たからもの
何でこんな時に、こんな事思い出してんだ?
俺は死ぬのか? 走馬灯か?
ミラージュはきっと怒るだろう。
泣くかもしれねぇ。いや、絶対に泣く。
耳元で何度も名前を呼ぶ声は、いつか聞いたことのある涙声だ。
「オクタビオ! オクタビオ!」
ほら、やっぱ泣いてるじゃねぇか……。
オクタンは恐る恐るまぶたを開いた。
目に入ってきたのは、祈るように頭を垂れたミラージュの横顔と、見慣れたパラダイスラウンジの天井。
酒瓶の並んだ棚と、他のみんなの心配そうな顔も見える。
体の大部分に包帯を巻かれ、顔にガーゼを貼り付けられたオクタンは、ボックス席のシートに仰向けに横たわっていた。
「気が付いたようね。……あんたほんと……バカなことして! ……でも良かった」
頭上から、ライフラインがほっとした顔を覗かせる。
「あー……俺、生きてんのか?」
「あったり前でしょ! ここが地獄に見えるの?」
「少なくとも天国じゃねぇな……」
「ジブラルタルとライフラインが、バンカーで倒れている貴方を見つけて連れ帰ったのよ。もう少し遅かったら……」
これはレイスの声だ。
「プラウラーに頭まで食われてなくて良かったぜ、ブラザー。足は直せても、脳ミソまでは無理だからな。ハッハッハ」
ジブラルタルが、その場の空気を和ませるように大きな声で笑った。
「脳さえ無事なら再生もできるし、強化人間にだってなれるからね。本当に良かったよ!」
「ノンノン! もうパスったら、さらっと怖いこと言わないで!」
「これも神々の思し召しだ。主神はおまえに生きよと仰っている。私もおまえが戻ってきてくれて嬉しい」
皆が口々に自分の無事を喜んでいる中、オクタンは、ミラージュがさっきから一言も言葉を発していないことに気付いた。
普段はまるで口から生まれてきたかのように饒舌な男がだ。
けれど、握られた手には痛いくらいに力が込められている。
「エリ……」
俯いているミラージュに触りたいと思ったが、左腕には点滴の管が刺さっていて、右手でミラージュの手を弱々しく握り返すことしかできない。
その様子を、少し離れた場所からポケットに手を入れて見ていたクリプトが、珍しく大きな声を出した。
「さぁ、これでひとまず安心だな。俺はあっちでアーティファクトの解析を続けるとしよう。ワットソンも手伝ってくれるか?」
「ウィ! 喜んで!」
クリプトとワットソンは、連れ立って作業場になっているバックヤードに消えた。
ふたりを見て察した仲間たちは、それぞれ尤もらしい理由を述べて、パラダイスラウンジを出ていく。ローバとバンガロールは大分前に姿を消していた。
「点滴が終わる頃、また来るわ。何かあったらすぐ連絡して?」
最後にライフラインがそう声をかけて帰っていくと、残ったのはボックス席に横たわったオクタンと、側に寄り添うミラージュだけになった。
「……怒ってるよな?」
少しの沈黙のあと、オクタンが探るように声を出した。
「当たり前だ。……俺は野戦病院にするために、このバーを買ったんじゃねぇぞ」
深いため息を付いたミラージュの表情は、怒っているというより、とても悲しげに見えた。
「ひとりで戦うなって、言ったのに……」
オクタンには返す言葉がなかった。
レヴナントの挑発じみた行為に触発されて、後先考えずに行動に移した。
素早く飛んで……考えるのはその後だ。
それこそがオクタビオ・シルバだと、そう思っている。
だが、結果的に皆に迷惑と心配を掛け、恋人を悲しませることになった。
しかも、今回はゲームでの不可抗力ではなく、危険を承知で自らポータルに飛び込んだのだ。
オクタンは、いたたまれなくなって体を起こそうとしたが、足の痛みに思わず顔を歪めた。
「いて……いてぇ……」
「おとなしく寝てろ」
ミラージュの手が、包帯でぐるぐる巻きになったオクタンの両足を交互にさすった。
そして心臓の音を確かめるかのように、上下する胸に頭を乗せる。
「なんで、ライフラインなんだ?」
唐突に発せられたミラージュの声には、なぜか悔しさが滲んでいた。
「アジャイがどうしたって……?」
「お前が人生の最後に何かを言い残す相手は、ライフラインなのか?」
ポータルを通る前に、ワットソンの額に貼り付けていった書き置きのことを言っているのだと、オクタンはすぐに気付いた。
深い考えがあったわけではない。
ライフラインが会計士を引き合いに出して言った、笑えない冗談への、子供じみた当て付けのようなものだった。
「あれは……」
「俺は何も知らなかった。お前がひとりでポータルに行ったことも、ライフラインとジブラルタルが助けに行ったことも……。情けねぇぜ、それでもお前の恋人なのかってな…」
「聞いてくれ、エリオット……俺は」
オクタンは必死に話をしようとしたが、頭から血の気が引いて、また気が遠くなっていく。
ミラージュは、オクタンの青白い額に手を当てて呟いた。
「悪い……こんなのは、ただのつまらねぇ嫉妬だ。自分でも分かってんだ。間抜けな自分に腹が立つんだよ……」
俺は死ぬのか? 走馬灯か?
