マシマロ


熱い日差しの照りつけるキングスキャニオンの空の下、さっきから俺の視線は、別部隊のエリオットとランパートを追っていた。
遠くでアイテムを集めているらしい二人が、楽しげに何かを言い合いながら走っていく。
ランパートがエリオットの後ろからチョークスリーパーを決めたのを見て、俺は眉間にしわを寄せた。
迷惑だなんだ言ってるわりには、仲いいじゃねぇか……。
だが、ランパートがミラージュのバーに住み着くことに賛成したのも他ならぬ俺様だ。
大したことじゃねぇと思ってた。
別にそんなのを気にする俺じゃねぇし、そんな事で揺らぐ俺らの仲でもねぇし。
それでもやっぱり、俺が居ないときにあいつらが二人きりになってたり、会話にランパートの名前がちょいちょい出てきたりすれば気にはなる。
ランパートはいいやつだ。色々乱暴だけど、仲間思いで、武器の扱いにも長けてる。
いっそあいつが、すげぇ嫌な女だったら良かったのに。
そう思ったとたん、自分が嫌になった。
女々しい、卑屈だ。
まったく俺らしくねえ。
「何ボサっとしてるんだ、行くぞ」
不機嫌な声がして振り向くと、クリプトがドローンをしまっているところだった。
今日はデュオの日だ。
いつから常設されたかすでに忘れちまったが、イベントの時とは違って、部隊編成もランダムになっていた。
今日のミラージュのパートナーはランパートで、俺の相棒はこいつ、いま絶賛自分の殻に閉じ籠り中のクリプトだ。
例の一件以来、全宇宙が自分の敵だと思い込んじまってる。
クリプトがビーコンを調べ、早めにリングに入って一息ついたところで、沈黙に耐えかねた俺はクリプトに話を振ってみた。
「おい、クリプト。ワットソンとはまだ仲直りしてねえのかよ?」
クリプトはじろりと俺を睨んだ。
まずい話題に触れちまったらしい。
きっと次にお前はこう言うだろう。
「お前には関係ない」
ほらな。
クールな美形キャラは、決まってそんなような事ばっか言うんだ。興味ないねとか、壁にでも話してろよとか。
クリプトが美形かどうかってのは、ギロンの余地があるとしてだ……今はそんな話じゃなかったな。
「それが関係あんだよ。あれ以来、ワットソンもピリピリしてて話しずらいし、他の奴らも復讐やら死にてえだのなんだの……要は楽しくねぇんだ」
「俺は仲良しごっこをするために戦ってるんじゃない。楽しむためでもない。お前とは違うんだよ、オクタン」
クリプトは素っ気なくそう言って、またウンコ座りしてドローンを飛ばし始めた。
とりつくしまもねえ、ってこう言うことを言うんだな?
冷めきった俺らとは対照的に、楽しそうなエリオットとランパートのことが頭に浮かんで、俺はやり場のないモヤモヤに頭を抱えた。
その上、今シーズンから変更になったアーマーとかクラフトの仕様が、とにかく戦いたい俺のスタイルと見事に噛み合わねえ。
遠くからスナイパーでシコシコとかやってられるか。
素早く飛んで、考えるのはその後だ。
「俺はもう我慢できねえ。悪いな、クリプト!」
「おいっ!?」
「速く、いくぜっ!」
銃声に向かって駆け出した俺を追いかけて、クリプトも慌てて走り出した。

