アイドル


その日、ミラージュがバー関係の商談から帰ってくると、珍しく家の郵便受けに一通の手紙が入っていた。
かつて紙でやり取りされていた様々なことも、今ではデータに置き換わり、殆どがオンラインで済まされる時代だ。
郵便受けがその役目を果たすことは稀で、存在すら忘れられがちになっている。
たまにどこで住所を調べたのか、直筆のファンレターを送ってくるファンがいるので、ミラージュはまたそういう類いのものかと、そのシンプルな白い封筒を眺めた。
しかし、宛名は自分ではなく、オクタビオ・シルバになっていた。
差出人の住所はなく、『あなたの一番のファンより』と書かれている。
何か変なものでも入っていやしないかと、封筒の上から手で探ってみたり、透かしてみたりしたが特に怪しい様子はない。
さすがに恋人とはいえ、他人宛の手紙を勝手に読むわけにはいかないので、詮索はそこまでにしておいた。
「ただいま、帰ったぜ」
家に入ると、リビングでオクタンがうたた寝をしていた。
ソファーから覗く、だらしなく投げ出された腕と黄色い髪に思わず笑みが漏れる。
さんざん見てきた寝顔だが、いまだに見飽きる事はない。
最近少し精悍さが増した気がする。
髭剃りをサボっているのか、産毛のような色素の薄い無精髭が、シャープな顎の辺りをまばらに覆っていた。
それを指でなぞると、オクタンのまぶたがぴくりと動いた。
無防備に薄く開いた唇に昼間から劣情を煽られて、ミラージュはたまらず唇を重ねた。
薄目を開けたオクタンが、ミラージュの背中に腕をまわしてくる。
「よお……ダーリン。早かったな」
「ああ、思ったより早く片付いた。ほら、お前に手紙が来てたぜ」
ミラージュはさっきの封筒を、オクタンの鼻先に突き出した。
「手紙? 俺に? ……俺はここの住所を誰にも言ってねぇはずなんだがな」
受け取りながら、オクタンは訝しげに首をひねる。
「お前の一番のファンらしいから、そのくらいは知ってて当然だろ?」
多少の皮肉を込めてミラージュが言うと、オクタンは手紙の封を乱暴に破きながら、ハハッと笑った。
「俺の一番のファンが誰かしってるか?」
「もちろん、俺だろ? そうに決まってる」
「ハズレだ。俺の一番のファンは、この俺様だぜ。JAJAJA」
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