第5話
name change
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「ルパンじゃない、綾だったんだ。……そうだ。彼女のデータを洗ってくれ」
ジョンがどこかに連絡を取っている。
それを聞いてもまだ、彼が何を言っているのか分からなかった。
私は呆然と立ち尽くしたままジョンの横顔を見つめていた。
頭の中はクエスチョンマークでいっぱいで、まったく思考がまとまらない。
「綾」ジョンが厳しい表情で私の名前を呼んだ。断続的に端末に表示される文字を目で追っている。
「この世界で君だけがルパンを知っていたのも、これで理由がついたな」
「どういう、こと……?」
話が見えなくて困惑した。
「分からないのか? それとも分からないフリか」
ジョンが振り向いた。頭ひとつ上から注がれた彼の視線は、今までとは打って変わって氷のように冷たい。
「本当に分からないの」
「この世界の人間じゃないのは君だ、綾。我々が追いかけるべき人物は君だったんだ。君はOLではなく、まだ18……高校生だな。やっと腑に落ちたよ。やけに職場が緩いのも、酒が苦手なのも、全部本来の君に経験がないからだ」
「そんな……」
「別世界で自分ではない誰かを演じているだけだ。思い出せ、綾。君は元の世界で逃げ出したいほどの、自分でいたくないほどの何かがあったんだ」
「知らない」私は首を振った。
私は23歳のOLで、高校生のはずがない。高校なんてかなり昔の話で……。
むかしの……。
「あぁ、成程」ジョンが端末を見ながら言った。
「元の世界で君は……」
「やめて!」私は叫んでいた。
「知らないってば!」
耳をふさいだ。涙が勝手に流れてぽたりと落ちる。
「そうやって逃避して、君はこの世界へやって来た。君の都合のいいように回る世界は居心地が良いか?」
聞きたくないのに、ジョンのよく通る声は勝手に私の耳に入り込んでくる。そして、ガラスの棘のように私の耳に突き刺さった。
「違う」私は小さく首を振った。「違う……」
ジョンは空いていた片手で私の顎を掴んで上向かせた。見たくもないのにぐっと顔を近づけられて、ジョンの顔が視界いっぱいに広がる。
「君は自分の世界に帰りたくないんだな」
ジョンの言葉に私は思わず息をのんだ。
それを認めることは、今の私が本当の私ではないと認めることだ。
(怖い)
恐怖が足もとから這い上がってくるようだった。身体が小刻みに震えているのが分かる。
そんな私を見下ろしながらジョンは続けた。
「君がこの世界に執着しているのは、ルパンが好きだからじゃないんだろう。元の世界に帰りたくないからだ」
「ちがっ……」
「違う? ならどうして君は泣くんだ?」
顎を掴んでいた手が離れたかと思うと、今度は私の頬に触れた。涙を拭うように親指でそっと撫でられる。
「泣こうが喚こうが、君は帰らなければならない。この世界が壊れてしまう前に」
子供を諭すような、静かな声だった。しかし声とは裏腹に、私の腕をしっかりと掴む。
「嫌っ……!」私は彼の手を振りほどこうとした。しかし彼はビクともしない。
「そのへんにしておけよ」
ルパンの声が背後から聞こえた。
ジョンが振り向いたところにルパンの拳が飛んでくる。
鈍い音がして、ジョンがうめき声とともに床に倒れ込んだ。
「おー痛ぇ……」
ルパンは手をひらひら振りながら私に微笑んだ。
「綾……!」
駆け寄ってきた彼の腕がしっかりと私を抱きとめてくれる。
「邪魔をするなよルパン……」
ジョンがこちらを睨みつけている。口の端からはうっすらと血が滲んでいた。
「そりゃこっちのセリフだぜ」ルパンは言った。
「俺は狙ったお宝は逃がさねぇ性分なんだ」
言い終わると同時にルパンは動き出した。目にもとまらぬ早さで何かを投げる。
ヒュンと風を切る音を立てて飛んできたそれをジョンが叩き落とした。
床に小さな瓶が転がった。
小瓶から溢れ出た煙が天井に向かって伸び、やがて辺りを包み込む。
ルパンが黙って私の手をひいた。
私は彼に引かれるままにその場から逃げ出した。
別れの時間が近づいていた。