「お前バカだろ? せっかくいいところを取ってたのに、わざわざ敵に見つかりに行くなんて」
俺の巻き添えを食らったクリプトは、心底呆れた顔をして俺に文句をたれた。
俺はそれに少し安心した。
「そうだ。もっと怒れよ。仏頂面してるよか、その方が健康にいいぜ」
だが、俺の言葉は逆効果だったようだ。
「お前になにが分かる」と、クリプトはまた仏頂面に戻っちまった。
「俺のことより、自分の心配をしたらどうだ? ミラージュのこと、ずっと見てただろう?」
バレてたのか。
クリプトが何気に目で示した方を見ると、大型モニターの中で、チャンピオンになったエリオットとランパートが笑顔でほっぺたをくっ付け合っていた。
見たくねぇのに目が離せない。
俺はマスクの中でガリッと奥歯を噛んだ。
逃げるようにクリプトと別れて、そのまま自室に引きこもった俺は、やりかけていたゲームを起動してみたものの、あっけなくゲームオーバーになりコントローラーをぶん投げた。
エリオットは俺にベタ惚れだ。
浮気なんかするわけねぇだろ。
強気に思ってみたところで、自分の心は誤魔化せない。
単純に嫌なんだ。エリオットが俺以外の誰かと楽しそうにしてんのも、俺以外の誰かがエリオットに触んのも。
だってあいつは俺のものなんだからな。
特定の人間を独り占めしたいと思うのなんか初めてで、俺自身が自分の気持ちについていけてねぇ。
今まで付き合ってきた奴が心変わりしようが、そんなもんか、と未練もなく別れを選んだし、逆もそうだった。
そもそもどう好きだったのかも思い出せない。
俺の恋愛なんてその程度だ。
エリオットとは珍しく長続きしてるだけで……。
扉をノックされて、俺は我に返った。
きっとエリオットだ。
どうしようか迷って、俺は結局ドアを開けた。
「会いたかったぜ~! オクタビオ」
両手を広げて、相変わらず大げさな愛情表現で俺を抱きしめる……のかと思ったら、エリオットは俺の姿を見てそのまま固まった。
「なんだお前、まだそんな格好してるのか? 結構すぐやられて戻ってたくせに、何やってたんだ」
確かに俺は汚かった。湿地帯で戦ったせいでジャケットもパンツもドロドロだし、剥き出しの腕には乾いた泥や血痕がこびりついていた。
「すぐやられてて悪かったな」
条件反射みたいにひねくれた言葉が口から出てきて、自分でもかわいくねぇなと思う。
エリオットはそれを気にする様子もなく、慣れた手つきで俺のマスクとゴーグルを外してキスした。
「ここだけ汚れてねぇな」
って笑われたから何かと思ったら、被り物の部分だけ綺麗なまんまで、俺は今、まだらな顔になってるらしい。
綺麗好きなエリオットは、シャワーはもちろんお気に入りの香水まではたいて、こざっぱりとした私服に着替えていた。
抱きついて匂いを嗅ぎたい欲求を押さえて、俺は言った。
「拠点についたらちょっと撃ち込みしてぇから、このまんまでいいんだ」
「ええ? 練習嫌いのお前がか? ……今日は久しぶりに外食しようと思ってたのに」
エリオットは明らかに気落ちした様子だった。なのに俺はまた、
「ランパートにでも奢ってやれよ」
なんて、思ってもねぇ事を口走っていた。エリオットはきょとんとしている。
「なんでランパートなんだ?」
「だって今日チャンピオンだっただろ」
「ああ、そうだった。けど、あいつにはしょっちゅう店で飯をたかられてんだ。改めて奢ってやる必要もねぇだろ」
エリオットは、やれやれって感じで肩を竦めた。しょっちゅうだ?
それがまた俺の勘にさわる。
「ちょっと一人になりたいんだよ」
俺がそう言うと、エリオットは何か察したのか、あっさりと「そっか、分かった」と、俺の頭を撫でた。
悪いな。
だが、俺様はすこし頭を冷やす必要があるんだ。
「まもなくソラス発着場に到着します」
アナウンスが聞こえると、急にエリオットが腕を引っ張って、頭が冷えるどころか、そのままエレクトしちまいそうなキスが俺を襲った。

