Part1(オクタン)
「よう、お坊ちゃま。収穫はあったかい?」
ゲームを終えてシップに戻ってきたマッド・マギーが、ロッカールームの前で俺に声を掛けてきた。
ここ最近、ドゥアルド・シルバ――俺の親父が、アウトランズのあちこちで人を集めてるって情報について、アジャイと話をしてたところだ。
親父はさっそくオリンパスの墜落をシンジケートのせいにして、死刑囚のマギーをAPEXゲームに送り込んだことを非難しているらしい。
厚顔無恥ってのは、まさにあいつのことを言うんだな。
全部自分が仕組んだことだっていうのによ。
濡れ衣を着せられたマッド・マギーが、親父をぶっ殺して奴の血を味わいたいなんて物騒なことを言うのも当然だ。
たぶん冷たくてまずいぞと教えてやったが、マギーなら本気でやりかねない。なんせ、護送中に挑発してきた兵士の頸動脈を食いちぎったらしいからな。
ソラスでの事件のせいで、アジャイは彼女を良く思ってないようだが、俺は結構そうでもない。
あの親父の顔にひっかき傷を付けるなんて、なかなかやるじゃねぇかと思ってる。
俺はぶっ飛んでる奴が好きなんだ。アネキの手前、おっきな声じゃ言えねぇけど。
マギーは親父が単身でオリンパスにやって来たことを不審がっていた。金も権力も持ってる組織のトップが、わざわざ汚れ仕事なんかするはずがないって。
あのマッド・マギーがまともな分析をしたことに驚きつつ、アジャイは親父が何か重大な秘密を隠してるんじゃないかと言った。
確かに、誰にも知られたくないからこそ、一人で行動に移したって考えれば辻褄が合う。
何かのデータなのかモノなのかは分からねぇが、とにかくそれを突き止めれば、今度こそあいつの悪事を暴くことができるかもしれない。
そうときたら今度は俺の出番だぜ。
俺はドゥアルド・シルバのことを良く知っている……ってほど親子の関わりなんかねえけど、少なくとも宝物を隠しそうな場所にはいくつか心当たりがあった。
俺はその証拠とやらを掴むために、オリンパスにあるあいつの別宅や研究所を捜索することにしたんだ。
それがつい二、三日前の話だ。
アジャイはあんまりいい顔をしなかったけど、俺が成果を上げればすぐに気が変わるさ。
誰かと殴り合いでもしたのか、目の下にどす黒いアザを作ったマギーに向かって俺は言った。
「いや、さっぱりだ。てか、そのお坊ちゃまってのはやめてくんねえか?」
「なんだ、威勢のいいことを言った割には大したことねえな。その脚は飾りかい?」
マギーは口元を歪めて笑い、真新しい金歯を光らせた。
死刑囚でも、ちゃんと歯医者には行かせてもらえるんだな……なんて、変なとこに感心してる隙に、横からアジャイが口を挟んできた。
「マギーってば、あんまりオクタビオを焚き付けないでくれる? こいつ、後先考えずに突っ走る癖があるから」
俺はうんざりして、説教を始めようとするアジャイに向かって反論した。
「またかよ、チカ。お前はいつもそうやって俺を半人前扱いするよな。俺だってレジェンドとしていっぱしの成績をおさめてんだ。いい加減認めてくれたっていいんじゃねぇか?」
「そういう事はゲームだけじゃなくて、人として自立してから言いなさいよ。ミラージュがいなかったら、満足にご飯だって食べられないくせに」
「そりゃ誤解だぜ。俺だってやればできる」
「ふぅん? いつだったか、あたしに電話で泣きついてきたのはどこのどなたでしたっけ?」
アジャイは憎たらしく笑い、ロッカールームへ歩いて行っちまった。
「……ミラージュは関係ねえだろ」
俺はマスクの下で唇を尖らせた。
いつだってあいつはああなんだ。俺のことを取るに足りない子供みたいに言いやがって、人の話をまともに聞きやしねえ。
「おやおや、あんたのアネキは手厳しいね。しょうがねぇか。男なんてのは、いつまでたってもションベン臭えガキみてぇなもんだからな」
「……俺って臭いか?」
マギーに言われて自分の身体をくんくんと嗅いでみたが、特に変な匂いはしなかった。いい匂いでもないけど。
マギーは呆れたように俺を見て首をすくめた。
「おまけにおバカさんときてる。わざとやってんのか?」
「ハァ? 俺をまたバカって言ったな。アジャイといいあんたといい、なんだよ偉そうに」
「あのお嬢ちゃんは、ちゃんと自分ってもんを持ってるからな」
マギーはふんぞり返って俺を上から見下ろした。
バンガロールほどじゃねぇが、こいつも俺よりちょっとだけデカいのが癪にさわるな……。
「それに引き換え、あんたにはビジョンってもんがないんだよ。うまそうなエサを見つけては何も考えずに飛びついて、それを自由だって勘違いしてるのさ。どっかのヒゲと一緒だな。ちっ、あの野郎、思いっきり殴りやがって……」
マギーは思い出したように目の下のアザをさすり、さっきのゲームでやり合ったらしいヒューズに文句を言いながら行っちまった。
残された俺は、釈然としない気分でロッカールームのドアを開け、乱暴に装備を脱ぎ散らかした。
それじゃまるで、俺とヒューズに脳みそが入ってないみたいじゃねぇか。アジャイの、俺がエリオットの付属物みたいな言い方にも大いに不満がある。
あいつらにエリオットが怪我したときの俺の活躍ぶりを見せてやりたかったぜ。
料理だってちょっとは上手くなったし、掃除だって洗濯だってぜんぶ俺がやったんだ。
もし俺がいなかったら、エリの方こそ大変だったんだからな!