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ジョンがどこかに連絡を取っている。
それを聞いてもまだ、彼が何を言っているのか分からなかった。
私は呆然と立ち尽くしたままジョンの横顔を見つめていた。
頭の中はクエスチョンマークでいっぱいで、まったく思考がまとまらない。
「綾」ジョンが厳しい表情で私の名前を呼んだ。断続的に端末に表示される文字を目で追っている。
「この世界で君だけがルパンを知っていたのも、これで理由がついたな」
「どういう、こと……?」
話が見えなくて困惑した。
「分からないのか? それとも分からないフリか」
ジョンが振り向いた。頭ひとつ上から注がれた彼の視線は、今までとは打って変わって氷のように冷たい。
「本当に分からないの」
「この世界の人間じゃないのは君だ、綾。我々が追いかけるべき人物は君だったんだ。君はOLではなく、まだ18……高校生だな。やっと腑に落ちたよ。やけに職場が緩いのも、酒が苦手なのも、全部本来の君に経験がないからだ」
「そんな……」
「別世界で自分ではない誰かを演じているだけだ。思い出せ、綾。君は元の世界で逃げ出したいほどの、自分でいたくないほどの何かがあったんだ」
「知らない」私は首を振った。
私は23歳のOLで、高校生のはずがない。高校なんてかなり昔の話で……。
むかしの……。
「あぁ、成程」ジョンが端末を見ながら言った。
「元の世界で君は……」
「やめて!」私は叫んでいた。
「知らないってば!」
耳をふさいだ。涙が勝手に流れてぽたりと落ちる。
「そうやって逃避して、君はこの世界へやって来た。君の都合のいいように回る世界は居心地が良いか?」
聞きたくないのに、ジョンのよく通る声は勝手に私の耳に入り込んでくる。そして、ガラスの棘のように私の耳に突き刺さった。
「違う」私は小さく首を振った。「違う……」
ジョンは空いていた片手で私の顎を掴んで上向かせた。見たくもないのにぐっと顔を近づけられて、ジョンの顔が視界いっぱいに広がる。
「君は自分の世界に帰りたくないんだな」
ジョンの言葉に私は思わず息をのんだ。
それを認めることは、今の私が本当の私ではないと認めることだ。
(怖い)
恐怖が足もとから這い上がってくるようだった。身体が小刻みに震えているのが分かる。
そんな私を見下ろしながらジョンは続けた。
「君がこの世界に執着しているのは、ルパンが好きだからじゃないんだろう。元の世界に帰りたくないからだ」
「ちがっ……」
「違う? ならどうして君は泣くんだ?」
顎を掴んでいた手が離れたかと思うと、今度は私の頬に触れた。涙を拭うように親指でそっと撫でられる。
「泣こうが喚こうが、君は帰らなければならない。この世界が壊れてしまう前に」
子供を諭すような、静かな声だった。しかし声とは裏腹に、私の腕をしっかりと掴む。
「嫌っ……!」私は彼の手を振りほどこうとした。しかし彼はビクともしない。
「そのへんにしておけよ」
ルパンの声が背後から聞こえた。
ジョンが振り向いたところにルパンの拳が飛んでくる。
鈍い音がして、ジョンがうめき声とともに床に倒れ込んだ。
「おー痛ぇ……」
ルパンは手をひらひら振りながら私に微笑んだ。
「綾……!」
駆け寄ってきた彼の腕がしっかりと私を抱きとめてくれる。
「邪魔をするなよルパン……」
ジョンがこちらを睨みつけている。口の端からはうっすらと血が滲んでいた。
「そりゃこっちのセリフだぜ」ルパンは言った。
「俺は狙ったお宝は逃がさねぇ性分なんだ」
言い終わると同時にルパンは動き出した。目にもとまらぬ早さで何かを投げる。
ヒュンと風を切る音を立てて飛んできたそれをジョンが叩き落とした。
床に小さな瓶が転がった。
小瓶から溢れ出た煙が天井に向かって伸び、やがて辺りを包み込む。
ルパンが黙って私の手をひいた。
私は彼に引かれるままにその場から逃げ出した。
別れの時間が近づいていた。
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