暮れかけた射撃訓練場で、俺は体の火照りを誤魔化すように、ひたすらダミーに銃弾を撃ち込んだ。
エイムの乱れは心の乱れ、とは誰がほざいた名言か。
俺はディヴォーションのリコイルに振り回されて、いたずらにアモを消費するだけだった。
何であんなキスすんだよ、アホ。
集中できねえだろうが。
くそ真面目なダミーに正確無比なLスターを浴びせられて、俺はリスポーン地点に戻された。
「ダリィな……」
また一からやり直しだ。これで何度目だ?
訓練場には俺しかいなかった。
遠くの海から、2頭のリヴァイアサンがのんびりと見物している。
お前らは変わらねぇな……。
いつも悠々として居るべきところにいる。
居ちゃダメなところに居たことも、ちょっとはあったが、そんなの人間の勝手な都合だ。
APEXゲームなんかなかった頃から、ずっとこの世界を見てたんだもんな。
わけのわからない感情に逆らってジタバタしてる俺は、お前らにはどんな風に見えるんだろう?
俺がモヤモヤしてるのは、なにもエリオットの事だけじゃねえんだ。
あいつが俺を愛してるだなんて、それこそ百万回聞いた。
そうじゃなくて……クソ、俺の思考はあっちこっちでバラバラだ。
俺は、試合以外では使わない、ってエリオットと約束したスティムを決めてダッシュした。
アドレナリンの高揚感が気持ちいい。
ディヴォーションなんかクソ食らえだぜ。
俺はスピットファイアをひっ掴んで、ひたすら乱射した。
こいつを手にしたあの頃の俺に、怖いものはなかった。
もっと速く、激しく、強く……。
どれくらい撃ちまくっただろう。
ふと、人の気配を感じて起き上がると、そこにエリオットが立っていた。
「いつまでたっても戻ってこねえから、迎えに来たぜ」
俺はクスリを使いすぎて気絶していたらしい。
エリオットがリセットしたのか、ダミーはいつもの位置で律儀に銃を構えていた。
「エリ……」
「何やってんだよ……、お前は……」
服が汚れるのも構わず俺を抱きしめて、エリオットは苦しげな声を出した。
約束を破ったことを怒るだろうと思ったのに、なにも言わなかった。
「先に帰ってて良かったのに……」
口からでるのはまたそんな言葉だ。
エリオットはマスクの上から俺の鼻先を指で弾いた。
「つれねぇなあ……。もっと素直に喜べよ。そろそろ帰ってキスの続きをしようぜ」
エリオットの前髪が、夕陽に染められてオレンジ色に波打っている。
少し眩しそうに細められた目は、俺に向かって慈悲深く微笑みかけている。
俺は無意識に握りしめていた空の注射器を放り出すと、エリオットに飛びついて、首っ玉にしがみついた。
「なんだか、今日のお前は情緒不安定みたいだな」
「誰のせいだと思ってんだ」
「俺のせいなら嬉しいな」
勝手にマスクをずらして唇を重ねてくる。
啄むようなキスがじれったくて、俺は自分からエリオットに舌を絡ませた。
俺はチョロい。
結局、俺だってこいつにベタ惚れなんだ。

エリオットが「俺の勝負料理だ」とか言いながら作ったポークチョップを食ってから、片付けもそこそこ俺たちはベッドの中で抱き合った。
「クリプトが、お前に意地悪をしたからフォローを頼むって言ってきてなぁ」
エリオットが俺の額にキスしながら言った。
「俺とランパートのこと気にしてたって本当か?」
「……さぁな、あいつの勘違いじゃねぇか?」
俺はとぼけたが、こいつにはお見通しのようで、クスクス笑いながら色んなとこに吸い付いて音を立てている。
特に注射の痕には、それを消そうとするかのように念入りな愛撫が施された。
俺もあいつの首筋に、こっそり印を付けて満足する。
「……楽しそうにしてたから、ムカついた」
俺が白状すると、エリオットは俺を抱き寄せて耳元に顔を寄せた。ヒゲがくすぐってぇ。
「バカだなぁ……。ランパートは誰にでもああなんだ。それに、お前だって結構、他の奴らに気安くしてんだぜ? 自覚はねえだろうけどな。その度に、俺がやきもきしてるってのは……まぁ、内緒だ」
すこし鼻にかかった声が耳に心地いい。
こいつの声と話し方が好きだ。
「俺にはお前だけだぜ、オクタビオ」
甘ったるい吐息と一緒に耳に流し込まれて、体中がぞくぞくと反応する。
俺はエリオットのシャツを乱暴に脱がせて床に放り投げた。俺の上半身はとっくに裸だ。
「それで……? これがフォローか?」
「効果抜群だろ? もっと試してみるか?」
俺はそれに答えようとしたが、すぐにエリオットに唇を塞がれて、声にならなかった。