俺だって、役に立ってる……そうだろ?
もやもやとした気分のままシャワーで汚れを落とし、帰り支度を済ませた俺は、共有スペースに向かった。
エリオットはまだ戻ってきていないようだ。
通りすがりに、隣のブースにいたクリプトにいつものように声を掛ける。
「よお、クリプト。今日は早いお帰りだな。ハックのご機嫌でも悪かったのか?」
パソコンの画面とにらめっこしていたクリプトは、ちらりとこっちを見ただけで再びモニターに目を移した。
「まあ……そんなところだ」
もともとそんなに愛想のいいタイプでもない。疲れているのかと、素っ気ないクリプトの態度を特に気にする事もなく、俺は自分のブースに陣取り、ヘッドホンでお気に入りの音楽を聴きながら、乾いた喉にエナジードリンクを流し込んだ。
お馴染みのドリンクの缶には、ポーズを決めた自分のイラストがプリントされている。買った本数に応じて、好きなレジェンドのグッズと引き換えられるってキャンペーンの最中だった。
「誰がどう見たって、俺はAPEXの看板レジェンドだろ?」
俺を表紙にした雑誌はバンバン売れるし、CMやスポンサーの誘いはひっきりなしだ。
なにより、オクタンのいないゲームはつまらない、みんながそう言ってる。
分かってねぇのはアネキの方だぜ。
俺は空になった缶を放り投げて、体がすっぽり隠れるほどの大きなゲーミングチェアに寄り掛かった。
いつの間にか、うとうとしちまったらしい。
マスクがずらされ、唇にふにゃりとした感触を覚えて目を開けると、そこには試合を終えたエリオットの顔があった。
「起きろよ、ねぼすけ。居眠りは終わりだ。ったく、こんなやかましい音楽を聴きながらよく眠れるな」
エリオットは俺の頭からヘッドホンを外し、派手な音漏れに顔をしかめてプレイヤーのスイッチを切った。
「あれ、俺は寝ちまったのか。ゲームは?」
「もちろん勝ったぜ。褒めてくれ、ダーリン」
ニヤリと笑ってそう言うや否や、エリオットはぐるりと椅子を回転させ、通路に背を向けた俺の膝の上にまたがって、キスをねだってくる。
コースティックが無表情で俺たちの背後を通り過ぎ、ブラッドハウンドの肩にとまったアルトゥルが「カァ!」と、ひと声鳴いた。
続けて共有スペースにアジャイが戻ってくるのが見えて、俺は慌ててエリオットを押しのけて椅子に座り直した。
「やめろ、みんなが見てる」
いきなり拒絶されたエリオットは、きょとんとした顔で、行き場を失った両手を宙に浮かせている。
「別に見られたってどうってことねぇだろ? どうしたんだ急に……」
「どうもしねぇよ。今はベタベタしたくないってだけだ」
俺はそっぽを向いてマスクを付け直した。
さっきあんなことを言われた手前、なんとなくエリオットといちゃつくのはきまりが悪い。
しばらく膝の上に乗っかったまま所在をなくしていたエリオットだったが、俺の機嫌が悪いのを察したのか、急に気を取り直したように立ち上がった。
「オーケー、分かったよ。どうやら俺のオクティは虫の居所が悪いらしい。とりあえず、今はおとなしく退散した方が良さそうだな。ご褒美はまたあとで頂くとするぜ。忘れんなよ?」
そう言って、去り際に俺の頭を軽くひと撫ですると、
「あと3ポイントでミラージュ様のぬいぐるみが貰えるんだ、大事に取っとけ」
と、床に落ちていたエナジードリンクの缶を拾い上げ、ウィンクと一緒に投げてよこした。
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