Part3(オクタン)
選挙はドゥアルド・シルバの圧倒的勝利だった。
勝利宣言のセレモニーを終えた俺たちは今、プサマテの衛星デュオニュソスにある高級ホテルで、祝賀パーティーに参加している。
きらびやかなホールの片隅で、主役のひとりであるはずの俺は、ただ現実感もなく突っ立っていた。
ドゥアルド・シルバは大勢の支持者達に囲まれ、勝利者としての栄光を享受している。
すげえだろ? あれが俺の親父なんだぜ?
そう思っていたのは、つい数時間前までの話だ。
セレモニーの後、俺は親父の口から、思いもよらない事実を明かされた。
――トーレス・シルバ。
それが、父親だと思っていた男の本当の名前だった。
トーレス・シルバとは、偉大なシルバ製薬の創始者で、俺とは血の繋がった祖父でもある。
すなわち、あの死亡証明書の主、ドゥアルド・シルバの父親だ。
正直俺は、今の今までその存在すら忘れていた。
とっくの昔に死んだのかと思っていた。
直接会ったこともなければ、思い出話を聞いたこともない、俺にとっては歴史上の人物みたいなもので、シルバ家がプサマテでも指折りの巨大な富と権力を持つことができたのは、祖父が未知のエネルギーだったブランシウムに投資したからだという話だって、ローバから聞いて初めて知ったくらいだ。
トーレスは、俺の本当の父親が死んだ事を告げ、その身元と名前を受け継いだと語った。
彼のことを愛していたからだ、と。
そして、シルバ製薬の全てを持ってしても、彼を救えなかった事を悔いていた。
「嘘や陰謀の時間は終わりだ。これからは、真実だけを語ると誓おう」
そうは言うものの、俺にはその真実について深く考える余裕もなく、頭の中で散らかったピースを拾い集めるので精一杯だった。繋ぎ合わせようとしても、何かが邪魔をしてうまくいかない。
俺の反応を楽しむかのように、トーレスは仕込み杖の柄から注射器を取り出し、おもむろに自分の腕に突き立てて見せた。
シリンジの中には、興奮剤によく似た緑色の液体が波打っている。
その薬品の注入によって、奴の肉体が生気を取り戻していくさまを、俺は不思議な気分で見守っていた。
どうやら、この興奮剤の強化版みたいな薬を摂取すると、気分が良くなって脚に力が入るらしい。
「百歳の誕生日を迎えるわりには、良い男だろう?」
自らを老人と称する男は、満足気に深く息を吐いた。
それが本当なら、これはまるで夢みたいな薬だ。
いや、夢は夢でも、どっちかと言えば悪夢の方かもな。
そうやって、何十年もの間、あんたは自分の息子のふりをして生きてきたっていうのか。
シルバ製薬のCEOとして、シルバ家の当主として、そして、俺の父親として……。
それをどう理解すればいいのか、俺には分からなかった。
考えようとしたが、頭がうまく回らない。
あれほど探し回っていた親父の秘密を手に入れたっていうのに、達成感とは程遠く、シンジケートのトップに登り詰めた父親に対する誇らしさも、自分がその勝利に貢献したという自信も高揚感も、今はもう過去の感情だ。
「探したぞ、オクタビオ。そんな所で何をしている?」
威圧的な声が、俺を現実に引き戻した。
優雅に杖を従え、自信に満ちた足取りで歩いてくる。
ここにいる誰ひとりとして、この男が百歳の老人だとは思うまい。
「こっちに来て、皆に顔を見せてやれ。この勝利は、お前がシルバの人間だという資格の証明でもあるのだ。胸を張るがいい、我が息子よ」
「……ああ、分かったよ、親父」