青空
とある日のキングスキャニオンにて。
ドロップシップから飛び立ったミラージュ、オクタン、レイスの三人は、ジャンプマスターのオクタンを先頭に、ガントレットに降り立った。
少し遅れて、反対側の北の建物に敵が着地したのが見える。
レイスが素早くアイテムを見繕い、他の二人に合流しようとすると、壁の向こうからミラージュとオクタンが言い争う声が聞こえてきた。
「だから、そのピースキーパーをよこせってんだよ」
「なーに言ってる。これは俺が先に見つけたんだ。だから俺のもんに決まってんだろ?」
「箱を開けたのは俺だ」
「残念ながら、ここじゃ何でも早いもんがちなのさ。バトルロワイヤルってのは、そういうもんだ少年」
「俺は少年じゃねぇぞ、おっさん」
「生意気だな、それが人にものを頼む態度か?」
「……俺は今日はピースキーパーの気分なんだ。頼む、ミラージュ、俺に譲ってくれ」
珍しく下手に出たオクタンだったが、ミラージュはそれをあっさりと跳ねのけた。
「嫌だね。欲しけりゃ別の場所を探すんだな」
「ちぇっ、ケチな男は嫌われるぜ!」
悪態をついたオクタンは、ヤケクソのように興奮剤を注入し、レイスの横を風のように駆け抜けていった。
「しょうがないわね、あの二人は」
レイスはため息混じりに呟き、とりあえずその場に留まっていたミラージュの側に寄る。
「装備は揃った? 行くわよ、あっちに敵がいる」
「い、いや……その、まだこれだけだ」
ミラージュはオクタンから死守したピースキーパーを抱え、申し訳なさそうに眉毛を下げた。かろうじてレベル2のアーマーだけは確保していたが、これで戦うのは心許ない。この分だと、きっとオクタンも大差ない装備だろう。
「呆れた……地上に降りてから何やってたのよ?」
「すまねえ、オクタンに絡まれちまってよ」
「イチャイチャの間違いじゃないの?」
「なに? ちょっと待て。レネイ、それはどういう……」
「ヒャッハー!」
遠くからオクタンの声が聞こえる。
声の方向に目を向けると、そこには勢いよくジャンプパッドがら飛び出し、火の輪くぐりに勤しんでいる彼の姿があった。
「見てろよ、アミーゴ! 紫アーマーをゲットしてやるぜ! くそっ、痛ぇ!……俺を撃ってるのか!?」
あまりにもお約束の展開に、レイスは思わず頭を抱えたくなった。しかし、そうもしてはいられない。
すぐさま気を取り直し、ミラージュに発破をかける。
「行くわよ、エリオット!」
「お、おう」
二人は急いで銃声のした場所に向かったが、時すでに遅く、案の定オクタンは物言わぬ姿となり果てていた。
「ちっ、バカが……」
ミラージュは舌打ちし、すかさずデコイを出すと、オクタンから装備を剥ぎ取ろうとしている敵めがけてショットガンを放った。
おそらく、ほとんど空っぽであろうバックパックを漁っていた一人が倒れる。
慌てたようにデコイを撃っているもう一人をレイスが仕留め、逃げ出した最後の敵をミラージュがキルした。
「ふう、世話焼かせやがって」
ミラージュは、倒れているオクタンの腕から、そっとバナーを抜き取った。そして、削れていた体力の回復もしないまま、近くのリスポーンビーコンへと急ぐ。
問題児の世話を全面的にミラージュに任せることにしたレイスは、一足先に物資を頂く事にした。
あっけなく全滅した敵部隊は、どうやら全員新兵だったようだ。
APEXゲームでは感傷に浸っている間などない。
現れる敵は、それがレジェンドだろうが新兵だろうが、すべて倒さなければならないのだ。
ドロップシップの轟音を聞きつけて、すぐに別の部隊がやって来るだろう。
「戻ったぜ、アミーゴ!」
リスポーンされたオクタンが、ピースキーパーを抱えて全速力で走ってくる。それは、最初にミラージュが手にしていたものだった。
「あら、結局貰ったの?」
「なんやかんや、優しいよな! ミラージュって」
「……そうね」
「けど、相変わらずダッセエ武器使ってんな、あいつ」
オクタンが楽しげに頭を揺らしながら、ケラケラと笑う。
武器のカラーリングはスキンと呼ばれ、各自の好みに合わせて設定したデザインが反映される仕組みになっている。ミラージュのピースキーパーはデモリッシャーという、彼のテーマカラーである黄色を基調にしたポリスラインのようなデザインだ。
警戒せよ、という意味が込められているかどうかはともかく、目立ちたがりのミラージュらしい選択と言える。
ダサいとケチを付けつつも、そのまま背中に担ぐオクタンを見て、レイスは密かに微笑ましい気分になっていた。
「自分のスキンに変えればいいじゃない」
「……面倒クセェからこれでいいよ。性能は同じだろ? それよか、ショットガンボルトがあったら教えてくれよな。あと、プレ……プレなんとか、なんだっけ?」
「チョーク?」
「そうそう、それそれ」
そこへ、ゼエゼエと息を切らしながらミラージュが到着する。
「待てよオクタン、命の恩人の俺を置いて行くなって。逃げ足だけはいっちょ前だな、まったく」
「ありがとな、ミラージュ!」
屈託なく礼を言われて、ミラージュは一瞬面食らった顔になったが、すぐに口元を綻ばせた。
「ま、いいさ。その代わり倍にして返せよ?」
「任せろ。ちょっくら、あの辺を偵察して来るぜ」
さっきの事も忘れたように、オクタンは再び次のエリアに向かって駆け出して行った。
レイスはその後ろ姿を見送りながら、含み笑いでミラージュに話し掛けた。
「……ケチな男って言われたの、気にしてるの?」
「な、なんで俺が? そんなわけねぇだろ。せっかくリスポーンしてやったのに、武器がなくてまた死なれても困るからな。ここはひとつ、大人の余裕ってやつをだな……」
「敵がいたぞ、やるか!?」
二人の会話に割り込む形で、またしてもオクタンの叫び声が聞こえてくる。
「やれやれ、ゆっくり戦略を練るヒマもねえのかよ。APEXゲームってのは幼稚園かなんかか? 子守しながら戦うのも楽じゃねぇよな」
ミラージュは軽く肩をすくめて、一目散にオクタンのもとに走って行く。
「戦略ね……」
レイスはその背中を追いかけながら、跳ねるような足取りのミラージュに向かって心のなかでつぶやいた。
――エリオット、あなた嘘をつくのが下手ね。
楽しくて仕方ないって、顔に書いてあるわよ。
「ヤベえ! なんかゴキブリみたいにいっぱいいるぞ!」
「レネイ、早く来てくれぇ!」
前傾姿勢で走るレイスの前方で、オクタンのピースキーパーとミラージュのモザンビークが乾いた銃声を響かせる。
晴れ渡ったキングスキャニオンの空は、今日もなんやかんやと騒がしい。
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