ドースル?


新シーズンから、コードネーム『ランパート』こと、ラムヤ・パレクって娘が俺たちの仲間に加わることになった。
レジェンド同士の関係を、仲間って言っていいもんかどうかはちょいと疑問だが、普段の俺らは一緒に飲みに行ったりもするし、何か問題があるときには力になれねぇかと考えたりもする、まぁ仲間だな。
ランパートは、惑星ガイアで武器改造店をやってたインド系の若い女で、彼女の改造した武器は密輸業者とかシンジケートなんかのヤバい奴らからも評価が高かった。
そのせいか何かは知らねぇが、トラブルに巻きこまれて店を燃やされちまったランパートを、その経歴と戦いっぷりに惚れ込んだブリスクがスカウトしたらしい。
確かに、シーラと名付けられた彼女のミニガンは豪快そのもので、増幅壁と一緒に使われるとえげつねぇもんがある。
この間ランパートと同じ部隊になったオクタビオが、彼女と並んで叫びながらミニガンを乱射しているのを見たときは、うっすら狂気を感じたぜ。
いかにもあいつの好きそうなおもちゃだ。
そんな彼女が俺のバー、パラダイスラウンジにやって来て、多くも少なくもない金額の金を置いていったのは昨日のことだ。
「最初の家賃だよ」
と、ガムをクチャクチャさせながらランパートは言った。起きている間は常にチューインガムを噛んでる、って言ってもよさそうだ。
訝しがる俺に向かって、
「私がそうするように勧めたの。パラダイスラウンジにはお金が必要でしょ?」
と言ったのは、一緒にやって来たレイスだった。
自分の店と住む場所を失ったランパートに、俺の店を間借りさせてやれって事らしい。
その上、彼女の店を再建する資金を集めるための宝探しを手伝えときた。
冗談じゃねぇ、宝探しはもうこりごりだぜ。
「ちょっと待ってくれ。俺のバーはアパートメントじゃねぇぞ。あんたはいつから俺の仲介業者になったんだ?」
「あなたが助けを求めてきて、私があなたのアドレスを知った時からよ。つべこべ言わずに言うとおりにしなさい。困ってる女の子を助けるヒーローになれるのよ?あなたそういうの好きでしょ?」
ヒーローか……。それも悪くはねぇが、今の俺がなりたいのは、あいつだけのヒーローだ。
「そりゃあ、困ってる奴に手を貸すのはやぶさかじゃねぇが、俺にはオクタビオって存在が……」
「オクタビオって、オクタンのこと?」
レイスの隣で風船ガムを膨らましていたランパートが、濃いまつ毛に縁取られた大きな目をさらにぱっちり見開いて俺を見た。
「なに? あんたらっていい関係なの?ねーおじさん?」
ランパートがいくつだか知らねぇが、いきなりおじさんはねぇだろう。
同い年のジブをおじさんって言うやつはいねぇってのに、これはあれだ、クリプちゃんのせいだ。
そのクリプちゃんも、ちょっと今、落ち込んでる最中なんだっけな……。そのうち飲みにでも連れてって元気付けてやるか。
俺が毅然とした態度で「そうだ」と答えると、ランパートの目が輝いた。
「へぇぇ~! そうなんだ! あんたって、見るからに女好きそうな顔してんのに、分かんないもんだね」
「別にいいだろ、ほっといてくれ」
ランパートは相変わらずガムを噛みながらニヤニヤしている。
「オクタンに関係がある? 一緒に住んでいるのは知ってるけど」
レイスが横から冷静に口を挟んできた。
「別にあなたの家を貸せ、って言ってる訳じゃないんだからいいじゃない。ここは人が住めるようになってるんでしょう? この際、バー兼アパートメントに改造したら? もっとお金が入るわよ」
レイスは有無を言わせない気だ。
こいつが人の世話を焼くなんて、珍しいこともあるもんだぜ。何か企んでるんじゃねぇだろうな?