ミラージュはきっと怒るだろう。
泣くかもしれねぇ。いや、絶対に泣く。
耳元で何度も名前を呼ぶ声は、いつか聞いたことのある涙声だ。
「オクタビオ! オクタビオ!」
ほら、やっぱ泣いてるじゃねぇか……。
オクタンは恐る恐るまぶたを開いた。
目に入ってきたのは、祈るように頭を垂れたミラージュの横顔と、見慣れたパラダイスラウンジの天井。
酒瓶の並んだ棚と、他のみんなの心配そうな顔も見える。
体の大部分に包帯を巻かれ、顔にガーゼを貼り付けられたオクタンは、ボックス席のシートに仰向けに横たわっていた。
「気が付いたようね。……あんたほんと……バカなことして! ……でも良かった」
頭上から、ライフラインがほっとした顔を覗かせる。
「あー……俺、生きてんのか?」
「あったり前でしょ! ここが地獄に見えるの?」
「少なくとも天国じゃねぇな……」
「ジブラルタルとライフラインが、バンカーで倒れている貴方を見つけて連れ帰ったのよ。もう少し遅かったら……」
これはレイスの声だ。
「プラウラーに頭まで食われてなくて良かったぜ、ブラザー。足は直せても、脳ミソまでは無理だからな。ハッハッハ」
ジブラルタルが、その場の空気を和ませるように大きな声で笑った。
「脳さえ無事なら再生もできるし、強化人間にだってなれるからね。本当に良かったよ!」
「ノンノン! もうパスったら、さらっと怖いこと言わないで!」
「これも神々の思し召しだ。主神はおまえに生きよと仰っている。私もおまえが戻ってきてくれて嬉しい」
皆が口々に自分の無事を喜んでいる中、オクタンは、ミラージュがさっきから一言も言葉を発していないことに気付いた。
普段はまるで口から生まれてきたかのように饒舌な男がだ。
けれど、握られた手には痛いくらいに力が込められている。
「エリ……」
俯いているミラージュに触りたいと思ったが、左腕には点滴の管が刺さっていて、右手でミラージュの手を弱々しく握り返すことしかできない。
その様子を、少し離れた場所からポケットに手を入れて見ていたクリプトが、珍しく大きな声を出した。
「さぁ、これでひとまず安心だな。俺はあっちでアーティファクトの解析を続けるとしよう。ワットソンも手伝ってくれるか?」
「ウィ! 喜んで!」
クリプトとワットソンは、連れ立って作業場になっているバックヤードに消えた。
ふたりを見て察した仲間たちは、それぞれ尤もらしい理由を述べて、パラダイスラウンジを出ていく。ローバとバンガロールは大分前に姿を消していた。
「点滴が終わる頃、また来るわ。何かあったらすぐ連絡して?」
最後にライフラインがそう声をかけて帰っていくと、残ったのはボックス席に横たわったオクタンと、側に寄り添うミラージュだけになった。
「……怒ってるよな?」
少しの沈黙のあと、オクタンが探るように声を出した。
「当たり前だ。……俺は野戦病院にするために、このバーを買ったんじゃねぇぞ」
深いため息を付いたミラージュの表情は、怒っているというより、とても悲しげに見えた。
「ひとりで戦うなって、言ったのに……」
オクタンには返す言葉がなかった。
レヴナントの挑発じみた行為に触発されて、後先考えずに行動に移した。
素早く飛んで……考えるのはその後だ。
それこそがオクタビオ・シルバだと、そう思っている。
だが、結果的に皆に迷惑と心配を掛け、恋人を悲しませることになった。
しかも、今回はゲームでの不可抗力ではなく、危険を承知で自らポータルに飛び込んだのだ。
オクタンは、いたたまれなくなって体を起こそうとしたが、足の痛みに思わず顔を歪めた。
「いて……いてぇ……」
「おとなしく寝てろ」
ミラージュの手が、包帯でぐるぐる巻きになったオクタンの両足を交互にさすった。
そして心臓の音を確かめるかのように、上下する胸に頭を乗せる。
「なんで、ライフラインなんだ?」
唐突に発せられたミラージュの声には、なぜか悔しさが滲んでいた。
「アジャイがどうしたって……?」
「お前が人生の最後に何かを言い残す相手は、ライフラインなのか?」
ポータルを通る前に、ワットソンの額に貼り付けていった書き置きのことを言っているのだと、オクタンはすぐに気付いた。
深い考えがあったわけではない。
ライフラインが会計士を引き合いに出して言った、笑えない冗談への、子供じみた当て付けのようなものだった。
「あれは……」
「俺は何も知らなかった。お前がひとりでポータルに行ったことも、ライフラインとジブラルタルが助けに行ったことも……。情けねぇぜ、それでもお前の恋人なのかってな…」
「聞いてくれ、エリオット……俺は」
オクタンは必死に話をしようとしたが、頭から血の気が引いて、また気が遠くなっていく。
ミラージュは、オクタンの青白い額に手を当てて呟いた。
「悪い……こんなのは、ただのつまらねぇ嫉妬だ。自分でも分かってんだ。間抜けな自分に腹が立つんだよ……」