セックスは偉大だ。
体を重ねることで安心したり、素直になれるってこともある。時と場合よるけどな。
今回の俺の場合、エリオットが言うように効果は抜群だった。俺が単純ってわけじゃないぜ。
クリプトとワットソンも、さっさと寝ちまえばいいのに……。
「APEXゲームは、なんだか変わっちまったよな」
事が済んで眠る前の穏やかな時間。
俺はまだ胸に残ってるモヤモヤを吐き出したくて話し出した。
「前はもっと、余計なことを考えずに走り回れたのによ。変わったのはゲームなのか、それとも俺か?」
「どうしたんだよ、急に?」
「なんかやりずれぇんだよ。クリプトもワットソンも意地張ってて、みんな腫れ物に触るみたいな感じだし、レヴは死にてぇってうるせえし、コースティックは色々拗らせてるしで……。おまけにスナで芋ってシールド育てたり、アイテム作ったり、面倒くさくて仕方ねぇ。頭空っぽにして、ハイになって銃をぶっ放せるのがいいとこだったのによ」
俺の髪をいたずらしながら、黙って聞いていたエリオットの答えは冷静だった。
「でも、その環境に合わせられない奴はそこまでってことだろ。楽しい楽しくないじゃねえ、勝つか負けるかだ。負け続ければいつか死ぬ」
「……それは、そうだけどさ」
「俺はお前の言うことも分かるぜ? クリプト達の事だってな。けど、他の連中も、あいつらなりの目的があって戦ってる以上、色んな軋れ、あつ……揉め事もあるだろ。良くも悪くも、物事ってのは変わってくもんさ……」
エリオットはしみじみと言った。
こいつの言うことは正しい。
いつまでも同じままじゃいられない。
しかも、新しいアリーナは、俺とアジャイの故郷であるオリンパスだって噂もある。
甘ったれてたら、容赦なく足元をすくわれるだろう。
分かってるけど、なんかさみしいぜ。
俺だけ置いてかれた気分だ。
エリオットの首につけたキスマークを眺めながら、これがずっと消えなけりゃいいのにと思う。
俺の感傷的な気持ちを察したように、エリオットは優しく俺を包み込んだ。
「でも、変わらないものだってあると思うぜ俺は。それが何かって言うとだな……」
奴はもったいぶったが、俺にだってもう分かってるぜ。
「Amor」
自分から最も遠いと思っていた感情は、知らない間に全部エリオットが教えてくれた。
俺だけを見てろって思うエゴさえも。
こいつが何か特別な事をしたわけじゃねぇ。
ただ、一緒に居ただけさ。でも、それが心地良かった。
誰かが俺のことを十分に愛する、それがエリオットが俺にしてくれた事なんだ。
それだけで俺は俺のまま、もっと強くなれる。
お前とずっと一緒にいられるように、俺は日々努力しつづけるぜ。

俺が決意を新たにしている横で、エリオットが思い出したように言った。
「そういや、パスにも彼女ができたらしいぜ」
「は、マジか!? 相手は誰だ? やっぱロボットか?」
「それを確かめに、今度ランパートと……あ、いや何でもねぇ」

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