whole Lotta Love


「ねえねえ、見て! 今日はデュオニュソスがあんなに良く見えるよ」
そう言って、パスファインダーが指し示した空の彼方には、白く丸い渦のようなシルエットが、不気味なくらいにくっきりと浮かんでいた。
今はまさに、オリンパスでのゲームが行われている最中だ。
リングの第一収縮が終わり、次の円にも入っているという好位置をキープした部隊は、ローバのブラックマーケットで物資を補充しながら次の戦いに備えていた。 
「ああ、懐かしいな。俺も何年か前に行ったことがあるぜ」
同じ部隊のミラージュが、逆光に目を細めながら空を見上げる。
「へえ、すごいや。さすがミラージュだね!」
素直に感心するパスファインダーに気を良くしたミラージュは、デュオニュソスにまつわる自らの武勇伝を、意気揚々と披露し始めた。
アウトランズの惑星群の中で、唯一の衛星を持つプサマテ。その衛星の名をデュオニソスという。
別名バッカスとも呼ばれる、ギリシャ神話の酒と酩酊を司る神の名を冠した小さなリゾート衛星は、プサマテに住む富裕層の遊び場としても有名だった。 
ミラージュは、過去に一度だけ、そのデュオニソスに足を踏み入れた事がある。
あの頃は、まだ駆け出しのホログラム技術者で、他にもバーテンダーやいくつかの仕事を渡り歩いていた時期だった。
そんな時、プサマテ出身だというバーの常連客に誘われ、若かりしエリオットは、軽い観光気分でデュオニソを訪れたのだった。
「あら、意外ね。あなたもパスを持ってるの、ウィット?」
横から会話に加わってきたのはローバだ。
「ミラージュは僕の親友だから、もちろん”パスを持ってる“よね!」
「え、あ、いや、俺が行ったのは、ほんの入り口までさ。さすがに、デュオニソス・リゾートまでは入れなかったんだ」
「でしょうね」
謙遜のつもりがあっさりと肯定されては、さすがのミラージュも口をつぐむしかない。
実際に、ミラージュが見たのは、デュオニソスのほんの一部分に過ぎなかった。
惑星デュオニソスの中心にあるデュオニソス・リゾートは、街全体が一種の高級会員制クラブのようなもので、その会員証を手にする事ができるのは、一握りの選ばれた人間に限られる。
金持ちにも、格というものが存在するのだ。
レジェンドとて例外ではない。
アウトランズ中を熱狂させているスターですら、プサマテの特権階級からすれば、汗臭い野蛮人の集団に過ぎなかった。
「一応聞いておくが、あんたは行ったことがあるのか? ……まあ、あるんだろうな」
「ローバは、デュオニュソス・リゾートってとこに行ったことがあるの?」
ミラージュとパスファインダーは、ほぼ同時に、同じ質問をローバに浴びせた。
「もちろんよ。あそこは、ビジネスにはうってつけの場所だからね。どうやってパスを手に入れたかは、聞かないでくれる? 色男さん」
「色男だなんて、僕照れちゃうなあ!」
「勘違いするな、お前の事じゃないぞ、パス。色男っていったら、俺の事に決まってる。第一、ロボットのお前が男だっていう確証はどこにある?」
「ふふふ」
ローバは、その類まれなる盗人としての才能と、貪欲な上昇志向によって、アウトランズの社交界でも確固たる地位を築き上げた女傑だ。
セレブ達は、物欲よりもスリルを求めて彼女に盗みを依頼する。それを足掛かりに交友関係を広げ、今ではローバ・アンドラーデの名を知らぬ者はなかった。
盗んだのか偽造したのか、はたまた正当な手続きを経て入手したのかは定かでないが、ローバがデュオニソス・リゾートの会員証を持っていることは確かなようだ。
ローバは優雅にアイテムを吟味しながら、なにか言いたげなミラージュに向けて、鷹揚な視線を送った。
「興味があるなら、あなたの可愛い恋人に頼めばいいじゃない。彼は、生まれた時からその権利を手にしてるラッキーボーイなんだから」
「ラッキーボーイか……」
ミラージュは僅かに首を傾け、自分の顎ひげを撫でた。
オクタンの生い立ちを知っている身としては、その解釈に大いに異議を唱えたいところだったが、ローバに非があるわけでもない。
厳格な父親に反発して家出した金持ちの放蕩息子、というのが、オクタンに対する大多数のイメージだった。
それ以上の事は、ミラージュですら、付き合っていくうちに少しづつ知ったもので、本人があまり多くを語りたがらないのだから当然だ。
文字通り何も持たない孤児となり、ゼロからのし上がった彼女にすれば、オクタンは気に入らないおもちゃに駄々をこねている、わがままな子供に見えるのかもしれない。
「デュオニソス・リゾートは、この世のありとあらゆる欲望を満たすための娯楽で溢れているわ。あなたがそれを楽しめるかどうかは別問題だけど」







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