shot.11 君に決めた!?
「アンヌのヤツ、MUSICALに出ることにしたンだな。」
ミュージカルホールの裏手にある自販機の前で、ブレイヴは購入したサイコソーダを一気に飲み干した。ぷはーっ、と豪快な息が響く。その飲みっぷりに隣のベンチで煙草を吹かしていたグルートは、彼が酒でも呑んでいるようだと思った。
「…みてえだな。」
「なら、暫くはライモンにいるってことだよなッ!?」
「?…まあ、そういうことになるが…。」
「WOOHOO!!オレ様もこうしちゃいられねぇ!全力で遊び倒してやるぜ!」
暫く滞在することを知るなり、何やら興奮した様子で雄叫びをあげたかと思えば、ブレイヴはスマホを取り出して、慌ただしくあちらこちらに連絡を取り始めた。
「HELLO?あ、オレ様だけど!今から遊ぼうぜ!OK!またあとでな!」
瞬く間に連絡を取り終えたらしいブレイヴは、空になったボトルをゴミ箱に投げ捨て、一目散に駆け出した。
「なんだ、知り合いがこっちにいるのか。」
「おう!まあ、昨日ライモンで知り合ったばっかだけどな!じゃ!そういうことで!BYE!」
軽快な別れの挨拶を告げた後は、まるでハリケーンのように突拍子もなく飛んでいき、既にその姿は米粒のように小さくなっていた。
ライモンシティに来たばかりだというのに、持ち前のフットワークの軽さで、彼はもう友達を作ってしまったらしい。
「…呑気なヤツだな。」
遊ぶことしか眼中になく、あれこれ悩まずに楽しめる彼のお気楽さは羨ましくもあった。
青空を見上げながら、雲に重なるように煙草の煙を吹き付けてみる。当然、それは天上まで届くことはなく、風に流れて消えてしまった。
◇◆◇◆◇
公演までの期間は僅か一週間。サイルーンはこの短期間でアンヌを一人前の女優にしてみせると鼻息を荒くして、張り切っていた。
渡された分厚い台本の表紙には[情熱のライモン]というタイトル。粗筋は波止場の酒場で働く貧しい娘が、エリート海兵と恋に落ちるという、ラブロマンスだ。身分違いという障害に阻まれながら、海の妖精の助力と愛でそれを乗り越える。台本を読んだ時、アンヌはその情緒的な愛の物語に心をときめかせ、うっとりした。
だが、自分が娘役を演じるとなるとそう簡単にはいかなかった。
「うーん。まだ少し固いわね。」
「はい…。」
やる、とはいってみたものの、誰かになりきるというのは難しく、焦りもあってなかなか上手くいかない。けれどキャラ作りだけに心を傾けていられる時間もなかった。同時並行で歌とダンスのレッスンも割り込んでくる。…覚悟はしていたものの、予想以上のハードスケジュールにアンヌは心身を絞られた。毎日夜更けまで練習した後、ホテルに戻ると、気を失うも同然でベッドに倒れていた。
「アンヌ…大丈夫?」
すると、決まってジェトがホットミルクを持ってきてくれる。疲労と眠気でぼんやりしながらそれを受け取り、体を温めてから眠りにつくことがアンヌの習慣になっていた。
「いつもありがとう。」
「…うん……。」
アンヌからお礼を聞くたびに、ジェトは嬉しそうな顔をする。彼女の役に立てたような気がするからだ。
彼から渡されたマグカップを両手で大事そうに抱えながら、ふーふーと息を吹きかけ、口にする。アンヌはその温もりに癒され、顔を緩ませた。ジェトは柔らかな彼女の表情に安堵して、…しかし、複雑そうに眉を寄せた。
「ねぇ…アンヌ…。」
「なあに?」
「…辛いなら……やめても…いいんじゃない。」
遠慮がちに、言葉の節々に迷いを滲ませながら、彼はそう口にした。毎日毎晩、アンヌが疲労困憊で帰ってくる姿が彼には痛々しく見えてならなかったのだ。