「あんたらの邪魔はしないよ。バーの営業妨害もしない。いい子にしてるからさ」
レイスとランパートに挟まれながら、しばし考える。
確かに、この店は住居としても使える作りになっていて、俺は別に家を持ってるから、貸そうと思えば貸せないこともない。
しかし、金はいくらあってもいいが、そんなに困ってるってほどでもねぇし、余計なゴタゴタに巻き込まれたりすんのも勘弁だ。
それに、これは俺にとって非常に重要な事なんだが、俺らは、 ——俺らってのはもちろん俺とオクタビオの事だ、ここをセカンドハウスというか、ホテルみたいに使ってて、飲んで帰るのが面倒になるといつもここに泊まっていた。
ただ眠るだけの日もあれば、そうじゃない日もある。酔っていい気分になれば、自然とそういう気にもなるだろ。まぁ、酔ってなくてもなるんだが。
早い話が、俺たちはそこでさんざんいい事をしてたんだ。当然、これからもする予定だ。そんな楽しいお泊まりが、突然キャンセルになったら、誰だってがっかりするだろ?
けどまさか、酔っ払ったオクタビオとやりてぇから部屋は貸せません、なんて言えねぇしな……。
「どうすんだい?おじさん?」
ランパートに期待のこもった目で見つめられ、レイスにじっとりと睨まれていると、俺の端末に着信があった。
「ちょっと待っててくれ」
「オクタンからのラブコールかな?」
ランパートはカウンターに頬杖をついて、面白そうに頭を揺らしたが、発信者はパスファインダーだった。
「どうした、パス?」
『あっ、ミラージュ? どうしよう、僕、大家さんに出ていけって言われちゃったよ」
「なんだって?」
『どうしてだろう? 家賃もちゃんと払ってたし、掃除だって毎日してたし、この間の誕生日にはプレゼントだって贈ったのに。僕どうすればいいかな? どこに行けばいい?』
パスは困惑していたが、俺も同じだった。
こいつも住まいのトラブルか?
「……あー、とりあえず、俺の店に来い。俺はそこに居るから。ついでに契約書も忘れずに持ってくるんだぜ」
『うん分かった、すぐに行くよ。ありがとうミラージュ!』
俺が通信を切ると、ランパートとレイスが顔を並べて聞き耳を立てていた。
「パスファインダーから?」
「……よく分からねぇが、部屋を追い出されちまったらしい。なんなんだ? 最近のアウトランズじゃ部屋探しが流行ってんのか?」
とりあえず長くなりそうなので、目の前のレディースにカクテルを作ってやり、オクタビオに連絡を入れた。
新しい義足がイマイチしっくり来ねぇ、とこぼしていたあいつは、ゲームの後、義足のメンテナンスに行っていた。
暇潰しに店を開けたのはいいが、客はこんなんばっかだし、家で新しいレシピの開発でもしてりゃ良かったぜ。

呆れたことに、パスファインダーはジップラインで俺のバーにやって来た。
よくよく話を聞くと、パスに部屋を貸している大家のMr.ピタットは、パスに問題があるわけではなく、奴を目当てに集まるファンと、雑誌の記者やテレビのリポーターに困っているらしかった。
近隣の住民から何度も苦情が入り、Mr.ピタットは苦渋の思いでパスに立ち退きを告げた。
もちろん時間の猶予も持たせたが、すぐに出て行かなきゃならねぇと勘違いしたパスが、俺に助けを求めてきたってわけだ。
「良かった! 次の家が決まるまではあそこに居ていいんだね。でも、すぐに見つかるかな? 今のところだって、ミラージュが苦労して探してくれたのに」
「まったくだよなぁ。有名税って言やあ聞こえはいいが、じっさい分別のねぇファンとパパラッチは、どこにでも沸いてきやがる。パスの熱愛スクープなんか、狙っても無駄だってのによ」
「あはは! 面白いね、それ」
ランパートが大口を開けて笑うと、隙間の空いた前歯が全開になった。
「ランパートとレイスはどうしてここにいるんだい? もしかしてデート?」
「あはは!」
「デートならもっとムードのある店を選ぶわよ。私はランパートとミラージュの賃貸契約の仲介に来たの。こいつがなかなかうんと言わなくて」
今こいつって言わなかったか?
前々から思ってた事だが、レイスはなぜか俺に手厳しい。
なぜなんだ? 俺が何かしたか?
