whole Lotta Love


 その日のゲームを終えたミラージュは、自分の船室を訪れたオクタンに、さり気なくデュオニソス・リゾートの話題を振ってみる事にした。
ローバはどことなく否定的だったが、そう言われると、ますます気になるというのが人情というものだ。
「あんなとこ行ったって、気分が悪くなるだけだぜ」
オクタンは、ミラージュのベッドに寝そべって、携帯ゲームをしながら素っ気なく答えた。
遠征中の自由時間だというのに、どこへ出掛けるでもなく、シップの中で引きこもっている。プサマテ周辺にはこれ以上近寄りたくない、といった雰囲気だ。
過去にも何度か声を掛けた事はあったが、オクタンの返事はいつも同じで、他のレジェンド達からの誘いにも「俺はここで留守番してるぜ」と、頑なだった。
本人は具体的に何がとは言わないが、おそらく父親との確執が原因なのではないかと、ミラージュは思っていた。
オリンパスで初めてのAPEXゲームに臨むオクタンが、いつになく緊張気味だったのを覚えている。
そんな恋人の心情を理解しつつも、元々ミーハー気質のミラージュには、きらびやかな都会に対する憧れがあった。昼間のローバとのやり取りで、虚栄心がくすぐられたのも確かだ。
そして何より、プサマテはオクタンの故郷でもある。
自分と出会う前のオクタンが、どんな場所で生まれ育ったのかを見てみたかったし、そうすることで、よりお互いの理解を深めたいという思いは、オリンパスを訪れるたびに強くなっていた。
「なあ、オク。そんなにこの星が嫌いか? 親父さんがいるからか?」
ミラージュが座っていたソファーから腰を上げ、壁際のベッドに歩み寄ると、オクタンはゲーム画面を見つめたまま、眉間に皺を寄せた。
「……親父の事は関係ない」
「じゃあ、ちょっと遊びに行くぐらい、いいじゃねえか。お前の庭みたいなもんだろ?」
「そりゃあ昔の話さ。俺にとっては、プサマテもデュオニソスも過去に置いてきた場所だ。さんざん遊んだし……今さら行きたい所も、見たいモンもねえしな」
オクタンの言葉を聞いて、ミラージュは分かりやすく肩を落とした。
「お前にとっちゃそうかもしれないが……」
背を向けてベッドの端に座り、ぶつぶつと未練ごとを呟いている。
「俺にだって、お前の故郷がどんな所か知る権利はあると思うぜ。言っちゃなんだが、俺はお前を何度も故郷に招待したし、色んな場所にも連れていった。なのに、そんなのって不公平じゃねえか……」
「だーかーら! そんなに行きたきゃ、ひとりで行けばいいだろ? 俺はずっとそう言ってる。パスを持ってそうな奴をナンパするとか、お得意のステルスで潜り込むとか、いくらでも方法はあんだろうが」
「ナンパって……、俺はお前と一緒がいいの!」
しまいには子供のようになってしまったミラージュに、オクタンがのそのそと近付いて顔を覗き込む。
「でかい図体して拗ねんなってば。何を期待してんだか知らねえが、プサマテもデュオニュソスも、俺に言わせりゃ、面白くもなんともねえとこだぞ」
「どんな所だっていいんだ。お前がプサマテでどんな生活をしてたとか、どこで遊んでたとか……そりゃあ、今から過去を取り戻せるわけでもねえが、俺と出会う前のお前の事を、少しでも知りたいって思うのはおかしいか?」
「そんなもん知ってどうすんだよ? 俺には過去も未来も関係ねえ、今があるだけさ。それだけじゃ不満か?」
「……分かったよ、そうやってなんでも秘密にしときゃいい。お前は俺がローバに田舎者ってバカにされてもいいんだな?」
オクタンは困ったように、いじけた後ろ姿のミラージュを見上げた。彼がここまで我を通そうとするのは珍しい。
たとえ些細な意見の食い違いがあっても、先に折れるのはいつもミラージュの方だった。
しばらくの間、どうしたものかと思案していたオクタンだったが、意を決したようにひとつ息を吐くと、ミラージュの背中をポンと叩いて立ち上がった。
「オーケー、分かった。じゃあ出掛けようぜ」
「へ? 今すぐ?」
「そ、今すぐ」
オクタンはベッドから飛び降りて、ミラージュのクローゼットの中を漁り始めた。そうと決めたら即行動に移すのが、いかにも彼らしい。
とはいえ、ミラージュもオクタンもパジャマ代わりの部屋着姿で、とても出掛けられるような格好ではなかった。
「俺はスーツなんか持ってきてないぜ? 確か、ドレスコードってのがあるんだろ?」
「そんなもん気にした事はねえな。俺ならたぶん、裸でも大歓迎されると思うぜ、JAJAJA……」
オクタンは、クローゼットに吊るしてあったミラージュのトレーニングウェアを拝借し、着ていたTシャツの上に羽織った。自分の部屋に着替えに行くのすら面倒らしい。
慌ててミラージュも着替えにかかったが、こんな事なら、とっておきの勝負服を持ってくるべきだったと後悔した。手持ちの中から、一番ましだと思われるものを選んではみたものの、所詮ただの普段着だ。マーケットに買い物に行くのと変わらない。
「必要ならあっちで買えばいいさ」
端末に手際良く何事かを入力しながら、オクタンは唇の端を持ち上げた。



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