ジェトにそんな言葉をかけられるとは思ってもおらず、彼女は少し驚いていたが。彼が心配してくれているのだと感じ取り、ふっと目を細めた。
「心配してくれてありがとう。でも平気よ。私。大変だけど自分で決めたことだから、苦じゃないわ。」
「………アンヌは…すごい…ね。」
「どうして?」
「初めて…ことなのに…一生懸命で…責任背負って…。関係ないって…捨てても…いいのに。」
責任もあり、心身を疲労させてまでアンヌがやらなくてもいいことなのに、とジェトは思っていた。確かに頼まれたとはいえ、元々ミュージカルホールとの接点は皆無で、彼の言う通り手を貸す義理はない。
アンヌはジェトに向き直り、じっと彼の瞳を見つめた。心配してくれているからこそ、しっかりと彼には自分の気持ちを伝えておかなければいけないと思った。
「私は特別なことをしているわけではないわ。…ジェトだって同じでしょう。」
「…え?」
「あなたがイッシュの王様をしていた時って、きっと、自分に関わりのないひとも含めて、国のみんなが幸せになれるよう、考えていたでしょう?」
「…うん…。」
「私もみんなが笑顔になれるよう、困っているひとがいたら力になりたい。ただそれだけなの。」
お茶目に、「ミュージカルに出るってまたとない機会でなんだか楽しそうでしょう。」とも付け足して。
「それに私はひとりでやっているわけじゃない。ミュージカルホールのみんなが、仲間のみんなが…ジェトが力を貸してくれるから頑張ろうって思えるの。」
「アンヌ…。」
アンヌはマグカップをサイドテーブルに置いて、ジェトの手を握った。互いの体温が重なり優しく両手に広がっていく。
「…だからね、見守っていて欲しいの。精一杯演じて見せるから、楽しみにしていて頂戴。」
はっきりと物を申す彼女には、柔らかさの中に凛とした芯の強さがあり、その笑顔はジェトの不安を払拭し、心強くさせる説得力があった。
彼はうん、と頷いて、ほっとした様子で彼女の肩に頭を寄せた。
ミュージカルホールの裏手にある自販機の前で、ブレイヴは購入したサイコソーダを一気に飲み干した。ぷはーっ、と豪快な息が響く。その飲みっぷりに隣のベンチで煙草を吹かしていたグルートは、彼が酒でも呑んでいるようだと思った。
「…みてえだな。」
「なら、暫くはライモンにいるってことだよなッ!?」
「?…まあ、そういうことになるが…。」
「WOOHOO!!オレ様もこうしちゃいられねぇ!全力で遊び倒してやるぜ!」
暫く滞在することを知るなり、何やら興奮した様子で雄叫びをあげたかと思えば、ブレイヴはスマホを取り出して、慌ただしくあちらこちらに連絡を取り始めた。
「HELLO?あ、オレ様だけど!今から遊ぼうぜ!OK!またあとでな!」
瞬く間に連絡を取り終えたらしいブレイヴは、空になったボトルをゴミ箱に投げ捨て、一目散に駆け出した。
「なんだ、知り合いがこっちにいるのか。」
「おう!まあ、昨日ライモンで知り合ったばっかだけどな!じゃ!そういうことで!BYE!」
軽快な別れの挨拶を告げた後は、まるでハリケーンのように突拍子もなく飛んでいき、既にその姿は米粒のように小さくなっていた。
ライモンシティに来たばかりだというのに、持ち前のフットワークの軽さで、彼はもう友達を作ってしまったらしい。
「…呑気なヤツだな。」
遊ぶことしか眼中になく、あれこれ悩まずに楽しめる彼のお気楽さは羨ましくもあった。
青空を見上げながら、雲に重なるように煙草の煙を吹き付けてみる。当然、それは天上まで届くことはなく、風に流れて消えてしまった。
公演までの期間は僅か一週間。サイルーンはこの短期間でアンヌを一人前の女優にしてみせると鼻息を荒くして、張り切っていた。