実は俺のことが好きとか? 好きな子をつい苛めたくなっちゃうっつうアレか?
いやいや、ないない。
「ミラージュがランパートに部屋を貸すの?」
「そうよ。部屋っていうか、この店の奥にある居住スペースね」
「俺は貸すとは言ってねぇぞ」
「頼むよ~、おじさん。ついでに、あたしに協力してくれたらいいことがあるかもよ? 資金が貯まったらすぐに出ていくからさ」
「そう言って、なかなか貯まらねぇのが金ってもんさ。バンガロールを見ろ。故郷へ帰る旅費を稼ぐんだって言って、最初からゲームに参加してるくせに、いまだにアリーナでバカスカ銃を撃ちまくってるんだぜ? 今、シーズンいくつだと思ってんだ」
「アニータは別にお金がないわけじゃないのよ。お兄さんを探してるって言ってたわ。それに、 ここでの戦いと暮らしが、意外と気に入ってるみたい」
すかさずレイスが余計な口を挟んできた。
くっ、知ってるさそんなこと。
「いいことを思い付いた! 僕もミラージュに部屋を借りることにするよ。それなら探す手間も省けるし、店を手伝いに来るのもすぐだ」
パスファインダーが頭の痛くなるような事を言い始めたので、俺は早くオクタビオが来てくれることを祈った。俺には助けが必要だ。
さっき連絡したときに、メンテナンスが終わったら店に寄ると返事があった。
「いいねぇ、楽しくなりそう。ロボットの改造はやったことがないんだ。そうだ、パスファインダーも一緒にお宝探ししようぜ? いいパーツが見つかるかも!」
「僕はOKさ! レヴナントみたいにカッコよくしてくれる? ハックみたいに飛ぶのもいいな。なんだかワクワクするね!」
「おいおい、勝手に意気投合してんじゃねぇぞ。いくらロボットとはいえ、若い女と2人きりってのは不味いだろ。万が一なんかの間違いでも起きた日にゃ、貸した俺の責任だって問われるしな。……てか、何言ってんだ、俺。ロボットに女のことなんか分かるわけないのにな」
「僕も分かるよ。特に最近、彼女が引っ越してきたからね。僕の彼女は最高だよ!」
「お前の何だって……?」
俺が言いかけた時、入り口の扉が乱暴に開いてオクタビオが入ってきた。
「来たぜ、エリオット!」
だぶだぶのスウェットに、珍しくジーンズとスニーカーを履いて、キャップを深く被っている姿はいかにもそこら辺の兄ちゃんという感じだった。
オクタンだとバレたくないときにはマスクとゴーグルをせずに、代わりに義足を隠すのがオクタビオのやり方だ。顔を出すのが変装ってのもおかしな話だがな。
「オクタビオ、待ってたぜ!」
俺はほっとして、オクタビオをハグする。
その様子を不思議そうに眺めていたランパートの風船が、目の前でパチンと弾けた。
「オクタン!?」
「よう、ランパート。レイスとパスもいんのか。珍しい組み合わせだな」
オクタビオは、招かれざる客たちに人懐こい笑顔を見せてキャップを取った。
「へー、あんたの顔、初めて見たよ」
ランパートは遠慮のない視線で、オクタビオをじっくりと観察している。
「へへ、イケメンでビビったか?」
「確かに悪くはないけど、ビビるほどじゃないね。もっとイカれたサイコ野郎だと思ってたのに、普通すぎて逆につまんないや」
ランパートの率直な感想に「俺もそう思うぜ」と面白そうに笑って、オクタビオはカウンターに腰掛けた。
「んで? みんなして何の相談だ?」
俺はさっそく事の顛末をオクタビオに説明した。
「俺は嫌だって言ってるのに、このお姉さん達がこえー目をして俺を脅しやがる。何とか言ってやってくれ」
レイスが眉を寄せて俺を睨む。
「脅してるつもりはないわ、頼んでいるのよ。ちゃんと家賃も前払いしたでしょう?」
「金の問題じゃねぇ」
「じゃあ何が問題なのよ?」
「大人の事情だ」
「……何だか知らねぇけど、別に貸してやればいいんじゃねぇか? 二人とも困ってんだろ?」
