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幸せを取り戻す方法



───。


「あれですか…あの書置き、というより封筒ですね。
ちゃんと投函してますから立派な手紙です」

「バカ、印もない手紙を投函とかいうな」

「あら、貴方の玄関に投函しましたよ?」

「ああいえばこういうな、お前は」

「ふふ、今更ですよ、そんなの」

「まぁ、そうだな。まぁさ、其れで俺は気付いたんだ」

「何にですか?」

「其の…君が本当に俺のことを好きでいてくれて、
自分を一番近くで支えてくれていて…。
其れと同時に、何より自分自身が、
君の事を好きでいた事。
当たり前のように隣で歩く君を失い、
あの手紙を見た時に初めて君が見えた気がした」

そうして俺はまだ続けていたが、
彼女にさえぎられてしまった。

「其処まで言ってくだされば十分です。私。
失敗しちゃいましたけど、私がいなくても、
貴方は大丈夫なんですね」

声のトーンが下がる。


俺は其れを見逃していない。




今度こそ、



君の手を離してしまわないように──。



「そんなことはない。これから先だって必要さ。
俺はほら、君も見て分かっただろう?
この通り、君が居ないと何も出来ない人間なんだ。
俺には必要なんだ! 君が! 何よりも! 誰よりも!」

俺は言った。自分の胸を強く叩いて。

「そんな事、今更です…」

彼女は言う。


其れでも、


「今更だっていいじゃないか!
だったらお前が俺に声をかけてきたのだって、
其れこそ今更じゃないか!
おあいこだろ…!?」

自分でいっといてなんだが、少し強引だった。
其れでも構わない。

「…貴方は今」


突然の言葉、詰まらせる彼女。


「…?」


続きを待つ。何を言われるのか分からず汗ばんでいく両手。
生唾を飲み込み、汗を拭う。





「幸せですか?」





はっ、そんな事か、決まっている。俺の答えは──。




「幸せなわけねーだろ」


一言。


「そう…ですか…。
やっぱり、幸せじゃないんですか…」


俯く彼女。でも違う、お前が描いた其れは違う…ッ!


「幸せになんてなれるわけねーだろ?
この先ずーっと、ずっとだ。
なれるわけないさ」

そして、言った。


「だって、お前がいないんだから」


はっと顔をあげて、俺を見つめる彼女。



「そうさ、俺にはお前が必要なんだ。
お前がいないこの世界に幸せなんてありはしない。
あるとするならばきっと、お前だけなんだ。
…俺の過ちでこんな事を言うのもお門違いかもしれない。
けど…ッ!
もう間違わない。だからどんなに自分が悪くても!
今自分が、自分自身が…!
幸せになる為にも何だって言うぞ!
だってさ、ある人が手紙に書いてたんだ、
どうかお幸せに、って。
だったら、俺は俺が見つけた幸せを逃がさない為にも、
今此処でどんなに格好悪くても、みっともなくても、
全力で自分の幸せを掴み取る──ッ!」


大声で叫びすぎた。はぁ、はぁとだらしなくも呼吸を乱す。
そんな言葉を思い出すととても恥ずかしくなった。
でももう言ってしまった。後悔はない。
言ってたよな、逃がした幸せはいつか取り戻せるって。
六年前に逃がした幸せを、いつか取り戻せるのなら、
きっと其の『いつか』は今このときなんだ。



「うぅ…ひっくっ…う…ぐすっ。ずるいです…ぐすっ。
私を置き去りにして…ひっく、今そんなこというなんて…ぐすっ。
うぅぅ…私も…私も幸せにしてください…ぐすっ…。
幸せに…なりたいです…貴方と…うぅ…うわぁぁぁん!」

