Part1(オクタン)
「ここもだめか」
エステートの隠し部屋を出て、俺は短く舌を打った。
あれから一週間、ゲームの内外を問わずめぼしい場所を探し回っているが、これといった収穫はなかった。
開幕から続いてるオリンパスでのゲームも今日で終わりだ。来週からは、キングスキャニオンに戻らなきゃならない。
「おい、勝手な行動もほどほどにしておけよ。リングが来る」
チームメイトのクリプトが、立ち止まってぶつぶつ言っている俺の後ろから移動を促した。
「分かってるって。……けど、親父の奴、なかなか尻尾を見せねぇな」
「……本気で探しているのか?」
追い抜きざまにボソリと投げかけられた言葉に、踏み出そうとした足が思わず止まる。
「そりゃどういう意味だよ? 俺はいつだって本気だぜ」
「そうか? 証拠を探すふりをして、いつかみたいに隠蔽する事だってできるからな」
振り向いたクリプトの表情はよそよそしかった。
俺の頭に一気に血が登り、そして急激に引いていった。
「お前、俺を疑ってんのか? 俺が親父とつるんでるって?」
「そう思われても仕方ないだろう? 蛙の子は蛙、はっきり言って、俺はお前を信用していない」
「あいにく、シンジケートは俺の趣味じゃないんでね!」
冷ややかな横顔に向かって強気に言い返したが、心中は穏やかじゃなかった。
あのイカロスの事件の後も、クリプトの態度は変わらないように見えたし、それは他のレジェンド達も同じだ。
俺は自分が疑われてるなんて、これっぽっちも思ってなかったんだ。だから、クリプトに親父と同類だと言われたことは、少なからずショックだった。
いくらあいつとは関係ないって思ってたって、俺の中に流れてる血は変えられない。その事実を改めて突き付けられた気がした。
クリプトは、棒立ちになった俺に「先に行くぞ」と言い残し、ポケットに手を突っ込んで走って行った。その先には、レイスがポータルを引いて待っている。
もしかして、レイスもそう思ってるのか? いや、それどころか、他のみんなだって、クリプトと同じように思ってるのかもしれない。
キャップに押し込められた髪の間に、嫌な汗が滲んだ。
蛙の子は蛙。
その言葉が、まるで呪文みたいに俺を縛って動けなくする。自分の心臓の音だけがやけに大きく聞こえて、いくら息を吸っても息苦しさは増すばかりだ。
俺はもう大丈夫だと思ってたはずなのに、情けねぇったら……。
「オクタン、どうしたの? 合流するわよ。あなたが切り込み隊長でしょ?」
無線から聞こえるレイスの声は、いつもと変わらず冷静だった。それに救われた気持ちになる。
俺は無心で興奮剤を突き立て、走り出した。
ゲームに集中しろ、オクタビオ。余計なことは考えずにやるしかねえ。
だが、一度生まれた疑問は、こぼれたインクみたいに心の中に広がって、俺の気持ちを乱した。
ちゃんと撃ってるつもりなのにエイムがバラついて、キルどころか大したダメージも稼げない。
挙句の果てに、俺はゲーム中盤での戦闘で目測を誤り、気が付いた時には、オリンパスのあちこちに意地悪く口を開けている空洞に落下していた。
一人少なくなったチームが不利なのは当然だ。
リスポーンエリアで目を覚ますと、ちょうど部隊が全滅するところだった。
俺はクリプトとレイスが戻ってくる前に、足早にロッカールームへと向かった。
何となく、誰とも顔を合わせたくなかった。
「よお、オクタビオ」
俺の意に反して、ドアを開けるなり耳に飛び込んできたのは、エリオットの間延びした声だった。トレーニングウェアの前をはだけて、シャワーを浴びたばかりの髪がまだ濡れている。
「エリ……」
すぐに抱きつきたい衝動をこらえて、俺はエリオットの目の前で足を止めた。
「なんだ、お前もやられたのか。 俺らってホント、仲良しだよなぁ?」
俺を見て目を細めるエリオットに、マスクとゴーグルをしたまま頷いた。なんだか胸がつかえて、うまく言葉が出てこない。
さっきのゲームでの出来事なんて知るはずもないエリオットは、弾むような笑顔で話し掛けてくる。
「まあ、戦績はともかくとして、今日でひとまずオリンパスとはお別れだ。久しぶりに奮発して、デュオニソスで飯でも食わねぇか? ここんとこデートらしいデートもしてねぇし、今夜くらいはゆっくり過ごすのも悪くねぇだろ?」
濡れて縮れた前髪から、水滴がぽたりと流れ落ちた。お喋りに気を取られて、髪を拭くのも忘れているらしい。
俺はエリオットが持っていたタオルを手に取って、優しく頭を拭いてやった。
「風邪ひくぜ」
「おっ、おう、サンキュー」
エリオットに触れているとほっとする。
張り詰めてた糸が急に緩んで、つい甘えたくなっちまう。その気持ちを誤魔化すように、俺は力を込めてゴシゴシとエリオットの頭をこすった。
「おい、オクタビオ。拭いてくれるのは嬉しいが、もうちょい優しくしてくれないか? 俺の大事な前髪が無くなっちまう」
「どうせ全部ヘアプラグなんだろ? 心配ねぇって、抜けたらまた植えりゃいい」
「失礼な、全部じゃねえぞ。いや、待て、本気にするな? あれはほんの冗談だ」
大げさに慌ててるエリオットを見て、強張ってた頬が自然と緩んだ。……ここにお前が居てくれてよかったぜ。
俺はマスクを顎に引っ掛けて、控えめにあいつの唇にキスした。すぐに離れようとしたのに、エリオットは俺の腰を抱き留め、有無をいわさず唇を重ね合わせた。
「なんだか元気がねぇな?」
心の内側を探るように、あいつの舌がゆっくりと口の中を撫でていく。
邪魔だって言ってゴーグルを外そうとする手を、俺はそっと押し留めた。
今は顔を見られたくない。
遮るものがなにも無くなったら、俺はきっとこいつに抱かれたくなる。
「悪いけど、これから行かなきゃならねえとこがあるんだ」
「ハァ……また例のアレか?」
「ソラスに戻ったら、今みたいに自由にできなくなるだろ」
「俺は? 待ってるだけか?」
俺は黙って頷き、不服そうなエリオットの頬を撫でた。
心配すんな。
お前は待っててくれたらそれでいいんだ。
誰にどう思われようと、俺にはお前がいる。
それだけで十分さ。
俺はソラスには帰らずにプサマテに残り、シルバの屋敷に乗り込むことに決めた。
大事なものなら、もっと自分の近くに隠してあるはず、親父の懐に潜り込むのは気が進まねぇが、このままモヤモヤしてるのはゴメンだ。
早々に決着を付けてやる。