Part1(オクタン)


「俺はもう決めたんだ。オリンパスで親父の隠したお宝を探し当てるまでは帰らねぇ」
キッチンで夕食の支度をしているエリオットに向かって、俺はソファーの上からそう宣言した。
狭いダイニングを飛び越えて、エリオットの呆れたような声がリビングに届く。
「やれやれ、またお前の厄介な虫が騒ぎ出したのか? 別れ話なら、ついこないだ聞いたばっかだぞ。相変わらず、ブーメランオクタビオは忙しいな……」
「そんなんじゃねぇって!」
俺は大声でそれを遮った。
エリオットはちょっとしたネタのつもりだったのかもしれないが、こっちは真面目に話してるんだ。
家に帰ってからもモヤモヤが収まらない俺は、エリオットに聞かれるまでもなく、自分から今日の出来事と不満をぶちまけていた。
もちろん、その前にちゃんとおめでとうのキスはしてやったぜ。エリオットに罪はねぇからな。
下ごしらえの済んだグリル用の肉をオーブンに入れると、エリオットはリビングにやって来て、クッションを抱えている俺をなだめに掛かった。
「そう悪い方に考えんなって。ライフラインはお前の事が心配なんだよ。覚えてるか? お前がプラウラーに義足を食いちぎられた事があっただろ」
「ああ、覚えてるぜ。あん時だって、アジャイは俺にスーツを着て退屈なデートに行けって言ったんだ。余計なことはすんなって。マギーもアジャイも、俺の事をバカだと思ってる。けど、俺だっていつまでも同じじゃねぇんだ、それが間違いだってことを証明してやるぜ」
「オクタビオ」
エリオットは困ったように笑い、ソファーの上でしかめっ面の俺と向かい合った。
「俺は言ったろ? お前はそのままでいいって。俺が料理をしてるのはそれが得意だからだし、お前が俺の家に住んでるのだって、その方が色々都合がいいってだけで、なんて言えばいいんだ……俺が一方的に、お前の面倒を見てるわけじゃねぇ。俺はお前のいいとこだっていっぱい知ってる。ライフラインだってそうさ」
「でも、一人じゃ何もできねぇって思われるのはムカつくぜ」
「だからって、今さら別居することはねぇだろ? 話が飛躍し過ぎだぜ、まったく……」
エリオットが手を伸ばして、俺の両耳を優しく揉んだ。どこで仕入れてきた知識なんだか、ストレスは耳に現れるんだって言って、たまに確認がてらマッサージされる。
いつもは気持ちいいだけなのに、今日はやけにエリオットの手が熱く感じた。
鈍い痛みに、思わず片目をつぶって首をすくめる。
エリオットは手の力を緩めて俺の目を覗き込んだ。
「宝探しもいいが、ちょっと無理しすぎてるんじゃないか? なにもアウトランズの未来を、お前一人で背負い込む必要はねぇだろ?」
「お前の親父がその未来をぶっ壊そうとしてたら? 同じことが言えるか?」
「そうだな、あの親父にそんな気概があったのかって、逆に尊敬するかもしれないな。少なくとも、怪しげなジューサーを売り歩くよりはロマンがある」
「……お前はのんきでいいよな」
俺は少し腹を立ててエリオットの腕から逃げた。
どこまでも軽いノリのこいつが恨めしかったのかもしれない。
エリオットは、俺が密かにオリンパスを捜索してることについてはノータッチだ。特に何を言うでもなく、付かず離れずで見守っていてくれる。
そのへんの距離感は心得たもので、俺はそれに感謝してるはずなのに、他人事みたいな言い方をされたからって八つ当たりするのはお門違いもいいとこだ。
エリオットだって、何も考えずに生きてるわけじゃない。死んだ兄弟や離れて暮らしてる母親のこと、さっきの父親の話だって、俺にはあんまりしないけど、きっと何処でどうしてるのか気になってるはずだ。
なのに、普段は飄々としてそういうのを感じさせないのがエリオット・ウィットって男で、俺は時々、かなわねぇなって思うこともある。
お前より大人なんだってエリは笑うけど、俺はその大人ってやつに、いつになったらなれるんだろう。
アジャイだってそうだ。
俺よりも先にやりたいことを見つけて、外の世界に出て行ったあいつは勇敢だった。俺はいつも後を追いかけるばっかで、肩を並べたはずの今だって、アネキには勝てねぇって思いがどっかにある。
俺はマギーの言うとおり、うまそうなエサに飛びついて走り回ってるだけの子供なのか?
……何だか頭が痛くなってきたぜ。
ゴチャゴチャ考えるのは苦手だってのに、面倒くせえことが次から次へと俺の後を追いかけてくる。
それもこれも、あの親父がバカげたことをしでかしたせいだ。俺は何も考えずに、ゲームで暴れてればそれで楽しかったのに。
人生ってやつは、いつからこんなに複雑になったんだよ?
「はぁーあ!」
俺はでっかいため息と一緒に、エリオットに向かって倒れ込んだ。そのまま寄りかかった身体を包むように抱きしめられる。
受け止めてくれる腕と胸の確かさに安心して目を閉じると、俺の腹がぐうと鳴った。
「まあ、飯でも食って落ち着けよ。人間、腹が減ってると何かとイライラするもんさ。……ほら、お肉が焼けたぜ」
キッチンから漂う香ばしい匂いに、俺は思わず鼻をピクピクさせた。
今夜のメニューは、スパイスをたっぷり効かせた鶏肉と野菜のグリルにサフランライス、トルティーヤとチーズとアボカドのスープは俺の好物だ。どれも文句なしにうまいに決まってる。
エリオットに促されるままダイニングテーブルに着くと、空きっ腹の俺の目の前に次々と皿が並べられていった。
食欲をそそる黄金色のチキンと、赤や緑や黄色といった色とりどりの野菜、極めつけによく冷えたビールをグラスに注がれれば、もう俺は黙って降参するしかなかった。
フォークとナイフを操る俺を、エリオットが満足そうに見つめている。
何も変わらない、いつもの光景だ。
「俺たちはこれでいいんだよ。そうだろ? オクタビオ」
エリオットは、ビールの泡を口の周りにくっつけながら、にこやかに頷いた。
こいつはいつも、俺と自分の未来が明るいことを信じて疑わない。
それなら俺もそれに乗っかるまでだ。
我ながら笑っちまうくらい単純だけど、うまい食事とエリオットの与太話で腹いっぱいになる頃には、家を出ていくっていう考えは俺の頭からすっかり消え失せていた。
外がどんなにひどい嵐だとしても、この家の中はいつも暖かくて、エリオットの愛情で満たされている。
それを二度も手放すほど、俺は愚か者じゃない。

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