Drive


エリオット・ウィットが車のライセンスを取得したのは、二十歳を過ぎてからだった。
この時代、すでに自動車や鉄道や一部の宇宙船すらも自動化が進んでいたが、エリオットは自分でもハンドルを握れるよう、手動運転付きのライセンスを選んだ。証明写真に、まだトレードマークの髭は見当たらない。
彼は忙しい仕事の合間に何時間かの講習を受け、叔父のドロズから使い古した中古車を譲ってもらった。
仕事というのは、主に母親のイブリンの助手と、曽祖父の代から受け継がれるバーの経営だ。
とはいえ、エリオットはその小さな店を自分が任されるなどとは夢にも思っていなかった。長兄のロジャー・ウィットが後を継ぐことになっていたからだ。
四人兄弟の末っ子だった彼は、特に将来を考えることもなく、自分はこのまま母親と同じホログラム技師としての道を進むのだろうと、漠然と思っていた。
しかし、フロンティア戦争によって、エリオットの三人の兄弟達は行方不明になってしまった。未だ消息は分かっていない。
エリオットは残された母と共に、その捜索に奔走しなくてはならなかった。
こんな時に父親が居てくれたら。
その時初めて、エリオットは父親の不在という現実を噛み締めた。
彼の父親は、ひとつの場所におさまっていられない性格で、彼が物心つく前から、アメリカン・ドリームならぬフロンティア・ドリームを夢見て各地を放浪していた。
年に何回かは、ふらりと帰ってくる事もあったが、エリオットの記憶の中に、父親の姿はほとんどないと言っていい。
覚えている事といえば、十四歳の誕生日に贈られたプレゼントが、何ひとつ自分の興味を引かなかったことくらいだ。
エリオットが父親について知らなかったのと同様に、父親も息子の事を知らなかった。
不器用な愛情が、まだ子供だったエリオットに理解できるはずもない。哀れなそのがらくたは、そのまま彼のおもちゃ箱の中で眠ることになった。
そのうち、エリオットは父親という存在に、何の期待も持たなくなった。寂しいと思うこともなかった。
欠けた家族を補って余りある愛情が、ウィット家には満ちていたからだ。
母親と兄弟達がいれば、それで良かった。
けれど、エリオットにとって幸せな少年時代は、突如として終わりを告げた。
優秀なホログラム技師だった母親のイブリン・ウィットは、兄達がいなくなってからというもの、徐々に精神に異常をきたすようになった。
はじめは小さな違和感だったが、それは年を追うごとに酷くなり、物忘れや妄想が激しくなった。
いつか自分自身が失われてしまうことを自覚していたのだろうか。
イブリンは自分の技術をエリオットに伝える事に情熱を注ぎ、それに応えるように、エリオットもまた熱心に学んだ。母と子の蜜月は、二人の絆をよりいっそう深いものにした。
だが、イブリンの症状の進行は思ったよりも早く、エリオットがいっぱしのホログラム技師として独立する頃には、彼女自身は仕事を続けることさえ困難な状態になっていた。
こうして、エリオットは若くして自分と母親の人生を背負うことになった。

ある夜のこと、エリオットがベッドの支度をしていると、ふらふらと寝室に入ってきたイブリンが、不安げにあたりを見回しながらこう言った。
「家に帰りたいの」
エリオットはシーツの皺を伸ばしていた手を止め、優しく諭すように答えた。
「やだなぁ、母さん。ここが母さんの家だろ?」
「……そんなはずはないわ、ここはどこなの? 家に帰らせて」
「母さんは家にいるんだよ。俺と、母さんの家だ」
「だってここには、ロジャーもリッキーもイーロンもいない。あの人も」
エリオットは母親を傷つけないよう、慎重に言葉を選んで説明したが、彼女は頑なにそれを否定し続けた。
根負けしたエリオットが小さくため息を吐く。
「仕方ないな……それじゃ、俺が車で送っていってやるよ。あなたの家はどこなんですか?」
「まあ、どうもご親切に、ありがとう」
イブリンの顔がパッと輝き、瞬く間に笑顔が溢れた。
「あなたのお名前を教えてくださる? 後でお礼をしなくちゃね」
「俺は……」
俺の名前は……エリオットだよ。
エリオットは唇の中でそう呟いた。
そして、何事もなかったかのような笑顔を作り、イブリンに上着を着せて、外に連れ出す。
「あなたにはたくさん息子がいるんですね」
「ええ、四人ともみんな、とってもいい子よ。自慢の息子達なの」
「そうですか、そうでしょうね。あなたの息子なら……きっと」
いつしか、残酷なまでに無邪気に発せられる言葉にも、穏やかに対峙する術を身に付けた。
エリオットが特別忍耐強かった訳ではない。
そうするしかなかったのだ。
現実と夢の中を行ったり来たりするのが、彼女の日常なのだから。
どこの誰かも分からないはずの彼を信頼しきったイブリンを助手席に乗せて、エリオットはあてもなく車を走らせる。
終わることのないドライブ。
夜はまだ始まったばかりだ。
通り過ぎる夜景と共に、エリオットの心の叫びもまた、誰にも聞かれることなく彼方へと流れていった。

なぁ、誰か教えてくれないか?
俺はいったい、どこへ行けばいい?


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