Part1(オクタン)
翌週からゲームの舞台はキングスキャニオンへと移った。
試合前に親父から届いたプレゼントは、シルバ製薬のロゴがでかでかと貼り付けてある新しいスキンだった。
それまでいくらスポンサーだからって、“シルバ製薬”という文字すら身に付けるのが嫌だったが、作戦のためには仕方がねぇ。
ロッカールームで着替える俺を見たエリオットは、いぶかしげに眉をひそめた。
「お前、背中に何て書いてあるかよく読んだか?……一体どういう風の吹き回しだ?」
「これは単なるビジネスだって思うことにしたのさ。スポンサーの顔を立てるのも、俺らの仕事の内だろ?」
「それにしたって……お前、何だかこの間からやけに浮かれてるけど、大丈夫か? プサマテで何があった?」
エリオットは何度目かの同じ質問を俺に投げかけてきたが、俺もまた「そのうち分かるぜ」と、同じ答えを口にした。
今はそれ以上、話すつもりはない。
ことは慎重に運ばなきゃな。エリオットには悪いが、今回は絶対に失敗したくないんだ。
敵を騙すにはまず味方から、って言うだろ?
「ドゥアルド・シルバの番犬が、ようやく正体を現したのか。……いや、それとも開き直ったのかな」
共有スペースへ向かうと、クリプトが俺を見るなり皮肉っぽい言葉を投げつけてきた。
同じフロアで待機していたアジャイやワットソンがこっちに目を向け、エリオットが驚いたように目を見張る。
「……クリプちゃん? そりゃあどういう……」
「シルバに聞け。そいつの父親がすべての元凶だ」
「親父は俺に何も教えちゃくれねえよ。俺は何も知らねぇ……」
俺はそうとぼけたが、クリプトはますます疑り深い目で俺を見た。
「そうかな? 隠れてコソコソ嗅ぎ回っているのを俺は知ってるぞ」
「それは……」
言い淀んだ俺を、すかさずエリオットが庇った。
「何のことを言ってるのか知らねぇが、俺はオクタビオを信じてるぜ。こいつは嘘をつくような奴じゃねぇってな。この俺が言うんだ、間違いない」
「ずいぶんと過保護なんだな。だからそいつがつけ上がるんじゃないのか。お前なら奴を全肯定してくれるからな」
クリプトが、せせら笑うような口調でエリオットに矛先を向けた。
急に漂いはじめた不穏な空気に、アジャイとワットソンは顔を見合わせ、不安げに成り行きを見守っている。
「だが俺は違う。こいつは自分と父親を守るために、オリンパスを危険に晒したんだ。疑われて当然だろ? お前も寝首をかかれなきゃいいけどな」
「おい……!」
エリオットの両手が、今にも殴り掛かりそうな勢いでクリプトのジャケットの襟を掴み、ぐいと引き寄せた。
「そんな言い方はねぇだろ? 急にどうしちまったんだ、クリプト? 今まで一緒に戦ってきた仲間じゃねぇか。お前は確かにいけ好かねえ野郎だが、むやみに仲間を疑うような奴じゃないって思ってたぜ」
「やめろって!」
俺はたまらず二人の間に割って入った。
俺が疑われるのはしょうがねぇとしても、エリオットとクリプトには無駄に喧嘩してほしくない。
「なんだよ、黙って聞いてろってのか? お前もなんか言い返せよ」
「言えるはずないだろ……なあ、シルバ? 父親との密会は上手く行ったか?」
勝ち誇ったようなクリプトの言葉に、俺は思わず自分の耳を疑った。
なんでかは分からないけど、クリプトは俺が親父と会ったことを知ってる。
まさか俺のパソコンやら端末をハッキングしたのか? ドローンで後をつけた?
「どういうこと? あんたドゥアルドに会ったの?」
アジャイが俺に鋭い目を向ける。
――ああ、くそ、イライラするぜ。
なんでどいつもこいつも俺を放っておいてくれないんだ? あんたの許可がなけりゃ、自分の父親にも会っちゃいけないのかよ?
黙って俺の好きにやらせろよ。
そうすりゃ、全部うまくいくんだ。
横からとやかく言われるのはもうウンザリだぜ。
「だったらどうなんだよ?」
しまったと思っても、もう遅い。
開き直った俺の口は止まらなかった。
「お陰様で俺たちの関係は良好さ。シンジケートの真のトップが誰なのか、そのうち分かる。あんたが探してるっていうエルマナのことだって、俺が親父に口を聞いてやってもいいんだぜ?」
「ふざけるな……」
クリプトの顔色が変わって、目に怒りの色が滲んだ。
「オク? お前……何言ってんだ」
エリオットだけが、その場の空気に取り残されたみたいな顔をしていた。
俺とクリプトとを交互に見て、それからぐるりとその場を見渡す。誰も何も言わなかった。
「まったく、お前はどこまでもおめでたい奴だな、ウィット」
力の抜けたエリオットの手を引き剥がし、クリプトは俺に一瞬だけ目をくれて共有スペースを出ていった。遠巻きに見ていたワットソンが、泣き出しそうな顔をしながらクリプトの後を追う。
俺たち三人の間に、重苦しい空気だけが残された。
「フフフ……仲間割れか? 皮付きが口にする信頼という言葉の、何と安っぽい響きよ……」
天井から、俺たちを嘲笑うかのような低く、くぐもった声が聞こえてくる。
いつからそこにいたのか、レヴナントは音もなく床に降り立ち、そのまま出口へと消えていった。
《続く》