shot.11 君に決めた!?

 あっという間に練習の時間は過ぎて、公演の当日がやってきた。相変わらず、オーナーはムスッとした仏頂面で、アンヌの起用には懐疑的な様子だったが。
 楽屋に集まった十数人の役者や、美術、照明、音響などの裏方が一同に会していた。ぴりぴりと張り詰めている空気を感じ取り、アンヌの胸にも緊張が走る。

「みんな、色々思うことや不安なことはあると思うけど、いつも通り、練習してきたことをやればいい。…ミュージカルホールの明日の為にね。」

 サイルーンの激励に役者達の士気も上がる。円陣を組み、団結を誓うように「おーっ!」と声を張り上げた。

 後は全力で本番に臨むだけ。役者達は「笑顔、笑顔!」と頬を手で引っ張り、アンヌの緊張を和らげようと気遣ってくれる。それにつられて、彼女は微笑んだ。ひとりではないという心強さがアンヌの背を押してくれる。

(みんながいれば、きっと大丈夫。素敵な舞台になるわ。)

 張り詰めていた空気が少し和らぐ。役者達はアンヌの周りに集まり、手のひらに文字を書いて飲むといいとか、観客は全部ラッキーだと思えばいいとか、リラックスする方法を次々と彼女に教えた。
 オーナーは居心地が悪そうに、団結する彼らを一瞥し、静かに外に出ていった。

◇◆◇◆◇


 開場の時間になり、次々と客が入場する。ミュージカルホール人気No.1女優のサイルーンがプロデュースするミュージカルというだけあって、ファンやメディアの関心も高かった。加えて、無名の新人がメインキャストに起用されるとなれば彼女に対する期待値も跳ね上がっていた。

「アンヌ…大丈夫…かな。」

 アンヌに向けられる期待を自分のことのように感じ取り、ジェトは不安げな顔をする。席についても、落ち着かない様子で周囲に視線を泳がせていた。
 隣の席に座っていたグルートは彼の心配を払拭するように、ばんっと力強くジェトの背中を叩いた。ジェトが驚いた様子で振り返ると、グルートはにっと口角を吊り上げ、彼を励ますような笑みを浮かべた。

「ま、やれるだけのことはやったんだ。最後まで見守ってやろうぜ。」
「……わかってる…けど。」
「お前だって一生懸命、あいつのサポートしてたんだ。成功するに決まってる。だろ?」

 ジェトは戸惑いながらも、グルートの言葉にはっきりと頷いた。応援してきた彼女の晴れ舞台。何度も心の中でアンヌが精一杯演技できるように祈っていた。

(それにひきかえ…。)

 グルートは反対側に視線を向ける。大きく口を開け、呼吸をする度に唸るような鼾を鼻と口から響かせるブレイヴ。まだ開演すらしていないというのに、彼は既に夢の世界に旅立っていた。
 “情熱のラブストーリー”。入場時に配られたパンフレットの表紙にはそう書かれていた。確かにグルートもこういう恋愛ものは趣味ではなかったが。アンヌが出演するのでなければ鑑賞する機会もなかっただろう。ジェトには余裕らしい姿を見せたが、やはり、彼女のことを気にして胸を騒つかせているのは彼も同じなのだ。

(席で寝てるだけ良しとするか。)

 退屈などと騒ぎ出さない分良いかもしれない。間抜けに涎を垂らしている彼を見ながら、グルートは小さく笑った。
 



 パンフレットを捲り、例の無名女優の写真が載っているページを、男は隣に座る金髪の彼にわざとらしく見せつけた。
 赤毛の10代半ばぐらいの少女。化粧のおかげでやや大人びてはいるが、子供の雰囲気は拭いきれず、まだあどけなさが見える。名は“カレン”と表記されていた。

「無名の新人をもってくるとは、ミュージカルホールも地に落ちたものだ。…まあこれで我々が手中に収めたも同然ですな。」

 小汚い笑みを浮かべながら、男は隣に座る彼に話しかけた。
 彼はパンフレットに見向きもせず、目を伏せたまま、ふっ、と口元を弛ませる。


「どうかな。ミュージカルもビジネスも、幕切れまではわかりませんからね。」

 彼は余裕を見せながらも、まだ油断はできないといった口振りだ。隣の男は「さすが、慎重な方だな。」と持ち上げるが、金髪の男とは対照的に彼は自分の望みが叶うことを確信して、有頂天になっていた。

 ホールの照明が消える。やがて開演を告げるブザーが鳴り響いた。

 ーー幕が開く。

 彼は見晴らしのいいVIP席からステージを睨みつけるように見下ろした。…まるで、獲物を見定めるハンターのように。
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