形ではなくもっと平和的にお迎えしたかったのですがあなたがこちらからの招待を素直に受けるとは思えませんでしたので仕方なく……」
「そんな事どうでもいい。エリオットは? あいつは無事なのか?」
「一応、生きてますわ。……話を続ける前に、バスをお使い下さい、オクタビオ様。その間に、部屋を片付けておきますので……ついでに私の靴も」
嫌みったらしくそう言われ、オクタンは渋々と部屋の中に備え付けてある豪奢なバスルームに入った。
ミラージュのことは気になるが、こんなゲロまみれの服を着ていたくはないのは確かだ。
ポケットを探ると、通信端末とお揃いのキーケースがなくなっていた。
頭から熱い湯を浴びながら、オクタンはギリギリと奥歯を噛み締めた。
自由を手に入れたと思っていた。
家を出てAPEXゲームに参加し、ミラージュと出会って一緒に暮らすようになってからも、父親がオクタンに干渉してきたことはない。
両足を失ったあの日、シルバ製薬のCEOである彼の父親は「シルバ製薬に彼のための席はない」と言い放ち、ライフラインからそれを聞いたオクタンは、これは本格的に見放されたな、と思った。同時に気楽にもなった。
これで、家出しようが、どこで何をしようが俺の自由だ。
だが、その自由が未だに父親の手の中にあるということを、オクタンは知ることになった。
シルバの力を持ってすれば、自分を家に連れ戻す事など容易いことだ。今までそうしなかったのは、強者の慈悲か、余裕か。
どちらにせよ、ムカつくことに変わりない。
エリオットにまで手を出しやがって……。
あいつの好きになんかされてたまるか。
それまで死んだように生きていた自分を変えてくれたのは、APEXゲームとミラージュの存在だ。両方とも手放す気はなかった。
いつか戦わなきゃならない時がきたら、俺がいるってことを忘れないでくれ……そう言っていたミラージュの言葉を思い出す。
いつか来る、その時が来ただけだ。
オクタンはさっきよりも幾分すっきりした頭でバスルームを出たが、外に用意されていた、まるで会計士が着るようなスーツを見て、また吐き気がこみ上げてきた。
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