渡された分厚い台本の表紙には[情熱のライモン]というタイトル。粗筋は波止場の酒場で働く貧しい娘が、エリート海兵と恋に落ちるという、ラブロマンスだ。身分違いという障害に阻まれながら、海の妖精の助力と愛でそれを乗り越える。台本を読んだ時、アンヌはその情緒的な愛の物語に心をときめかせ、うっとりした。
だが、自分が娘役を演じるとなるとそう簡単にはいかなかった。
「うーん。まだ少し固いわね。」
「はい…。」
やる、とはいってみたものの、誰かになりきるというのは難しく、焦りもあってなかなか上手くいかない。けれどキャラ作りだけに心を傾けていられる時間もなかった。同時並行で歌とダンスのレッスンも割り込んでくる。…覚悟はしていたものの、予想以上のハードスケジュールにアンヌは心身を絞られた。毎日夜更けまで練習した後、ホテルに戻ると、気を失うも同然でベッドに倒れていた。
「アンヌ…大丈夫?」
すると、決まってジェトがホットミルクを持ってきてくれる。疲労と眠気でぼんやりしながらそれを受け取り、体を温めてから眠りにつくことがアンヌの習慣になっていた。
「いつもありがとう。」
「…うん……。」
アンヌからお礼を聞くたびに、ジェトは嬉しそうな顔をする。彼女の役に立てたような気がするからだ。
彼から渡されたマグカップを両手で大事そうに抱えながら、ふーふーと息を吹きかけ、口にする。アンヌはその温もりに癒され、顔を緩ませた。ジェトは柔らかな彼女の表情に安堵して、…しかし、複雑そうに眉を寄せた。
「ねぇ…アンヌ…。」
「なあに?」
「…辛いなら……やめても…いいんじゃない。」
遠慮がちに、言葉の節々に迷いを滲ませながら、彼はそう口にした。毎日毎晩、アンヌが疲労困憊で帰ってくる姿が彼には痛々しく見えてならなかったのだ。
ジェトにそんな言葉をかけられるとは思ってもおらず、彼女は少し驚いていたが。彼が心配してくれているのだと感じ取り、ふっと目を細めた。
「心配してくれてありがとう。でも平気よ。私。大変だけど自分で決めたことだから、苦じゃないわ。」
「………アンヌは…すごい…ね。」
「どうして?」
「初めて…ことなのに…一生懸命で…責任背負って…。関係ないって…捨てても…いいのに。」
責任もあり、心身を疲労させてまでアンヌがやらなくてもいいことなのに、とジェトは思っていた。確かに頼まれたとはいえ、元々ミュージカルホールとの接点は皆無で、彼の言う通り手を貸す義理はない。
アンヌはジェトに向き直り、じっと彼の瞳を見つめた。心配してくれているからこそ、しっかりと彼には自分の気持ちを伝えておかなければいけないと思った。
「私は特別なことをしているわけではないわ。…ジェトだって同じでしょう。」
「…え?」
「あなたがイッシュの王様をしていた時って、きっと、自分に関わりのないひとも含めて、国のみんなが幸せになれるよう、考えていたでしょう?」
「…うん…。」
「私もみんなが笑顔になれるよう、困っているひとがいたら力になりたい。ただそれだけなの。」
お茶目に、「ミュージカルに出るってまたとない機会でなんだか楽しそうでしょう。」とも付け足して。
「それに私はひとりでやっているわけじゃない。ミュージカルホールのみんなが、仲間のみんなが…ジェトが力を貸してくれるから頑張ろうって思えるの。」
「アンヌ…。」
アンヌはマグカップをサイドテーブルに置いて、ジェトの手を握った。互いの体温が重なり優しく両手に広がっていく。
「…だからね、見守っていて欲しいの。精一杯演じて見せるから、楽しみにしていて頂戴。」
はっきりと物を申す彼女には、柔らかさの中に凛とした芯の強さがあり、その笑顔はジェトの不安を払拭し、心強くさせる説得力があった。
彼はうん、と頷いて、ほっとした様子で彼女の肩に頭を寄せた。