俺とレイスを交互に見ていたオクタビオが、あっさりと言った。レイスがにこりと笑う。
「あら、オクタン。話が分かるじゃない」
慌てたのは俺だ。ランパートはともかく、パスも付いてくるなんて、俺の平穏な暮らしがメチャクチャになるのが目に見えてる。
「いいじゃねぇかってお前……、あそこは言ってみりゃ、俺らのセカンドハウスなんだぜ? そこを簡単に明け渡していいのか? いままでみたいに使えなくなっちまうんだぞ?」
オクタビオは首を傾げて考えている。
そして、目だけで俺の顔をちらりと見やった。
「……そりゃ、ちょっと不便かもしんねぇけど……」
鈍い反応にじれったくなった俺は、頭の中で考えてる事を無修正で口走っていた。
「そうだろ? よく考えろ。あの部屋は、俺とお前の第二のベッドルームって言ってもいいくらい、大事な場所だってことを……」
オクタビオは慌ててカウンターチェアから飛び上がったかと思うと、顔を真っ赤にして俺の口を塞いだ。
「何てこと言ってんだよ! それじゃ、いかにも俺らがあそこで何かやってるみてぇに聞こえんだろ」
「なんかってなに?」
パスファインダーの能天気な声が辺りにこだまする。
ランパートは呆気にとられ、風船ガムを膨らませては割ってを繰り返している。
「なるほど、大人の事情かあ」
「僕には分からない。どういうこと?」
胸のモニターに疑問符を映し出すパスに、レイスが妙にねちっこい口調で説明する。
「つまり、ミラージュとオクタンは、あの部屋で《とてもプライベートな時間》を過ごしていたの。それを他人に奪われるのが嫌ってことね」
「だー! 違う違う! 俺はそんなこたあ言ってねぇ」
「何が違うのよ? イチャイチャしたいだけなんでしょ?」
「俺はただ、面倒くせぇって思っただけだ。ほら、部屋を空けるとなれば、俺ら……じゃなくて俺も引っ越さなきゃならねぇだろ? それなりに大事なもんも置いてあるし、見られたくねぇもんだってある。俺だってそんなに暇じゃねぇんだ。っつうか……なぁ、オク、助けて……」
しどろもどろの俺の声は、だんだんと小さくなっていった。
「無理よ。諦めなさい、ミラージュ」
「僕が一緒に手伝うよ。引っ越し屋でアルバイトしたこともあるんだ。任せて!」
パスファインダーが自信満々に言った。ランパートもここぞとばかり畳み掛けてくる。
「そんなしょうもない理由で、不幸な女の子とロボットを道端に放り出すなんて、おじさんには良心ってもんがあるのかい?」
「そうだぜ。貸してやれよエリオット。俺もそうした方がいいと思う」
俺は、しれっとした声の主を思わず二度見した。
オクタビオの奴、形勢が不利と見るや、ちゃっかりレイスの方に寝返ってやがる。
ここに俺の味方は居なくなった。
「ほら、おじさん。彼氏もそう言ってるよ? こりゃ、決まりだね!」
「おい、ちょっと待て。ここは俺の店だぞ……」
「契約成立ね。おめでとう。後で仲介料をいただくわ、ミラージュ」
レイスが悪そうな顔で微笑んだ。ほんと意地悪なやつだな、嫌いじゃねぇけど。
「イエーイ! ハイタッチしよう!」
「ホントありがとね!ミラージュ!あんたに損はさせないって約束するよ」
「クソ……分かったよ。引っ越すなら引っ越して来やがれ」
観念した俺は、渋々と頷いた。
「エリオット、俺にも何かくれ。乾杯しようぜ? 何だか楽しくなってきたな!」
オクタビオがニコニコしながら、カウンター越しに身を乗り出して催促する。
ほんとにもう、調子のいい奴だ。
何だか馬鹿馬鹿しくなってきて、思わず俺も笑っちまった。
「よっしゃ!今からこのミラージュ様がパラダイスラウンジ特製カクテルを、お前らにご馳走してやるぜ。もちろんパス、お前にもだ」
「やったね!」
どうやら今シーズンも、俺のパラダイスラウンジは賑やかになりそうだ。

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