言葉を言い終えて思い切り泣いた彼女は、
そのまま俺の胸元へと抱きついた。
俺は其の黒く長い髪をなでる。

「ごめんな…今まで…。辛かったよな…。
俺のせいでさ…ごめんな…ホントに…」

俺は言う。泣きそうになりながらも、
涙をこらえて。今泣きたいのは彼女の方だから。

「うぅ…いいんです、いいんです、もう、いいんです…。
こうしてまた幸せを取り戻せるなら、私は其れで、
それ以上は何も望みませんから…えぐっ…ひっく…」

「ああ…そっか。
其れと、俺、お前に今まで言ってない事があったんだ。
だからそれだけ、聞いてくれるかな?」


涙を拭いて彼女は俺の顔を見上げる。

「はい」

そして俺は深呼吸して言う。


「今まで有難うな。そして、此れからも宜しくな」

一番に言わなければならない感謝の気持ち。
俺は今の今まで言わないまま過ごしてきた。
やっと言えた。


「はい…! よろしくお願いします」


そうして俺たちは小さなキスをした。



季節は冬。
満天の星空の下で。
六年前に失った幸せを、
より大きな幸せとして───



「さぁ、帰ろうか。寒いだろ?」

「ええ、そうですね、濃いお茶が飲みたいですねえ」

「ババア」

「何か言いましたか? いいんですかー?
今折角手に入れた幸せ、ここで逃がしてしまっても」

「うわ、ばか! 其れはなしだって!
取り消すから! 取り消すから落ち着けって!」

「あら? 私は落ち着いていますよー? ふふ」

「くっそー、変な事言うんじゃなかったぜ!」



降り積もる雪の下。
二人歩いたこの道で、
刻んだ小さな足跡も今は大きくなって───



「そういや…」

「はい?」

「俺さ、お前に貰ったあの手紙、実はまだとってあるんだぜ」

「えええ、ちょっと其れは早く捨てませんか?」

「やなこった。棺桶の中まで持ち込んでやる。
おっと、訂正な。
あの世にまで持っていくから」

「えええ…意地悪ですねえ…相変わらず…」

「はは、そうだろそうだろ、だから諦めろ、うんうん。
人間諦めが肝心っていうからな」

「私との関係は諦めなかったくせに…」

「んん? なんかいった?」

「いいえ、なんでもありませんよー。
それじゃ早く帰ってお茶にしましょうよ。
あ、後、ケーキ。まだ食べてませんよね」

「おっと、そうだったな。今何時か分かる?」

「はい、えーっと、日付変わっちゃってますねえ…」

「はは、まぁ仕方ないな。
一日遅れちゃったが、俺たちのクリスマス、やるか」

「そうですね、そうしましょうー」

「よし、そうと決まれば走るぜ!」

「わ、ちょ、ちょっと、いきなり走らないで下さい!
子供じゃないんですから、もう」




いつまでも変わらない二人のままで───






親愛なる人へ───。


私は、本当に貴方の事が好きで、幸せになってほしかった。
其処には何もありません、ただ其の気持ちだけがありました。
貴方の言葉を聞いて、私ではダメだったんだと気付かされた時、
とても、悲しくなりました。

これから先に貴方が家庭を持つ事があるならば、
今私が話したことを思い出して、
自分が手に入れられなかった幸せな家庭を、
手に入れて欲しい、そう願っていました。
だから、貴方にお話する事で、いつかそんな家庭を築きたい、と、
そう思ってくれる事を、望んでいました。

いつしか、貴方が築く幸せな家庭の中に、
私が居るのなら、そう思ったとき、嬉しくなって。
「いつかお前とそんな家庭作れたらな」
なんて言葉を期待していたのかもしれません。
でももう其れは、貴方の幸せだけではなく、
自分自身の幸せも考えていたのでしょう。
其れが悪い事なのかどうなのかは、区別がつきませんけれど、
今日の事で、私は失敗だったのだと思います。

いつか、他の方と肩を並べた時、
私とのような失敗をしないでください。

どうか、お幸せに。





後日俺は例の封筒を開けてもう一度読んでみることにした。
封筒から手紙を取り出すと、見知らぬ手紙が入っていた。





ifの世界で───

もしも、貴方と再び出会う事があるのなら、
そのときは、幸せを取り戻す方法で…、
貴方の幸せを取り戻してみたい。

其れが叶うなら、貴方が幸せを願うなら、
きっといつの日か、今とは違った形で───。



「は…いつ入れたんだよこんなの、あの時なのかね。
気付かなかったな…はは…ま、いっか。
ifの世界じゃなくなったけどな、まー、
幸せは手に入れた。取り戻したさ、違う形でな」


そうして俺は封筒に手紙をしまいこんだ。

「…さんきゅーな」

そう呟いて改めて感謝をした。


「そろそろバイトの時間ですよー、遅れますよー」


「ああ、わーってるよ、今行くから」




何の変哲も無い、だけど其れが『幸せのカタチ』として。


此れから先ずっと、ずっと変わることなく訪れていく───。
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